[ 063 ] 今生の別れ

「そんな……いくら何でも速すぎる……」

「奴らの中に、強力な風魔法の使い手がおるな……」

「西側に停泊させた船で海路からヘクセライを目指す予定でしたが、もう不可能でしょう」


 海路が不可能となると陸路しかない。先ほどのマスターの案がここで浮上する。


「マスターさん。わたくし準備をしてまいりますわね」

「うむ。早急に頼む」

「わかりましたわ」


 ロゼはギルドを出てどこかへ行ってしまった。陸路のための準備だろう。現時点で僕がナッシュを脱出するには、ロゼと共に深緑都市フォレストを目指すしか選択肢がなくなった。


「ロイエ君、覚悟を決めるんじゃ。君ならできる」

「俺も付いてるしな」

「すみません、私が付いていながらこんな事態に……。アテルさん、ご助力を感謝いたします」

「いいんじゃよ。もしバレてもおいぼれの命一つで若者の未来が守れるなら本望じゃ」


 今の言葉で、僕はわかってしまった。マスターは死ぬ気だ。死ぬ気で僕を逃すと決めたんだ。


 マスターは、これまで数々の違反を犯した。回復術師の隠匿、フォレストにいると偽情報を流し、ギルドカードの偽造作成。


 リーラヴァイパーは討伐依頼だった。ギルドカード、つまり受託依頼許可証を持たない僕は本来受領出来ない。マスターは、冒険者ではない一般人の僕を参加させた。これもきっと服務規定違反だ。


 そして、回復術師の逃亡補助……。もしバレたらマスターは軽くても死刑だろう。それほどの覚悟で僕と向き合い、逃してくれようとしている。


 そう思ったら胸が張り裂けそうなほど、感謝で心が溢れた。


「マスター。僕にして欲しい事……ありますか」

「ふむ。そうじゃな。この世に一つでも多くの笑顔を頼もうかな」

「……ふふ、わかりました。約束します。絶対」

「頼んじゃぞ」


 話し合いをしているとロゼが戻ってきた。


「準備出来ました! 西門に馬車を待たせてあります!」

「良かろう。もう家に戻っている暇はない。四人ですぐ出発じゃ!」

「「はい!」」


 ギルドを出ると、マスターは一人東側へと走り出した。


「わしが時間を稼ぐ! ゆけ!」

「ご武運を!」


 マスターは杖を掲げると、そのまま路地へ向かった。僕らは、マスターの背中を最後まで見る事なく、西門へ走り出した。


「荷物……」

「諦めるしかないよ。ハリルベル」

「……はぁ、だよなぁ」


 西門へ着くと兵士が何事かと構えた。普段西門から出入りする人なんかいないのに、四人も一度に来たら怪しむのも無理はない。


「何用だ?」

「フリーレン商会のロゼです。深緑都市フォレストへの貿易品の輸送に向かいます」

「ああ、聞いている。その三人が護衛か?」

「はい、書類はこちらに」


 ロゼは、非常に慣れた手つきで衛兵とやり取りをしている。僕らは黙ってて言われたので、直立不動で背後に控えた。


「なるほど、正式にギルドからの依頼だが、護衛は男性冒険者二名となっているな。そちらの女性は?」

「魔法都市ヘクセライの研究員です。しばらくナッシュで臨時出張所をやっていましたが、次にフォレストへ出張する予定でして、フリーレン商会に同行させて頂くことになりました」

「なるほど、Bエリアで露店を見たことがあるな」

「あーあれか、俺も一度見てもらおうかな。って思ってたんだよな。全然練度上がらなくてさ」

「あの、もう行っても良いでしょうか?」

「ああ、どうぞ。モンスターが出るから気を付けてくださいね」

「ありがとうございます」


 ふぅ……。特に怪しまれずに通れた。

ここさえ抜ければ、後は森の木々にいくらでも隠れられる。そう思って門へ入ると、背後で衛兵が慌てた声を出した。


「なんだあれは! 水の蛇が東門で暴れているぞ!」


 チラッと後ろを振り返ると、マスターのヴァリアブルクヴェレによる水の蛇が、天へ伸びているのが見えた。


 ありがとう。マスター。

 ありがとう。炭鉱の街ナッシュ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る