第27話

 リィネの新しいドレスもラネに合わせて直してしまったから、彼女のドレスも新調しなければならない。

 そうしようとしていたところに、クラレンスからリィネに伝言が届いた。

 そこには、夜会用のドレスを用意させて欲しいこと。当日はエスコートをさせて欲しいと書かれていたという。

「どうするの?」

 難しい顔をして黙り込んでいるアレクの代わりに、ラネがそう尋ねた。

 きっと辞退するだろう。

 そう思っていたけれど、予想に反してリィネは笑ってこう言った。

「せっかくだからお受けするわ」

「え?」

「だって兄さんは、ラネをエスコートするでしょう? だとしたら、私の相手がいないわ。今から探すのも大変だし、せっかく向こうから申し出てくれているんだから」

「だったら、アレクさんは今まで通りにリィネを」

「それは駄目」

 今までアレクはずっと妹と参加していたはずだ。

 それなのに、自分のせいでリィネの相手がいなくなってしまった。それを申し訳なく思い、そう申し出たのだが、あっさりと却下された。

「きっと聖女もエイダ―と一緒に参加するだろうから、兄さんの傍を離れたら駄目よ」

 そう言って、困ったように付け加えた。

「本当なら、ラネに謝りたいなら聖女なんか呼んだら駄目よね。前と同じようになってしまうかもしれないのに。でも、クラレンス様でも聖女の参加を拒否することはできないのよ。彼女はそれだけの力を持っている。……だから厄介なのよね」

「あ……」

 聖女とエイダ―も参加するのかと、少し憂鬱な気分になる。

 まだ魔物の被害がある以上、聖女の力は必須なのだ。

「心配しなくても大丈夫よ。ラネは、兄さんから離れなければいいわ。それにクラレンス様は王太子殿下だもの。仕方なく私の相手をしてくださっていることくらい、誰の目にも明らかでしょう」

 王太子であるクラレンスは、まだ婚約者を定めていないらしい。

 彼には幼い頃から婚約を結んでいた令嬢がいたのだが、不幸にも病で早世してしまったという。

 新しい婚約者は、現在慎重に選んでいる最中のようだ。

 だから夜会の度に、彼が誰をエスコートするのか、貴族の令嬢たちは神経を尖らせている。

「その分私なら、兄さんの妹というだけの平民だもの。絶対にあり得ないから、他の人たちも安心すると思うわ」

 これが一番良いのだと説明するリィネに、アレクもとうとう折れたようだ。

「たしかに、下手に貴族の男に頼むよりも、クラレンスの方が良いか」

「それよりも当日、兄さんは絶対にラネの傍から離れないでね。多分、謝りに来る貴族が多いかもしれないけど、それを見て聖女も黙っていないだろうから」

「ああ、わかっている。だが、ドレスはこちらで用意しよう。今からメアリーに頼めば間に合うだろう」

「……うん、そうね。それが一番良いかもしれない」

 ドレスは遠慮して、エスコートだけお願いすることにしたようだ。

 エスコートならば問題ないが、ドレスまで受け取ってしまうと、相手が王太子であるだけに、少し面倒なことになるようだ。

 リィネも同意して、そう返事を出すことに決まった。


 それからは、夜会に向けて忙しい日々が始まった。

 リィネのドレスも発注し、採寸や仮縫い、衣装合わせのために何度もメアリーの店に通った。

 ラネのドレスは淡い紫色。

 リィネのドレスは、深緑色に決まったようだ。

 メアリーはかなり張り切ってくれたようで、それぞれに似合うデザインを考えてくれた。

「最初は、本当にただの手芸店だったのよ」

 メアリーは忙しく手を動かしながら、この店の成り立ちを語ってくれた。

「祖母が始めた小さな店だったの。でも、自分で縫った服を販売していたら、それが評判になってね。今では、貴族の令嬢のドレスも仕立てられるようになったわ」

 近所の人から、裕福な平民。そして貴族に。顧客はだんだん変わっていったが、今でも服を縫うのは好きだと、彼女は楽しそうに笑う。

「世界を救った勇者の妹とパートナーのドレスを縫えるなんて、しあわせだわ。絶対に間に合わせるから、期待していてね」

 メアリーならきっと、素晴らしいドレスを作ってくれるだろう。

 そう確信して、仕上がりを楽しみに待つことにした。

 これでドレスとエスコートのことは心配ないが、ラネにはもうひとつ、やらなくてはならないことがあった。

 ダンスである。

 もちろん、今まで一度も踊ったことはない。

「ダンスは覚えていたほうがいいわ」

 兄のパートナーとして、何度か夜会に参加したことがあるというリィネは、真剣な顔でそう言った。

「顔も知らない人たちに延々と話しかけられて、身動きが取れなくなったときも、踊れば解放されるわ。とくに今回は、あなたに謝罪したいって人が多いだろうから、面倒だったら兄さんと踊っていればいいのよ」

「そうね。頑張るわ」

 そう意気込んでみたものの、今までダンスなど一度もしたことがないのだから、なかなか難しかった。複雑なステップを覚えるのに必死で、つい足元ばかり見てしまう。相手役を務めてくれたリィネの足を何度も踏んでしまって、慌てて謝罪した。

「難しいわ」

 挫けそうなラネをリィネは励ましてくれる。

「大丈夫よ。私たちは貴族じゃないから。それらしく見せることができれば、それで充分。それに、ラネのパートナーは兄さんだもの。少しくらい足を踏んだって、丈夫だから問題ないわ」

「俺ならもちろん大丈夫だが、お前のパートナーはクラレンスだ。ラネよりもお前の方が、練習が必要かもしれない」

「……そうなのよね」

 傍で見守っていたアレクの言葉に、リィネが肩を落とす。

「そうね。私も練習しなきゃ。兄さん、付き合って」

「わかった」

 アレクがリィネの手を取って、踊り出す。

 ふたりの煌めく金色の髪が、陽光を照らして輝いていた。

(綺麗……)

 美貌の兄妹が踊る。

 ラネはその光景を、うっとりと眺めていた。

 心を許せる人たちと過ごす時間は、穏やかに優しく過ぎていく。

 出会ったばかりとは思えないくらい、アレクもリィネも、ラネにとっては大切なひとだ。

 他愛もない話をすることも、得意料理を作ってふたりに披露することも。

 リィネと、将来のことを語り合うのも、何をしていても楽しい。

 村に住んでいた頃は、こんなに気の合う人たちと巡り合えるなんて思ってもみなかった。

 しあわせだった。

 あの頃が一番しあわせだったと、のちにラネは思うことになる。

 三人だけで過ごすことができたのは、思えばあれが、最後だったかもしれない。

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