[ 229 ] 空からの訪問者
「何か飛んできてないか?」
風任せで、ゆっくりヘクセライへ目指していた僕らの前方に、飛行物体が見えたらしい。
「女が飛んでるな、知り合いか?」
「見せてもらえますか?」
船長から望遠鏡を受け取って、空飛ぶ女性を探すとすぐに見つかった。
「あれは、リュカさん……かな?」
昔見た時より髪が長くなって雰囲気が変わっているけど、ナッシュからフォレストへ一緒に来てくれた魔法研究所のリュカさんで間違いない。
「ハリルベル、リュカさんが向かってきてるよ」
「げ……」
何か嫌な思い出でもあるのか、ハリルベルは露骨に嫌な声を出すとシルフィへ視線を送った。あー、ハイネル村前後のあれか……。リュカさんはハリルベルが好きなんだっけ……また修羅場の予感だ。
「ロイエ、わりぃ。俺とシルフィはヘクセライに着くまで船室でやり過ごすわ。あとは頼んだ」
「そうだね。それがいいよ。みんなにも言っておくから」
マストの下でグロッキーになってるシルフィを、ハリルベルが抱き抱えるとそのまま船内へ入って行った。それを見送ったあと間髪入れず、リュカさんが船に降り立った。
「ロイエさん、お久しぶりです。お元気でしたか?」
「はい、リュカさんも元気そうで」
甲板に降り立ったリュカさんは、自慢の金髪が腰辺りまで長くなり、より美人度が増した。相変わらずメガネと白衣が科学者らしい。
「あの、ルヴィドは? いないんですか?」
右へ左へ視線を彷徨わせているからハリルベルを探しているかと思ったら……。元恋人のルヴィドさんか。
「ルヴィドさんは別行動してまして、まだアクアリウムにいると思います」
「そうなんですね」
「あの、リュカさんはなぜここに?」
不審な船が沖合にいるのは向こうからも確認できたと思うけど、僕らが乗る船というのはわからないはずだ。
「昨日、クルトさんからギルド通信で連絡を頂いたのです。なので港から監視していたら空飛ぶ船がこちらへ向かっていたので、絶対あれだなと」
「そんな変な船は僕らしかいないか……」
「ふふ、ずいぶん練度を上げたみたいですね?」
「ええ」
リュカさんはニコッと笑うと、背後でロゼが少しムスッとした気配がして、ロゼが一歩前に出た。
「あら? ロゼさんもいらしてたのね?」
「お久しぶりです。その節はどうも」
言いながら、ロゼが僕の腕に手を通してきた。
変な心配しないでいいのに……。
「あの、リュカさんは僕らがどのメンバーでヘクセライに向かってるか、クルトさんから聞いていないんですか?」
「それが、ロイエさん達が向かっているとしか言われてなくて……」
うーん、肝心なところで仕事が雑なのはクルトさんらしい。周りのメイドは優秀なのになぁ。いや、これは誰がヘクセライ入りしたかわからないようにするために、あえて……ということか。
「失礼ですが、見たところ風魔法使いが全滅してるようですが、私でよければヘクセライまで押しましょうか?」
「あ! そうですね。リュカさんは風魔法使いでしたね」
「はい、そのために来たようなものです」
明るく返事をすると、リュカさんはマストへ登り風魔法を発動させた。船の帆は風を受けてゆっくりとヘクセライへ運んだ。
それを確認すると僕は船長に船の操舵は任せて、倒れたピラートの代わりに貨物室の荷物を軽くさせるため、ロゼと2人で降りてきた。
「ロイエさん、いまのうちに相談したいのですが、ヘクセライへ到着後の予定はどうします?」
当然の疑問に何も考えてなかった僕は、頭をフル回転させながら辿々しく解答した。
「うーん、そうだね。アルノマール市長からの要望だと、僕らはヘクセライではなく王都で潜伏していて欲しいって話だから、なるべくヘクセライでは騒ぎは起こさずに、こっそり陸路で王都を目指そうかなと」
王国騎士団の調査班がヘクセライでひと騒動起こしてる間に、精鋭達で王都へ侵入して王を撃つ……。それが僕らの聞かされている作戦だ。
誰が王を撃つのか、襲撃のタイミングなど詳しい話はまだ聞けてないけど、ルヴィドさんが合流したら明らかになると思っている。
「そうですか。あの、あまり大人数で移動すると勘付かれる可能性がありますので……。わたくしはフリーレン商会としてこのままこの船に乗り、海路経由で王都入りを目指そうと思いますわ」
驚いた。ロゼはてっきり僕と離れたくないのかと思っていたけど、自分の欲望よりも作戦の成功を優先させた。その覚悟に僕も応えないと……。
「ロゼ、ありがとう……。ちゅ」
「んっ。ロイエさん……」
「王都についたら港で合流しよう」
「はいっ! わかりましたわ」
ギュッとロゼの温もりを肌で感じていると、船がヘクセライへ到着する汽笛の音が聞こえた。
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