第十九話 浮気者



「……先ほども申し上げましたように、紛失物として扱うことはできかねますのでー-」


「だからっ、何度も言ってるじゃないですか。

 私の兄さんが私の元を離れている、この状況が既におかしいんですって!」


「はあ。そうおっしゃいましても、回線の使用状況等に特別おかしな点は見られませんし、私共としてはそういったこともあるのではないかとしかー-」


「もういいですっ」


 話を分かってくれない担当の人間に見切りをつけ、夕菜は携帯のキャリアショップを飛び出した。


 警察、冒険者協会、お客様センターえとせとら。

 何処におにぃの居場所やコンカを探してほしいと頼み込んでも、本人と連絡が取れている以上それはできないの一点張り。プライバシーがなんちゃらと言って相手にしてくれなかった。

 中にはめんどくさい妹がいてかわいそうだとでも思ったのか、「お兄さんにはお兄さんの幸せがあるんですよ」とか諭してきた店員もいたくらいだ。


 ……全く、この想いは世間のそれとは違って一方通行じゃないのにっ。

 小さく息を吐いて、朝から何百回も見返したその画面を開く。


『愛してるぜ、夕菜』 


 一文。たった一文。

 それだけでおにぃが自分で書いたものだと理解できた。同時にそれが夕菜がおにぃに抱く想いと全く同じなことも。


 最初はあの女に監禁されているのかと思ったけど、多分違う。

 おにぃは何か・・に巻き込まれて面倒なことになったのだ。だから夕菜を巻き込まないように家を出て、全てを解決したら戻ってくる気でいる。直前のまどろっこしいメッセや卒業までに帰ると何度も伝えてきたのもそれで説明がつく。 


 ただそうすると、決済履歴に出たあれやこれがおにぃの意思で買われたという事実を認めざるを得なかった。

 一体どんな理由で急にそういうものが必要になるのか。本当に理解できない、理解したくもない。

 大体、普通自分の下着を人に買わせる? 下着のプレゼントなんぞ普通のカップルでもまずやらないし、それこそー-


「っー-!」


 最悪な想像を頭を振って追い出す。

 ああ、そうだ。相手は位置情報を偽造してくるような性悪女なのだ。夕菜を挑発するためだけに、おにぃにそう迫ってもおかしくはない。


 だから夕菜がやるべきことは変わらない。一刻も早くおにぃを見つけて説得してやるのだ、そんな奴と一緒にいることはないと。


 そう決意を固めたところでコンカに通知が入る。


「一斉探索……?」


 冒険者協会から送られてきたそれには、明日から新種の可能性があるモンスターの探索を行う旨が書かれていた。特徴として移動系スキルを持っていて、黒い服を着た人型であることなどが挙げられている。

 ……何だか、つい最近そんな不審な人物を見た気がする。


 まさかね。そう思いながらも夕菜は治療役として参加することを決めた。








 扉が閉まったボス部屋の前で、大勢の冒険者たちが待機していた。

 彼らの表情はみな硬い。未探索の場所はもうボス部屋以外残されていないのだ。

 その中にいるのが件のモンスターなのか(だとしたら前代未聞だ)、あるいはもう既に逃げられていて一斉探索を知らない馬鹿な冒険者が戦っているのか、答えはその二つしかない。


 誰もが固唾を吞んで見守る中、ゆっくりとその扉が開く。

 

「ー-開いたぞっ、詰めろっ」


 リーダーの掛け声で一斉にボス部屋に突入する。


 ーーいた。

 ダンジョンコアの傍に立つ、あの時の少女。

 しかしその姿は煙のように消える。事前打ち合わせでは転移系スキルを防ぐ「結界」を即座に展開する手筈だったはずなのに、発動された様子はない。


「くそっ、なにやってるんだっ。

 プラン変更ー-」


「待ってくださいっ」


 リーダーを止めたのは一人の青年。手筈に通りに動かなかった「空間属性魔法使い」だ。ぎょろりとリーダーが睨むも、青年は続ける。


「「遠視」のスキルで見えたんです、見えてしまったんですよ。

 あの子がダンジョンコアを触りながら寂しそうに「父さん」と、そう呼ぶのを」


「っ……それが、どうしたんだというんだ?

 迷宮人だから見逃せ、とそういうことかね?」


「いえ、そうではありません。

 ただ父親、いや父親の幻影を殺さざるを得ないような理由がー-」


 探索そっちのけで言い合いを始める二人。

 次第に周りの冒険者たちもヒートアップしていき、それは隊を二分する論争へと姿を変える。


 夕菜はその争いを眺めながら、一つの確信を持った。

 迷宮人ー-人間とモンスターの混血。

 なるほど、確かに少女が抱える問題がそれだとしたら色々と納得がいく。おにぃが俺が助けてやらねば、と思ってもおかしくはない。


 ー-でもそれなら何で自分は誘ってくれないのか。夕菜は唇をかむ。

 もしその密談に混ぜてくれたなら、そんな問題さっさとケリをつけて二人きりの生活に戻れるのに。

 そこまで考えて、少女がソロでボスを倒していた理由に思い至った。


 そうだ、おにぃはざこなのだ。

 私一人ではあなた一人を守るのが限界とかなんとか言い訳して、二人だけの状態を続ける気なのかもしれない。世間が全員敵の、二人きりの逃避行を。


 ー-嗚呼、なんて羨ましい。


 夕菜の中にドロドロとした黒いものが渦巻いて行く。


 戦闘面は少女に頼り切り。おにぃができるのはサポートだけ。

 それはもう凄い優越感に浸れることだろう。勝手に負い目を感じて色々と尽くしてくれるかもしれない。どんなことをお願いしても、しょうがないなと受け入れてくれるかもしれない。それこそ夕菜が我慢していたようなあれやこれなんかも簡単に出来てー-

 

 っ、絶対に許さない。あんの泥棒猫っ。


「だ、大丈夫かい、嬢ちゃー-ひぃっ」


 こんな時に声をかけてきやがったナンパ野郎を無視し、今後の方針を考える。


 相変わらずこちらから捕捉するのは不可能に近い。だとしたら、向こうから助けてくれと泣きついてくるようにー-強くなるしか道はない。

 勿論、二人が不利になるようなことはしない。最悪の場合おにぃも人類の敵認定される可能性もあるのだから。

 ただ同時に、少女がただの一般人と行動を共にしているかもしれないことも教えない。おにぃのことは夕菜が持っている唯一の切り札だ、有効に使って見せる。


 ああ、でも。助けを求めてきた時、一時期でも大切な妹よりぽっとでのモンスター娘を選んだおにぃにどんなお仕置きを据えてやろう?

 告白しておきながら別の女と蜜月の日々を過ごす、浮気者のおにぃにはどんな罰がお似合いだろう?


「……ふっふっふふふ」


 喧騒の中、夕菜の笑い声が不気味に響いていた。 


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