[ 044 ] 試食会・後半

 エッセンさんと話していると、オーナーのナルリッチさんがレストランにやってきた。


「お待ちしておりました」

「ナルリッチさんこんにちは」

「おぉ、ロイエ殿。まさか私より早く来てくださるとは……政界でも時間の守らない者が多く、困っております。あ、失礼。エッセン、進捗はどうかね?」

「ロイエ殿が一時間ほど早めに来ていただいたので、少し候補を絞っていただきました」

「なんと! 一時間も! さすがロイエ殿……うう」


 なぜか泣き出したナルリッチさんを宥めながら、席へ案内して着席した。


「本日は、西側に出店する露店の試食会となります。まずは、そもそも露店が出せるのか? についての報告です」


 ナルリッチさんが、今日の目的と現状について説明してくれる。さすが経営者だけあって無駄がない。


「先日、市長にはこの話を持っていきまして……大変驚かれました。西側を焼け野原にしろと言ってた人物の言葉とは思えないと……ははは」


 西側の住民を皆殺しにする勢いの人が、みんなを助けよう!働き口を作ろう!なんて言ったら、確かに頭がおかしくなったかなと思われるだろう。


「Dエリアから西側のギルドまでの道は、それなりの広さはあるものの露店を出して通行の邪魔になると、それだけで文句が出る者が現れるかもしれないと、市長が危惧しておりました」


 二車線くらいの広さはあるからいけるかと思ったがダメだったか……。


「そこで、私が現地へ視察に向かい、近隣の住民と交渉した結果、土地の一部を貸していただける事になりました」

「え、ナルリッチさんが自ら……?」

「……ええ」


 あれだけ西側を嫌い、西側を向いて寝るのさえ嫌ってたのに自ら向かうなんて……それだけナルリッチさんも本気という事だ。


「正直な気持ち……行くのは嫌でした。西側の人の印象はロイエ殿により好転しましたが、それでもロイエ殿に以外は私の想像通りの奴らばかりだろうと」


 それは仕方のない事だ。誰だって苦手な人種のいる溜まり場なんて行きたくない。


「ですが、話してみたら意外と話のわかる方ばかりで、露店を出して働き口を増やし、西側を良い街にしたいと話したところ、店を手伝うとまで言ってくれた方もおりました」


 親方の採掘所と家を往復してるだけのような奴も多いから働くのは朝昼夜の飯の時だけ、給料も出るとなれば肉体労働が厳しい者の転職希望者が出るのもわかる。


「私は我に返りました。ここに住む人たちにも家族がいて友がいて、彼らも人間なんだと……うぅ。わたしは今までなんて酷いことを……」


 また泣いてしまったナルリッチさんを執事が宥めている間に、シェフが試作品の準備を終えて、たこ焼きを持ってきた。


「オーナー。こちらは販売予定のタコヤキです。ロイエ殿のおかげで二種まで絞ることが出来ました。どうぞ」

「……ぐす。いただこう……」


 僕はさっき散々食べたので、遠慮した。軽く三十個以上は食べたと思う……。


「なるほど……ふむ」

「どうでした?」

「見た目は丸くて可愛いので、悪くは無いですが……。当店のメニューに比べたら、だいぶ味や食感の質は落ちますな」


 基本的に庶民用の料理だからかな、舌の肥えたオーナーにはあらゆる面で及ばない食べ物であることは前提だ。問題は……。


「オーナー、材料費と調理費、それと人件費の割合はこちらです」

「なん……だと?! 費用は五十個で銅貨二枚?!」

「はい、ロイエ殿にアドバイスを頂きまして。高価な食材の代わりに、安価な代用品などを入れましたが、食感や味に違和感もなく、コストは大幅に下げられました」

「八個で銅貨三枚で売り出した場合の一ヶ月の想定売り上げがこちらです」

「……こんなにか?」

「ええ、当店にご来店する人数で計算しても、それほど出ますので、人数の多い西側で出した場合の利益は計り知れません」


 西側の人間は基本的に朝食べない。昼と夜にガッツリ食べるが、それでも金欠のため夜を食べない者も多い。たこ焼き屋が出来れば、安い金で複数回食べに来る可能性もある。


「ナルリッチさんは今こちらのソースで食べましたが、ソースの種類を増やして客が選べる形にすれば、この味おいしかったよ! 私も食べてみたい! と、噂を広める効果もありますし、リピーターが増えるかと思います」


「何と……販売した後の客の心理まで込みで計算するとは、さすがロイエ殿……」


 ナルリッチさんがうんうんと唸り、執事と何やら話している間に、エッセンさんがヤキソバを二種類持ってきた。 


「これがヤキソバか、ヌーデルンと形は似ているが焼きすぎではないか? 乾燥しているな……」


 ヤキソバの目ためには少し抵抗感があるらしく、様子を見ながら口へ運んだ。


「むぅ?! う、うまい! お前も食べてみろ!」


 ナルリッチさんが執事に進めると、執事も美味しいと同意してくれた。どうやらナルリッチさんにはたこ焼きより、焼きそばの方がヒットしたらしい。


「美味いが、ただ……見た目が良く無いのと、西側の者はロイエ殿と違いフォークの使い方を知らない者も多いはずです。彼らにはハードルの高い食べ物かと思われます」


 確かにそれはある……。毎回フォークを付けて渡すにもコストがかかるし、持ってくるのも手間だ。


「オーナー。しばしお待ちください」


 エッセンさんはそういうと厨房は戻り、数分で戻ってきた。何をしに行ったのかと思ったら手に持っている物を見て納得した。


「なるほど、さすがエッセン」


 エッセンさんの持ってきた焼きそばは、薄く伸ばした卵で包み、オムそばになっていた。


「これをさらに紙で包み販売すれば、汚れた手のまま片手で手軽に食べる事が出来ます」

「エッセン、よくやった! タコヤキとヤキソバ。両方の販売を認める!」


 こうして、トロッツアルター商会の初の露店屋台の商品は完成した。オムそばは卵はたこ焼きより少しコストがかかるため高価になるが、それがたこ焼きとの差別化に繋がるし有りだという判定になった。


「ロイエ殿。何から何までありがとうございます。店の設営と近隣住民への告知、運営については私の方で責任を持って遂行致します」

「いえ、西側のために自ら足を運んでまで改善しようと奮い立ってくださったナルリッチさんの行動力には、大変感激致しました。頑張ってください」


 こうして、お腹いっぱいの試食会を終えレストランを出ようとしたら、ナルリッチさんに引き止められた。


「ロイエ殿は現金は受け取らないと仰られましたので、せめてもの償いでこちらを受け取ってくださいませんか」


 ナルリッチさんが合図をすると、執事さんが鞄から高級な包みを取り出して開けた。中からは、僕がリンドブルムに突き刺した宝剣が綺麗な姿になって現れた。


「知り合いの鍛治職人に頼んで、一日で綺麗にしてもらいました。彼曰く、この宝剣にはカルネオールと呼ばれる珍しい宝石が刃にコーティングされており、それがリンドブルムの龍鱗を軽々貫いたのでは、との事でした」


 ナルリッチさんが新調してくれた鞘から宝剣を抜くと、確かに刃がほんのり赤みを帯びている。あの時はそれどころじゃなくてみている暇はなかったけど。


「ロイエ殿の身に何かあれば、世界の損失です。私はそれを本日改めて痛感致しました。この宝剣カルネオールは、是非ロイエ殿に持っていて欲しいのです」


 宝剣カルネオールは刃渡二十センチほどの小刀だ。これなら持ち歩いても邪魔になる事は無いだろう。


「わかりました。この宝剣、大切に使いたいと思います」

「そうしていただけると我々も安心です」


 こうして、宝剣カルネオールをナルリッチさんから頂き、レストランから出た。


 クルトとの待ち合わせまでまだ時間があるなと思った直後。僕の脳内に文字が現れた。


【重力魔法:ジオフォルテが解放されました】

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