第5話
エイダ―の父親の話が終わり、解散となった。
騒然としている幼馴染たちから離れて、ラネはひとりで家に戻ることにした。
小石の多い道を歩きながら、昔のことを思い出す。
まだ幼かった頃、エイダ―はこの道で転んでばかりいた。
他の友人たちはそのまま駆けて行ってしまい、エイダ―を助け起こして、泣きじゃくる彼を慰めるのは、いつだってラネだった。成長するにつれて逞しく成長したエイダ―は、今度は俺がラネを守ってあげると言って、照れくさそうに笑っていたのに。
感傷を振り払うように、ラネは大きく首を振る。
順調に出世していく彼が、もう村には帰ってこないと思っていたのも、事実だ。
こんな形だとは思わなかったが、婚約は解消されるだろうと考えていたのも。
けれど、たとえひどい裏切りを受けたとしても、思い出までは消えてくれない。
(本当に、この村から出たほうがいいのかもしれない)
ここにいたら、嫌でもエイダ―のことを思い出す。
剣聖と聖女であるふたりのことは、この国にいる限りどこに住んでいても聞こえてくるだろうが、ここで聞くよりはましだ。
ラネはそう決意して、顔を上げた。
この村から王都までは、遠い。
乗合馬車を使っても、かなりの旅費が掛かる。
せっかく魔法で王都まで運んでもらえるのなら、そのまま村には戻らずに、王都の周辺の町で仕事を探せばいいのではないか。
そう考えたラネは、家に戻るとすぐに、両親に経緯を話した。
わざわざ婚約していたラネを結婚式に呼ぶという暴挙には、さすがに両親も憤ったようだ。
だが、反論することなどできないし、許されない。
「せっかく王都に連れて行ってもらえるのなら、そのまま村を出ようと思うの。ここにいても居心地の悪い思いをするだけだし、思い出も多すぎるから」
家を出ていくと告げると母はまた泣いたが、父は同意してくれた。
このまま村にいても、肩身の狭い思いをするだろう。それよりなら、誰も知らない土地に行った方がいいと理解してくれたのだ。
そうと決まれば、さっそく荷造りをしなくてはならない。
ラネは自分の部屋に戻り、少し大きめの鞄を取り出して荷造りを始めた。
そんなに多くは必要ない。着替えを数着と、祖母から譲り受けた装飾品。父から誕生日にプレゼントしてもらった腕輪と、母の手作りのショール。
エイダ―からの手紙と贈り物は、少し迷ったけれど処分することにした。
こんなものが残っていたら、彼も嫌な気持ちになるだろう。
エイダ―との過去は、すべて捨ててしまうつもりだ。
手紙を暖炉で燃やし、贈り物も処分した。
贈り物といっても、彼が旅先で見つけた珍しい花を栞にしたものなどだ。
全部燃やしてしまうと、少しだけ心が軽くなった。
形あるものを残しておくと、いつまでも心が残ってしまうのかもしれない。
最後に、数年前に村人同士の結婚式に参加したときに新調した、比較的綺麗なワンピースを用意する。
聖女と剣聖の結婚式にはふさわしくないが、これしかないのだから仕方がない。
村で過ごす最後の夜は、両親とゆっくりと話をして過ごした。
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