[ 200 ] 裏の裏

 ブルブルと身震いするハリルベルの体から、ゆらゆらと魔力が溢れ出ている。


「ハリルベル落ち着いて、まだ妹のベルフィと決まったわけじゃないよ。同じ名前の別の人かもしれないじゃないか」

「同じ名前で! 回復術師のやつが他にいるかよ!」


 怒鳴るハリルベルがテーブルを叩こうとするよりも速く、ドン!とアルノマールが力強くテーブルを叩いた。


「落ち着け、今騒いでもどうにもならん」

「……くそ」

「ハリルベルさん……」


 僕は自分の父や母、兄がどんな属性の持ち主か知らない。回復術師ではないと思うけど、それでも被害者一覧を直視する勇気が出せなかった。


「アルノマール市長、橋は後どれくらいで直りますか?」

「そうだな。今日からしばらくは雨らしいから少し伸びるな……。三週間ほどといったところだな」


 アルノマールは、ローテーブルの引き出しから地図を取り出して広げた。


「アクアリウムからフォレストへの橋がかかるのが三週間後、そしてフォレストからヘクセライまでの陸路が三日ほど、王都までそこからさらに二日だ」

「わかりました。ということは、一ヶ月後に王都で合流という事ですね」


 僕らはデザントへ戻り、そこから海路で王都を目指すか……。船のタイミングが良ければ一週間以内には王都へ着く。


「うむ。我々も冒険者を集めてデザントから王都へ向かう。アウス殿への伝令頼む」

「はい。市長より援軍の確約を頂けた事、アウス様にお伝えいたします」

「ああ、よろしく言っておいてくれ」

「はっ! それでは私はこれにて……」


 リューゲは脱いだ兜を被り直すと、市長や僕らに挨拶をして出口へと向かうと、もう一度お辞儀をしてリックと共に部屋を出て行った――。


 リューゲとリックが出ていくと、部屋の中にはなんとも微妙な空気が流れた。


 マスターもヒゲをもじゃもじゃさせていて、ほとんど言葉を発していない。ハリルベルの拳は硬く結ばれたままだ。ロゼは、ポーチの中から出てこようとするピヨを必死に抑えている。


「よし、全員動くなよ。ヴァルムヴァント」


 アルノマールは座ったまま魔法を発動させると、僕らをソファーごと半透明な炎の結界で覆った。


「これは……」

「この魔法には空気の流れを断ち切る効果もある。盗み聞き対策だ。多少熱いが我慢しろ」


 そういえば、昨日シルフィに風魔法で首を絞められた時もハリルベルがこの魔法で助けてくれた。火魔法には風に強い特性があるようだ。


「さて、今からお前達にはナッシュへ向かってもらう」

「え?」


 さっきはデザントに向えって……。僕が困惑した顔をしていると、アルノマールにはそれが伝わったらしい。


「はぁ……。ロイエ、お前には伝わってたと思ったんだがな」


 どういうことだろうか。さっきの話はブラフだったのか? さっきの話の中で僕が感じた違和感はやはり……。


「いいか、調査班とはいえ騎士団だ。簡単に信用するな。橋の崩落はおそらく調査班にいるスパイの仕業だろう」

「調査班の中に……」

「ただ、王の死期が近いのは本当だろう。叩くなら絶好の機会だ。あとは奴らの口車に乗って王都を目指す。ただし、待ち伏せを回避するためにデザント経由ではなく、ナッシュ経由でヘクセライを目指し、そこから陸路で王都へ入る」


 確かに、リューゲやリックが護衛班や監査班と繋がってない証拠はどこにもない。王を叩くなら……か。


「あの、市長はなぜそこまで王を……」


 失言だったようだ。アルノマールは僕を睨みつけると、窓から外へ視線を向けた。その先にはアインザーム火山が見える。


 そうか……。

 アルノマールは……。

 

「……レーラの敵討に決まっているではないか」

「知ってたんですか」

「お前の顔を見ればな。それに世話好きのあいつが、お前とデザントに来ていない時点で察しはついていた」

「……すみません」

「誰にやられた」

「ロートという火魔法使いで、護衛班の一人です。練度★9の魔法を使っていました」

「ふん、相手にとって不足はないな」

「いえ……ロートは、レーラさんが倒しました」

「チッ……。なら、やはり敵討は元凶である王にするしかないな」


 バチンとアルノマールが拳を打ち鳴らすと、ハリルベルがボソリと漏らした。


「練度★9……そんな奴らがいるのか」


 アルノマールは苛立った顔で舌打ちをすると、ハリルベルの胸ぐらを掴んだ。


「さっきまでの覇気はどうした。臆するな、練度など所詮飾りだ。弱いなら弱いなりに頭を使え。わかったな?」

「は、はい……」


 ハリルベルが叱られた時だった。


 ロゼのポーチからピヨが飛び出した。


「ぷはぁ! 熱いピヨー!」

「なんだこの焼き鳥は」

「焼き鳥じゃないピヨー!」


 ピヨはプリプリと空中を旋回して抗議をするが、アルノマールにはどうでも良いらしい。


「喋る鳥とは……。また変なのを連れているな、まぁいい。アテル、ロイエ、ハリルベル、ロゼ。お前らは誰にも見つからずに、今すぐナッシュへ向かえ」

「あれ? ピヨの名前が無いよ? ピヨの名前も呼んでピヨー」

「え? あの、今すぐ……ですか?」

「ねー? ピヨの名前も呼んでピヨー」

「誰かに見られたらナッシュで待ち伏せされるかもしれん。今すぐにだ。いまならリューゲも警戒を解いている」

「おーい、ピヨの名前も呼んでピヨー」

「それとアテル、頼みたい事が『ピ!ヨ!の! 名前も呼んでピヨー!』


 ピヨが風魔法練度★2のハウリングラウトを使って大声を出した。それと同時に市長の張った火の結界がかき消え、ピヨが市長に鷲掴みにされた。


「ほお。これは驚いたな。喋るだけではなく風魔法まで使うのか」

「ビヨッ〜!」

「この鳥、しばらく私が預かろう」


 喰われるのを待つしか無い食材と化したピヨは、市長の手の中で絶望の表情を見せている。さようならピヨ。


「ロイエー! 助けてピヨー!」

「ほれ、早く行け。馬車は使わずに歩いていけ、四日ほどでナッシュに着くはずだ」

「ロイエー! 衣食住の保証の話はどうなったピヨ!」

「ん? 飯と住むところなら私が用意してやるから心配するな、ハハハ!」

「ピヨ……。またいつか会おう」

「ピヨー!」


 こうして僕らはピヨと別れ、誰にも言わず満足な装備も食糧も持たないまま、フォレストを半強制的に追い出される形でナッシュへと旅立った。

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