[ 179 ] ボスハルトスコルピオン

「そんな……」

「もう一匹?!」

「おいおい、なんの冗談だよ」


 やばい……。全員もう満身創痍だ。とてもじゃないが、ボスハルトスコルピオンともう一度戦う余力なんてあるわけない。


 絶望に暮れる中、マスターはブルーポーションを飲みながら僕らに指示を出した。


「そこのお嬢ちゃん、ロゼ?って言ったか、それとレオラ、ロイエを連れて逃げろ。ここは俺が食い止める」

「む、無理ですよ。いくらマスターでも単独では……」

「大丈夫です。私とグイーダも残りますから」


 振り向くと折れた左腕を抱えながら立ち上がるグイーダさんを、ラッセさんが支えていた。


「ふん、手負いのお前らがいても邪魔なだけだ」

「あら、残業は私たちの得意技ですよ?」

「……ふふ。グイーダの言う通りね」


 ブルーポーションを飲みながら、二人はいたずらに笑った。


「仕方ねぇ奴らだ……。おい、鳥。街中へ避難勧告だ! 街の外へ逃げろと伝えろ!」

「ピヨだってばー! もー!」


『ごめーん、強くて勝てないからみんな街の外に逃げて』


 ピヨが風魔法練度★2のハウリングラウトを使い、緊張感のない声で街中へ避難を促すと同時に、マスターが動いた。


「この魔法の扱いは苦手なんだがな……。ラッセ!グイーダ!行くぞ!」

「「はい!」」


 マスターに続いてラッセとグイーダが阿吽の呼吸でボスハルトスコルピオンに向かって走ると、レオラが僕に近寄ってきた。


「ロイエ大丈夫? ロゼ! マスターが時間を稼ぐ間にロイエを運ぶよ!」

「ま、待ってください。白い魔石が瓦礫の下に!」

「そんなのゴミじゃん! 探してる場合じゃないって!」

「大切な物なんです!」

「あーもう! ロイエ!ちょっと待ってて!」


 噴水の跡地ではロゼとレオラが瓦礫をどかして白い魔石を探している一方、破壊されたカフェ跡地に現れたボスハルトスコルピオンにはマスターとラッセ、グイーダが向かっている。


「あいつら何やってやがる! もういい! やるぞ! グイーダ援護しろ!」

「はい! メルクーアレッタ・ヴェルト!」


 グイーダが水魔法で援護するが、オルトによる威力UPは省略している。ブルーポーションを飲んだが魔力は十分に回復していないのもあるし、先ほどの戦いで威力を上げたところで効果がないことはわかりきっているからだろう。


 低威力のメルクーアレッタが目くらましとして飛び交う中、マスターがボスハルトスコルピオンへ近づいて地面に手を当てた。


『クネートベヴストザイン!』


 初めて見る魔法だ。恐らく土魔法練度★7の魔法。マスターの周囲の地面や石がまるで粘土のように溶けると、ボスハルトスコルピオンへとまとわりついた。


「ぬぅうううう!」


 ボスハルトスコルピオンの巨体が泥で包まれると、次の瞬間には泥が硬質化、まるで石化したかのような彫刻へと変わり果てた。


「グイーダ!」


 動けないマスターの代わりにラッセが叫ぶと、グイーダは「ヴァッサー・ヴェルト」と唱え石化したボスハルトスコルピオンへ大量の水を浴びせ、続いてラッセがグリーゼル・ヴェルトでさらにその水を氷結させた。


「すごい……。二重の封印だ」

「はぁはぁ……。どうやら成功したみてーだな」

「そうですね。初めて成功しましたね」

「え、ぶっつけですか」

「こんなデケェ奴にやったのはな。制御が難しいんだぜこれ」

「最初からこれで封印すればよかったじゃない?」


 レオラが無慈悲なセリフと吐くと、ラッセから反論があった。


「あのね、練度★7の魔法ってしんどいのよ。後何匹出てくるかわからない状態で、マスターに無駄な魔力を使わせるわけにはいかないでしょ!」

「あんな鋏でガンガン叩かれてる時に出来るかよ」

「まぁまぁ、成功してよかったじゃないですか」


 ぼろくそに言われるレオラをかばっていると、ロゼから歓喜の声が上がった。


「あった! ありましたよ! ロイエさんの白い魔石!」

「なんだ? 魔石なんてゴミみたいなもんだろ。逃げねーでそんなもん探してやがったのか」

「そ、そんなもんとはなんですか、これはロイエさんをパワーアップさせる大切な……え?」


 ロゼのうろたえた顔を見て僕らは振りむくと、氷結されたボスハルトスコルピオンにビキビキと亀裂が走り、次々と氷片が剥がれ落ちてきた。


「おいおい、まじかよ」

「やはり土魔法を使えるモンスターには悪手ですかね」


 土魔法は練度★2が物理破壊を起こす「ドルック」だ。確かに石化や氷結は相性が悪いかもしれない。


 そうこうしている間にすべての氷が剥がれ、下地の石化にも亀裂が入り始めた。


「やばいピヨ?」

「ああ、やべーな。もうどうしようもねぇぞ」


 成す術もなく立ち往生しているとバリバリと石化が破壊され、遂には中から尻尾が紫色に変色したボスハルトスコルピオンが姿を現した。


「まだ住民の避難は終わってねぇよな?」

「ええ、ほとんど時間を稼げてませんからね」

「さーてどうするか……」


 次の瞬間、ボスハルトスコルピオンがその紫色に変色した尻尾を空に掲げると、空に向けて大量の毒を撒き散らした。

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