第十八話 次なる場所へ



 その日は、茹だるような暑さだった。

 朝から大きな地震があって、その片付けに父さんや大人たちが忙しなく追われていたことを覚えている。


「それじゃあちょっと行ってくる。

 なに、大した被害はないそうだからすぐ帰ってくるよ」


「だ、大丈夫なの、あなた? 何か変な噂が流れているけど……」


「街中に化け物が出たとかいうやつだろう?

 全く嫌になるよな、こんな時に変なデマなんか流して。何がしたいんだか」


 夕菜を抱えた母さんの心配に、肩をすくめて答える父さん。

 騒動当初は情報が錯綜していて、何が真実か理解できる人間はほとんどいなかった。それが幻想などとっくに卒業したであろう大人であれば尚更だった。


「……おとーさん、いっちゃうの?」


「そうだ。お父さんはこれから困っている人を助けに行くんだ。

 だから、真。お前はお兄ちゃんとして、お母さんと夕菜を守るんだぞ?」


「うんっ分かった。おにーちゃんとして、ぼくがまもるねっ」


 ポンポンと俺の頭を撫でて、家を出ていく父さん。


 例えそのすぐ後に動物の不気味な叫び声が聞こえようと、どれだけ凄惨な光景を見せられようとその帰還を信じて待っていてー-


 ー-結局、父さんが帰ってくることはなかった。

 膨大な行方不明者リストの中に、今もまだその名は眠っている。



 ……。

 …………。



「はあっ、はあっ」

 

 強烈な横振りをしゃがんで回避。

 足がもつれそうになりながらも、何とかグレーターベアと距離を取る。


 すかさず衝撃波を伴ったブレスである「爆風の息吹」が飛んできて、やむなく「転移」で避ける。

 即座に捕捉し、詰めてくるグレーターベア。


 この攻防ー-いや回避を何度繰り返しただろう。

 何千回、あるいは何万回か。

 戦闘開始からどれだけ経ったかもよく分からない。まるで異空間に紛れ込んでしまったかのように、時間の感覚が曖昧だった。


 気が付けば、周りを数多の紫色の破片が飛んでいた。

 きらきら、きらきら。

 それが瞬くたびに、夢幻のように懐かしい記憶を見せてくる。


「走馬灯ってやつですかっ。

 それは、随分と縁起がいいですねっ」


『これはまさかっ……いや、何でもないのじゃ』


 シル様が何かを言いかけるのを聞きながら、グレーターベアの突進を横に避けようとしたところでー-反応が遅れる。


「ぐっ」


 巨体に撥ねられた衝撃で、宙を回転しながら舞う体。

 ぐしゃりと何かが潰れた嫌な音を出して地面に墜落する。


 見れば、左半身が原型も分からないほど無残な姿になっていた。

 ああ、これはまずい。痛みすら感じないほど、体がまともに……。


『しっかりするのじゃっ、本当に死ぬぞっ』


 シル様の切羽詰まった声。とどめだと言わんばかりに迫る「爆風の息吹」。

 それをクールタイムが貯まった「転移」で回避しー-同時に自身の枠が拡張されたような感覚を覚える。


 ー-レベルアップだ。

 「転移」のレベルが3になり、クールタイムもリセットされた。


 今更、なったところでっ……けど、やるしかねえっ。


 最後の望みをつなげるべくグレーターベアの上空、限界ギリギリまで転移してその急所の一つ、うなじに向かって落ちる。


 突如標的を失ったグレーターベアはうろうろと首を振りー-


 グルァァァァァァァァァ


 「覇者の波動」を発動させる。

 その効果で体が痺れ、落下が急激に遅くなる。

 

 刃が届く前に俺を捉える双眼。にい、と嘲笑うかのように口角が上がり、射程に入った瞬間にその身を切り裂こうと腕が構えられる。

 ー-俺の体は動かない。


 くそっ。ここまでなのかよっ。

 何かないか、そう視線を巡らせー-自分が着ている服が目に入る。妙にひらひらした感じに変身した・・・・それが。



 ……なあ、神様。

 ちょっとくらい伸びたり縮んだりする服があってもいいよな?


『? それが上着と言える範疇であれば可能かもしれんがー-ってまさかっ』


「そのまさかですっ」


 らしくなかった、シル様に言われて女物の服にするなんて。

 空中で上着を変化させる。イメージはそう、伸縮自在の素材で出来た服。


 激痛と共に左手の袖がにゅるにゅると伸びていく。そのままグルグルとグレーターベアの首に巻きつかせ、即座に伸縮させる。

 急加速、回転する体。

 思ったよりもはやい速度に驚きながらも、それでもグレーターベアの攻撃より早く背後に入り込んでー-


「これで、終わりですっ。」


 「絶命の一撃」を発動させる。

 赤いオーラを纏った必殺の一撃が、敵の首を切り裂く。


 グルアアアアァァァァァ


 どさりと落ちる俺の体。

 同時に、死を悟ったのかグレーターベアが断末魔を上げる。その体がゆっくりと消失していく。


「ー-私の、勝ち。

 なんで負けたのか、明日までに考えてみたらどうですか?」


『ゴムゴー-い、いやどちらかというと立体起動装ー-な、何でもないのじゃ……』


 完全に捏造された決め台詞と何かを言いかけるシル様の声を聞きながら、何とか胸ポケットから治療用ポーションを取り出して、振りかける。

 ボスを倒して、それで終わりじゃないのだ。これから、恐らくは外で待機しているであろう冒険者たちを振り切らないといけない。


 ただ幸いなことに、その体が完全に消失するのはまだ時間がかかりそうだった。

 紫色の光を眩いばかりに発して崩壊していくその光景を、激痛に耐えながらぼんやりと眺める。

 

 ー-なんーそ----


 不意に、誰かの声が聞こえた気がした。

 懐かしい、そしてもう二度と会えないと思っていた人の声が。

 

 ……まさか、な。 


『そうとも限らんよ。

 そもそも魔素は数多の人間が抱いた感情の残滓が集約して生まれたもの。

 お主の父親から零れ落ちたそれが、お主との戦闘で共鳴したのかもしれん』


 な、なるほど?


 突然のカミングアウト(しかも人類の至上命題たる「魔素とは何か」の答え合わせだ)をされ色々と思うところはあったものの、何とか受け入れる。

 なにより、そう思った方が救いがある気がして。


 ほぼ全快した体で立ち上がり、青色のダンジョンコアに触れる。

 魔素。ダンジョンコアより生まれ出でる未知のエネルギー。シル様の言う通りその根源が人の感情だというのなら。

 はたして父さんはどんな感情を抱いて最期を迎えたんだろう? 成長した俺を見て、励ましてくれただろうか? 

 なあー-


「……父さん」


「ー-開いたぞっ、詰めろっ」


 野太い声と同時、背後よりぞろぞろ人が入ってくる気配。


 やべっ、来やがったっ。

 探索隊の乱入に即座に「転移」を発動させ、ボスの部屋より離脱する。

 

「くそっ、なにやってー-」


 てんやわんやする冒険者たちの声を後ろで聞きながら、洞窟を駆ける。

 向かうは静岡ダンジョンの端、他のダンジョンと隣接する部分。


『さて、鬼が出るか蛇が出るか。

 楽しみじゃのお、我が使徒よ』


 本当に楽しそうな声でそう聞いてくるシル様。

 ああそうだなと頷いて、俺は新しいダンジョンー-藤枝ダンジョンの中へと「転移」で飛び込んだ。












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 【☆あとがき☆】

 ここまで読んでいただきありがとうございました。

 あと一話(別視点)を残して、一章も終わりとなります。

 少しでも「面白かった!」「期待できる!」と思っていただけましたら、広告下からフォローと星を入れていただけると嬉しいです。


 二章は新たなダンジョンが舞台の話です。勿論新ヒロインも出てきます。

 乞うご期待!


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