[ 080 ] 地上の街ランツェル

「トロイさん、価格重視のグートの宿ってのはどこ?」

「案内するっす!」

「お願いします」


 Cエリアにはギルドの他にも、様々な商業施設が軒を連ねている。 ハリルベルの向かった鍛冶屋、道具屋、洋服屋、宿屋。このフォレストのメインストリートと言っても過言ではないだろう。


「あそこの親指のマークの看板が、グートの宿屋っす」

「めちゃ目立つね……」


 昼前だからか、街を行き交う人も多くあちらこちらからいい匂いが流れてきて、お腹を刺激する。歩いてて気づいた事だが、この街は年寄りが多い気がする。なんでだろう。


 親指看板を目指して歩くと、ほどなくしてグートの宿へ辿り着いた。宿はギルドよりも大きく、三階建の宿はこの辺でも目立って大きい。


「あのー、四名分の宿をお願いできますか?」

「あらやだ、可愛い。タイプだわ」


 グートの宿に入ると、男なのに女喋りをするおじさんが店主だった。この世界にもいるのか、オネエさんが。


「ワタシの店にようこそ。店主のグートよ。よろしくね?僕」


 グートと名乗ったオネエさんは、サラサラの黒髪ロングヘアーで、ゴツい顔立ちだった。カウンターから出てくると、背が高いくせにピンヒールを履いており余計に高い。カウンター越しではわからなかったが、スカートの隙間からは剛毛なすね毛が見えている。


「あらやだ。今日は処理してなかったわ! 見ないでエッチ!」

「あの、四人分の宿を取りたいんですがー」


 この街の人は、人の話を聞かない習性があるのはよく知っている。強引に進めよう。


「さっきも聞いたわよ! 一泊銀貨二枚よ。四人で銀貨八枚。ご飯付きなら朝昼夜で各銅貨一枚」


 すごく安い。それに内装も思ったより綺麗で、確かにコスパは最高に良い。トロンに感謝しなくちゃ。


「では四名分を飯付きでお願いします」

「内訳はどうなってるのかしら?」

「男性二名と女性二名です」

「なーるほどねぇ。おっけー! でもうちの店を利用するからには、ワタシの命令には絶対従ってもらうわよ? 野蛮な客が多くねぇ」

「わかりました」


 料金は前払いらしく、先ほどギルドで貰ったお金で払い終えると、僕らは一度宿を出た。


「ありがとうトロイさん。良い宿が取れてよかったよ」

「自分こそ、ハイネル村の件は助かったっす」

「お互い様だね」


 トロイさんとは握手をして、別れることになった。短い間だったけど、すごく良い人だったなー。なんで役立たずなんて言われてたんだろ……。


「ロイエさん、まだ少し時間あると思うのです、ちょっと寄りたいお店が……」

「いいですよ。一緒に行きましょうか」


 気付いたらロゼと二人きりになっていた。


「え、でもその……」

「ロゼさんにもお世話になりっぱなしなので、先程の報酬。ロゼさんから貰ったお金ではありますが、何かお礼させてください」


 何故か押し黙ってしまったロゼの後をついていくと、一軒の店に着いた。


「下着屋?」

「慌ててナッシュを飛び出たので最低限の物しか持ってきてなくて……」

「そ、そうですよね。僕も買っていこうかな」

「あ、ちょ……」


 ロゼさんの制止が間に合わず、僕は店に入ってしまった。


「いらっしゃいませー! 見て行ってくださーい」

「え……」


 目の前に飛び込んできたのは、女性用の下着の山……。前世でもデパートの一角でたまに見たけど、男性は近寄ることの許されないゾーン! 視線を送ることすら許されない店に入ってしまった。一度踏み込んだら最後、何も買わないで出れば不審者が確定してしまう。


「ロイエさん……ここはその女性用の下着専門店でして」

「せ、せせ、せっかくなので好きな物をプレゼントしま……すよ。え、選んでください」


 焦りながらも余裕を見せようと僕は、床を向いたまま「あれなんてどうですか?」と適当に指を刺す。


「え……こ、これをわたくしに?」

「はい! きっと似合うと思います!」


 直視出来ん……どんなものかわからないけど、さっきチラッと見ちゃった時に、そんな変なものは見えなかったと思う。


「わ、わかりました。……がんばります」


 下着選びで何を頑張るんだ?という疑問は湧いたが、ロゼが気に入ってくれたなら良い。お金を払うために、視線を床に落としてロゼとカウンターへ向かった。


「あらあら。彼氏からのプレゼント? 今夜はこれ着てお楽しみかい?」

「え?」


 視線を上げると、極端に布地の少ない黒の上下の下着セットが置かれていた。


「な、ななな……ち、ちがいます!」

「まぁまぁ照れなくてもいいんですよ。銀貨三枚になりまーす」


 恥ずかしさのあまり、さっさと支払いを済ますとロゼの手を引き店を飛び出した。


「あ、あのロイエさん。わたくし……がんばりますから」


 何か覚悟を決めて、頬を赤く染めているロゼさん。すごく誤解されてるけど、どうしよう! なんかいまさらそんなつもりないです!なんて言えない雰囲気が漂っている。


「あの。ロイエさんの手って、暖かいんですね」


 しまった。咄嗟に掴んじゃってた。


「あ、これは……その。ロ、ロゼさんの手は冷たいん……ですね」

「……しばらくこうして、温めてくださいますか?」

「……うん」


 ロゼと初めて会った時に結婚を申し込まれたけど、あの時はそんな場合じゃなかったので、なんだかんだ理由をつけて断った。


 でも、今はここまで僕のために自分を危険に晒してまで助けてくれる彼女の健気さに、少なからず好意は感じている。


「ロゼさん、お昼どこかで食べましょうか」

「はいっ」


 王国騎士団、魔法研究所、封印教団、各地から求められる回復術師である僕は、明日をもしれない身だ。少しくらい今を楽しんでもいいよね。

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