[ 221 ] 出航に向けて

「お、おいおいおい! や、やめろ!」


 重力魔法で船を包み込みゆっくり軽くすると、なんと船が倒れかけた……。船の構造をよく理解してなかったが、どうやら船というのはある程度重くないと海上では安定しないみたいだ。


「いや、わしも説明が足りなかったな。この荷物て試してもらおうとしたら、まさか船を軽くしちまうとは……」

「ご、ごめんなさい」

「船はある程度の重さがねぇとダメなんだ」

「そうみたいですね……」


 船というのは計算され尽くされて製造している。ただ軽くすれば速く航行出来るわけではないようだ。僕は重力魔法を操りゆっくり元に戻した。


 ズシンと船の重さが海にかかり、軽く白波が立つ。


「あんちゃんには、船の中で荷物だけを軽くしてもらおうかね」

「わかりました」


 港長は船内地図を出すと、僕の担当する荷物の位置を指示してくれた。


「お嬢様は、いつものように食料を定期的に冷やしてください」

「わかりましたわ」

「もう準備は終わってますので、すぐにでも船を出せます。船長に報告してきますね」


 それだけ言い残すと、港長は船に向かって走っていってしまった。


「じゃぁ、ハリルベルを回収してくるか……」

「そうですわね」


――さっきシルフィに連れ込まれた物陰に行くと、なんだか卑猥な声が聞こえる……。


「あん、ハリー。イイっ」

「ぅっ……。シルフィ!」


 これは完全に致している……。ロゼと顔を見合わせると、ロゼの顔が真っ赤になっている。


「……どうしようか」

「ですね……」

「でももう出航の時間って言われてるからな……」

「仕方ないですね……」


 二人を探してるふりをして大声を出すという、三文芝居をやる事にした。これなら慌てて出てくるだろう。


「コホン、ハリルベル! どーこー!」

「シルフィさん! そろそろ出航しますよー!」


 あ、やべって声が茂みから聞こえてくる。慌ててくれ、焦ってくれ。君たちが満足するまで待つことは出来ない。


「い、今行くー!」


 「待ってください。私もう少しなんです」というシルフィのヒソヒソ声が聞こえてくる……。もう待てない。


「もう船は出すらしいから、適当に飛び乗ってくれー」


 投げやりに返事を返すと、僕とロゼは船の方へと走った。本当にもう船は出航直前だ。海の男達は気が短いのか、前世の世界だと考えられないがもう船はゆっくりと動き始めている。


「よっと」

「おう、お嬢。こいつかヘクセライまで連れてって欲しいってやつは」


 船に乗ると海賊がいた。黒い海賊帽子に眼帯にモジャモジャのヒゲ。腰にはサーベル……。完全に海賊だろう。


「あ、船長さん。お久しぶりです」

「おう。しばらくみないうちに美人になったじゃねぇか」

「そ、そんなこと……ないですわ」

「ガハハハ!」

「うふふ」


 どうやらロゼはこの海賊船長と知り合いらしい。そりゃ貿易の仕事を手伝っているんだから、それなりに顔は広いか。


「こちらはロイエさん、ヘクセライまでの同行をお願いいたしますわ」

「おう! これで全員か?」

「いえ、後一人来るのですが……」

「もう待てねぇな、これ以上待つと夕方のシケにぶつかっちまう。ゆっくり出すから適当に乗ってくれや」


 めちゃくちゃな事を言う人だな……。勝手に飛び乗れとか、前世ならめちゃくちゃ叩かれる行為だけど。


「しゅつぱーーーーーーーつ!!」


 僕らの返事を待たずに、船長は船を出航させた。僕らは慌てて船の外を見ると、ハリルベルとシルフィが全速力で走っている。


「ハリルベルー!」

「ロイエー! ちょ! 待ってくれよー!」


 ダメだ。船がゆっくりとはいえ、それなりの速度が出ている。常人の足では追いつけない。


「アルヒテクトゥーア!」


 ハリルベルとシルフィの背後、ピンク色のフードを被った小さな人物が呪文を唱えると、3人の足元の地面が盛り上がり蛇のように船に向かって伸びた。


 聞いた事ない魔法だ。おそらく土魔法の練度★7か8あたりだろう。


「アイゼンヴァント!」


 ロゼも氷の蛇を出現させて、二つを繋ぐとハリルベルとシルフィ、そしてテトラさんがそれを伝って船へ乗り移った。


「ハァハァ、置いてかれるところだった……」

「いやー、ハハハ。かんいっぱつぅー!」

「ハリー? この女……誰」


 じとりとテトラを睨みつけるシルフィだが、テトラはそれをわかっておらず「乗せちゃってよかった?もう戻れないけど!アハハ」と笑い飛ばしている。


「こちらはアクアリウムで活動している、テトラさんという冒険者の方です」

「ふーん。うちのハリーに手を出さないならなんでもいいわ」

「テトラさん、船に乗せていただいてありがとうございます。危なく乗り遅れるところでした」

「いいっていいってー。で、この船ってアクアリウム行く?」


 知ってて乗ったんじゃないのか……。やることなす事めちゃくちゃだなこの人も……。


「この船はヘクセライ行きですよ。アクアリウムとは真逆ですね……」

「まじかぁ、無料で乗れそうな雰囲気だったから飛び乗ったのになぁ。ま、しゃーないかー。よろしくねー」


 こうして僕を始めとしたロゼ、ハリルベル、シルフィ、テトラの五人で旅をする事になってしまった。

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