[ 223 ] 貨物室

 貨物室へ向かうと、船長の言っていたもう一人の貨物係が作業をしていた。


「あのー、船長に手伝うように言われてる者ですけど……」

「いらねぇよ! これはオレの仕事だ!」


 貨物室にいたのは、僕より小柄の男の子だった。赤い髪にタオルを巻いたその姿は、まさに海賊。なんせタオルにはドクロのマークがついている。


「おい! 聞いてんのかよ! あっちいけよ!」

「そういうわけには……」

「そこまで言うなら試験をしてやるよ。お前のやり方でこの荷物を軽くしてみろよ」

「この木箱を?」

「おう。やってみろよ。オレよりすげーなら手伝わせてやるよ」


 すごく上から目線の子だけど、船の中では彼の方が先輩なのは確かだ。僕は覚えたばかりの無詠唱ジオグランツで、木箱を一つ浮かせてみた。


(ジオグランツ)


「まじか! お前も無詠唱かよ!」

「お前も?」

「よし、オレの名前はピラート。この船の宝守りにして無詠唱の重力魔法使い様だ。子分にしてやるよ」


 すると、元々数ミリ浮いていたらしい木箱の塊がふわっと宙に浮いた。


「おい子分、練度はいくつだ!」

「ピラートは?」

「バカ! 親分って言え! お前から言え!」


 ぽかっと頭を叩かれた。海の男は手が早い……。もしかしてピラートは練度が高いのだろうか? それにしても揺れる船の上で、常に数ミリ浮かせるとはなかなかの技術力だ。


「僕の練度★4だけど……」

「ぐっ……。ま、まぁまぁじゃねぇか。あっちいけ」


 正直に答えたのに速攻で全面拒否された。


「ちょっと待ってよ。きみ……親分は練度いくつなの? それに試験に受かったら手伝いさせてくれるって……」

「わ、わかったよ! そこまでやりたいなら手伝いさせてやるよ! あっちのあれ! 浮かせておけ」

「う、うん……」


 言われた区画の荷物を浮かせてみるが、やはり難しい。ふわっと浮かせる事なら可能だけど、彼のように船の揺れに合わせて数ミリ浮かせるなんて僕には出来ない。


「おい下手くそ。大事な荷物だぞ。魔力切れを起こして荷物が床に落ちたら船長にどやされる。そんなに浮かせるなよ。もっと下げろ」

「え、無理だよ……。これ以上下げたら逆に荷物が床にゴツゴツ当たっちゃうよ」

「はぁ? 練度★4のくせにそんなことも出来ねえのかよ。しょうがねぇなー」


 何故か機嫌を良くしたピラートは、重力魔法の細かい制御の仕方をレクチャーしてくれた。どうやら船の揺れに合わせるのではなく、自分の揺れに合わせるらしい。


「こう、船が揺れるだろ? それに合わせて、体が水平になるように微調整して、荷物は自分に水平になるように……」

「なるほど、こうですか? 親分」

「そうそう。いいじゃねぇか」

「ありがとうございます」


 僕は夕飯までピラートの指導を受けた。どこで役に立つかわからないけど、大雑把な性格のレーラは教えてくれなかった事だ。どんなチャンスもモノにしなければ……。


「おーい。飯持ってきたぞー」


 店長の呼ぶ声が聞こえたと思ったら、微かに良い匂いも漂ってきた。ピラートもお腹を空かせていたのか、心無しかワクワクしているように見える。


「あ? ロイエもここにいたのか」

「うん、荷物を軽くする手伝いをしていたんだ」

「船長に持って行けって頼まれたのはそこの小僧の分だけなんだが……。どうする? 食堂で食うかここで食うか」

「え、じゃあ食堂で「ここで食え!」


 僕が答えを言い切る前に、ピラートが決めてしまった。


「今ここを離れたら荷物が重くなるだろ。そうしたら船の速度は遅くなる。オレはいつも飯を食いながらやってるぞ」

「そ、そうだね。じゃあ僕もここで……」


 そう言うと、ピラートは年相応の嬉しそうな笑顔をこぼした。普段ここで一人ぼっちだから一緒にご飯を食べる相手が欲しかったのかもしれない。そう思うと彼が不憫に思えた。


「おい、コック。酒も持って来い」

「は? お子様にはまだ早えーよ。ジュースなら持ってきてやる」

「ちっ……。じゃあそれでいいよ」

「ういー」


 適当な返事をすると店長は調理場に戻って行った。店長が持ってきた食事を見ると、ライスに旗が立てられていた。ピラートはそれを嬉しそうに見ている。やはりお子様なんだな。


「おい、見ろ。旗だぞ。旗はいいな。領地を獲得した気分になる」


 完全に海賊の発想だ。僕は店長が持ってきた激辛の夕飯を食べると、そのまま夜通しで荷物の番をした。器用なことにピラートは、寝ながら重力魔法を操っていたから驚きだ。

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