第三話 急転直下
「あ、はぐれたモンスターが一体だけいますね。
どうします? 戦ってみます?」
滞在限界時間も近づき、そろそろ帰ろうかという頃。
コンカの右上に表示されたマップ(周囲の地形とそこに潜むモンスターなどが表示された機能)を見て江川がそう提案してきた。
経験値を得られる、つまりはモンスターの魔素を取り込めるのは実際に戦った人だけという性質上、ただ見てるだけでは強くなれないのだ。
「最近は全然上がってないし、やってみたいところだな。
……危なくなったら助けてくれるんだろ?」
「ええ、勿論ですよ。後ろは任せてください」
「学生の時は何度も助けられたからね、安心して戦ってきて」
「そりゃあありがたい」
頼もしい返事を背にして、腰に付けた得物ー-ハンマーを前に構える。
奥からやってきたのは一体のスケルトンだった。
全身骨格模型がカタカタと音を鳴らして近づいてくるという、見る人が見れば発狂物の光景だ。
とその時、奴が随分とボロボロな状態なことに気付く。
右足や肩などいたるところが壊れていて、歩き方もぎこちない。それでも必死に足を動かしていた。
まるで何かから追われているように。
「っ、下がってくださいっ。何か来ますっ」
「りょう、かいっ」
慌ててバックステップを踏み、二人の後ろへと後退する。
柴田が前に出て、江川が杖を構えた。
ほぼ同時。俺らとスケルトンの間に、一体のモンスターが地面から生えてくる。
ー-黒い、骸骨だ。
色以外は普通のスケルトンと変わらない。
けれどそれが畏怖されるべき存在であることを俺は知っていた。
「エミネントっ、なんでこんなとこに!?」
江川が敬語も忘れてその名を叫ぶ。
スケルトンの高位存在、スケルトン・エミネント。その見た目とは裏腹の戦闘力ゆえこう呼ばれているー-
そんな下層に潜むはずの化け物が背を向けた状態で立っていた。
恐怖に固まる手を何とか動かして、ステータスを表示させる。
スケルトン・エミネント(C)Lv.1
筋力 B
物防 C
魔防 C
知性 E
器用 E
敏捷 D
運 B
<主な使用スキル>
影渡り
硬化
眷属召喚
圧倒的なまでの筋力。頑丈さの指標となる物防・魔防もCと、二人の攻撃能力よりも上だった。
ついでCランクモンスターゆえ強力なスキルも持っている。恐らくさっき見せたのが「影渡り」というスキルだ。
「っ、よけてください。
プロミネンスっ」
「う、うんっ」
柴田が体をずらすと同時に、轟と巨大な炎の柱が吹き抜ける。敵の全身が炎に包まれる。その余波だけでもむせ返るような熱さだ。
これは確か、現状の最高火力だと自慢げに見せてくれたスキル。
例えステータスで負けていようとも強力なスキルであれば、あるいはー-。
「冗談、でしょう……?」
数秒の放射が終わった後現れた光景に、江川は嘆声を零す。
スケルトン・エミネントは無傷だった。
体に白い煙が昇っているだけで、全くもって効いている様子はない。
攻撃に反応したのか、ゆっくりとそれがこちらを振り向きー-。
「逃げますよっ」
江川の指示に、慌てて踵を返し走り出す。
すぐさま俺は江川を追い越し、同じように柴田に追い越される。
反応の良さ、足の速さなどは敏捷の高さがものをいうから、当然こういう順になる。ただー-。
「ひぃっ」
背後より響く悲鳴。
振り向けば、エミネントが江川に襲い掛からんとするところだった。
殿を務めるはずの前衛、柴田が役目を放棄しているせいで、守るべき後衛が危険に晒されていた。
「くそったれっ」
腰に付けたハンマーを「重量軽減 Lv.4」で軽くし、横薙ぎを強化する「スラッシュ Lv.3」を使って思いっきり投げる。
俺の全力を以てした攻撃はそのままエミネントに当たりー--あっけなく黒い外殻に弾かれる。
注意をそらすことも叶わない。
「っ、たすけー-」
江川の、懇願するような視線が目に焼き付けられる。
でもこれ以上ー-。
「ごめんっー-デコイっ」
「ぐっ」
突如何者かに足を払われ、押される。
予想外の攻撃に体勢を立て直せず、壁に倒れこんだ。
「ごめんなさいごめんなさいこれもアヤちゃんのためアヤちゃんのため仕方ないんです」
ぶつぶつと何事かを呟きながら目の前を通り過ぎていく江川。二人はそのまま横道に消えていく。
まるで俺が見えていないかのように。
何が、起こった?
柴田が言ったデコイとは、モンスターの注意を特定の人物に固定できるスキル。
本来なら敵の攻撃を自分に向けるためのそれをー-どうして謝りながら使った?
どうしてエミネントは俺の方を向いて近づいてくるんだ?
「……まじか」
状況を飲み込む前。エミネントがその腕を振り上げる。
「がっ」
凄まじい衝撃、宙を舞う体。
反対の壁に叩きつけられ、ばたり、と力なく地面に倒れこむ。
まるで右半身を持っていかれたかのように感覚がない。
頬に感じる岩の感覚。周囲の地面が真っ赤な血で染まっている。
視線を下に動かせば、ぐちゃぐちゃに潰された体が見えた。もう傷ともいえない肉塊から何かがとめどなく溢れてくる。
……これは、もう駄目だ。
この惨状をつくりあげた怨敵があっさりと離れていく。
なぜだか見逃されたらしい。
まあでも、どのみちこの傷では長くは生きられない。救援も間に合わないだろう。
俺は、間違えたんだろうか?
夕菜の言うように二人を信じてはいけなかった?
今更過ぎる疑問が浮かんでは消える。
冷えゆく体、次第に意識も遠のいてー-。
『救ってほしいか?』
誰かの声が頭に響いた。
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