第五話 また会う日まで
挑発が効いたのか、突進して距離を詰めてくるエミネント。
聞きたいことは山ほどあったが、今はいい。
いくら敏捷で上回っているとはいえ、物防も魔防もEと貧弱なのだ。一発当たってしまえば一気に持っていかれちまう。
横に飛んで躱し、ついでに鎌を振り上げてー-。
「っ、もう」
固い骨格にガキンと弾かれる。
しかも刃ではなく柄の部分にぶつかって、だ。
見た目よりリーチが短いな、この武器っ。
「他の、武器は?」
『そんなものはない。
ついでに言えば、もう別の武器を持つことはできぬぞ。死神の武器は鎌と決まっておろうて』
まじかい。
そんな拘りのせいで縛りプレイを強制させられるのか。
「っ、--」
俺の足が地面に付かぬ間に、突進の方向を切り替えるエミネント。
ー-危ねえっ。
鎌の柄を押し当て、その勢いで後ろに飛びずさる。
ふわりと着地する体。僅かに稼げた距離。
大きく息を吐いて鎌を構える。
くそっ、体格が変わったせいで思うように動けねえ。
さっき攻撃を流した右手首がじんじんと悲鳴を上げている。
これじゃあ先に限界が来るのは俺の方だ。
「絶命の一撃と転移だった?
どんな効果?」
『絶命の一撃は急所に当てると威力が上がる攻撃スキル。
転移は半径5m以内の好きな場所に瞬間移動できるスキルじゃ』
「使い方は?」
『どちらも意思さえあれば自在に使えるはずじゃ。
そうなるよう、作ったからの』
「そう。あいつの急所はどこ?」
『首の後ろ、うなじにある。
某漫画の巨人と一緒じゃの』
敵の攻撃を何とか躱しながら、必要な情報を引き出す。
俺の筋力と奴の物防は同じC。
有効打を与えるには絶命の一撃とかいうスキルを有効活用する必要がある。
ただうなじを狙うとなると転移も使わなきゃいけなそうだな。
リーチの短さもあって、この幼い体じゃあそこまで届かない。
己が体に目を向けてみる。
ーーやれる。彼女の言う通りなぜだかそんな気がした。
動きを止めた俺に、間髪入れずエミネントが突っ込んでくる。
それを出来るだけ小さい動きで回避する。
転移を使うのは今じゃない。
奴もまた、影の中を移動できるスキルー-「影渡り」を持っている。
先に使えば避けられるかもしれないし、こちらは向こうの手札を知っており、こちらの手札を向こうは知らないという優位性を失いたくない。
一体のモンスターが使えるスキルの数は、Cランクなら1つ、Bランクなら二つとランクに応じて限られているゆえ、今回の場合は相手が「影渡り」を見せた以上それ以外のスキルを使える可能性はないのだ。
だから俺が転移するのは奴がスキルを使った、その後。
スキル再発動可能までの待機時間ー-クールタイムの間に、回避不能な攻撃をぶちかますほかない。
タイミングを見計らったように地面に沈むエミネント。
「どこからっ、くる?」
周囲を見渡す。
その瞬間、俺の足元から漆黒の腕が顔を出しー-
「転移っ」
青い光に包まれ、切り替わる視界。
気が付けば俺は空中に投げ出されていた。
目の前には背を向けたエミネント。
「くた、ばれっ」
絶命の一撃を発動させ、思い切り横に払う。
赤い魔素を纏った鎌。
それが寸分違わず敵のうなじを切り裂きー-命を刈り取る。
さっきまでの苦戦が嘘のようにあっさりと霧散していくモンスター。
ぽとりと巨大な魔石が地面に落ちる。周囲に散った魔素の一部が体に入り込んでくる。
一撃で倒した!?
なんつー威力だよ。
「い、って」
尻に響く衝撃。
そういや空中にいたんだった。
尻をさすりながら立ち上がりドロップした魔石を手に取る。
コンカをかざしてみれば、確かに「スケルトン・エミネントの魔石」と表示された。
俺が倒したのだ。Cランクモンスターを。
『よくやったのお。それでこそ我が使徒よ』
「……」
頭の中で響く呑気な声。
ただ今はそれよりも心の中で熱く滾るものがあった。
これなら本当にー-
「おにぃっ、どこ!? いるんでしょ! ねえ!」
と、聞き覚えのある声がダンジョン内に響く。
夕菜の声だ。
助けに来たのか? でも第5層だぞ?
『いかんっ逃げるのじゃっ』
「? ああ……大丈夫。夕菜ならわかってくれる」
『そうじゃなー-』
恐らくは姿が変わったことを告げようとしたその声を無視して、夕菜のもとへ急ぐ。あの図太い妹なら、性別さえ変わろうと平気で受け入れてくれる気がして。
なにより自慢したかった。
お前の尊敬する兄がこんなに強くなったんだぞ、と。
今まで貧しい思いをさせてきた分、贅沢をさせてやるんだ。
近づく声。横道より夕菜が顔を出してー-。
殺す殺す殺すころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスー-。
突如流れ込んでくる激情。
全身が叫んでいた。
ーー目の前の敵を排除せよと。
ああ、わかっているとも。
驚愕に見開かれた、敵の双眸。
流されるまま鎌を振り下ろしー-。
「おにぃ……?」
寸前で、踏みとどまる。
心臓の音がうるさいくらい鳴り響いていた。
ー-俺は一体、何をしようとしていた?
「はあっ、はあっ」
『言ったであろう、逃げろと。
お主の体は我が完全に作り替えた。お主はもう人間じゃない、モンスターなんじゃ』
「もん、すたー?」
『然り。モンスターは人間と敵対するよう設計されておる。
その姿を視界に捕らえたならば、強烈な殺意に支配されるじゃろう』
「そんなっ」
『お主はもう妹と普通に暮らすことはできん。
地上に長くいられないという制限もあるしの』
「っ」
『付け加えれば、我ら神にまつわる全ての事を他人に知らせてはならん。
当然、お主が望月真だった事実も、の』
「それじゃっ、どうしたらー-」
「あのっ、冒険者、なんですよね?
だったら私の兄を知りませんか? ここでスケルトン・エミネントっていう敵と戦っていたはずなんです」
突然切りかかってきて、独り言をぶつぶつ言っている相手を夕菜がどう思ったかはわからない。
ただ夕菜は震える声で聞いてきてくれた。俺のことを心配して。
しかして真実を答えることもできない。
返事を迷っていると、見計らったかのように神様が答えを提示してくれる。
『ふむ。ただ一つだけ、全ての問題を解決できる方法がある。
ー-強くなればいいのじゃ。
お主も知っておるじゃろう、完全種の存在を』
完全種、大量の魔素を取り込んだモンスターのみが辿り着ける到達点。その役割はダンジョンの外に出て、新しいダンジョンの核となること。
そうだ、奴らなら外を自由に歩き回ることができる。
発生初期に東京から九州まで横断した個体もいたのだから。
そして魔素を貯めるには、モンスターを倒し続ければいい。
敵の魔素を奪って自分のものにすればいい。
『決まっておろう、我が使徒。
我が思い描いたメスガキならば、撤退はない。力を以て道を示せ。
Dランク殺し《ミドルキラー》なんて雑魚、覇道の礎としてしまえよ』
戦闘前に飛ばしてくれた激を思い出す。
なんだ。神様は最初からそれを見越していたのか。
真実を打ち明けることも、一緒に暮らすこともできない。だったらー-
「おまえの兄が、ほざいていました。
しばらくここを離れる、と」
「え?」
「すごいスキル? が生えてきて、強くなる目途がついたとか。
それで、え、と頼れる仲間ー-まあ私の足元にも及びませんが、えー彼らに拾われたから? 付いていきたいそうです。
あ、ちゃんとお金は入れるし、納得したら? 帰ってくるとも言ってました。身勝手なものですね」
一部にぼかしと嘘を交えながら、そこそこ正しいことを伝える。
ソロで潜ると言ったら心配してしまうだろうし、多分こういう形がベストだ。
幸い、何故か使えるコンカのおかげで連絡も家族用の口座への送金もできる。
個人判定が可能なコンカで問題なくやり取りができている以上、その生存に疑問を持つことはないはずだ。
……この口調については色々と思うところはあるけども。
沈黙の後、優菜が見せたのは溢れんばかりの怒気だった。
「ふざけないでくださいっ。どんな理由があろうと、兄が私のもとを去る選択肢をとるはずがありませんっ。
大体自分でも話してて納得してない感じだったじゃないですか!
兄を、出してくださいっ。会ったんですよね?」
「そ、そのうちメールでも来るんじゃないですか?」
回り込もうとするマイシスターをくるりと避けながら、コンカを操作する。
文面はー-ええい、やりづらいなっ。
「たびにでる。さがさないでー-って、ちょっと?
私にはあなたがコンカで何かメールを送ったように見えたんですけど!?」
「気のせいですよー」
「ちゃんと目を見て話してくださいよっ。
ええいっ逃げるなあ!!」
くるくるくるくる。ダンスを踊るように回転する俺ら。
まさかここまで疑われるとは。
ってか、普通に危ないからやめてほしいんだが!?
「もしかして頼りになる仲間ってあなたのこと?
……そっか。助けられたっていう負い目を利用して、そのまま監禁しようとー-」
「!!????」
とんでもない勘違いを始める夕菜。
それを何とか訂正しようとしてー-。
『随分とお楽しみのようじゃが、そろそろタイムリミットのようじゃぞ?』
「おい、突然飛び出していくんじゃない!
まだエミネントが近くにいたらどうするんだっ」
突如、神様と野太い声に乱入される。
同時にこちらに近づいてくる複数の人間の気配を感じた。
夕菜をここに連れてきてくれた人たちかっ。
やべえ、早く逃げないとっ。
「ではっ」
「あ、ちょっとー-」
即座に転移を発動させて、その場を離れる。
弁明はあとでいい。とにかく今は人から離れるのが先決だ。
「きっと、強くなって戻ってきますっ」
後ろの夕菜に、聞こえるか分からない言葉を投げかける。
結局、俺にはその道しかないのだ。
だからー-それまで待っていてくれ、夕菜。
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