[ 034 ] 金貨五十八枚

「なんだ? 金貨五十八枚は適正価格だろ? 文句あるのか?」

「ちょっと僕には高すぎると言いますか……その」

「お前の壊した宝剣はな、我が家に代々伝わる伝説の剣なんだ! これを飾ることで商売が繁盛したと言っても過言ではない! 金貨五十八枚では安すぎるくらいだ!」

「わ、わかりました! サインさせて頂きます……」


 ギルドカードの発行手数料の金貨五枚すらまともに集められないのに、金貨五十八枚ってどうしよう……。


「ちょっといいかね?」


 インクを指に付け、契約書に拇印しようとしているところで声がかかり、見上げるとシルクハットを被った身なりの良い男性が立っていた。どこかで見たことのある顔立ちをしている。誰だったかな……。


 七福屋の店主は待ったが掛かったことで、不機嫌な顔をしたが相手の身なりが良いとわかると、商売人の顔が全面に押し出された。


「はぃ〜! お客様! 本日は当店へのご用でしょうか? 我が七福屋は老舗の道具屋でして、様々な商品を取り揃えておりますぅ。はい〜」


 あんなにドスの効いた声を出していたのに、一瞬で商売モードに切り替わる店主のスキルに、感嘆の念を抱いた。


「その宝剣、売ってしまうのか?」

「えーまぁそうですね。こちらの少年が汚してしまったので、買取という方に……」

「そうか、少年よ。申し訳ないがそれを金貨百枚で譲ってはくれないか?」


「「ひゃ、百枚?!」」


 思わず店主と声がシンクロしてしまった。金貨五十八枚と言われたこの宝剣に、金貨百枚! 倍じゃないか! もしかしてこれでギルドカードのお金も払える!


「はい! 売ります!」

「ちょっと待てーー!!」


 店主は、拇印しようとして広げていた契約書を僕から奪い取った。


「ま、まだ契約は完了していない! つまり! この宝剣の現在の所有者は私である!」


 くそっ! さっさと拇印しておけばよかった!


「そうですか、では貴方に払えば良いですかね?」

「はいー、こちらにサインを頂ければ〜」


 シルクハットの男性は、サラサラと契約書にサインをしてしまった。ああ、グッバイ僕の金貨ちゃん……。


 よく見たら男性の後ろには執事が控えており、男性が合図をすると、執事はバックから金貨の入った袋を取り出して男性に渡した。


「これで良いかね?」

「はい! ありがとうございます! 数えさせて頂きます!」


 店主が金貨を数えている間に、シルクハットの男性は僕の方へやってきた。


「横取りするような真似をして申し訳ない」

「いえ……大丈夫です。逆に助かったと言いますか……」

「お詫びにお昼をご馳走したいのだが、付き合ってくれるかね?」


 思わぬ申し出に、僕は何もしてないのにという気持ちもあったけど、背に腹は変えられぬ……。


「ご迷惑でなければ……」

「はっはっは。迷惑なんてとんでもない。私は若者と会話しながら食事をするのが、大好きなのだよ」


 男性はニコリと白い歯を見せて、握手までしてくれた。


「数え終わりました! 確かに金貨百枚! 頂戴致しました! こちら品物になります! またご贔屓に!」


 店主が宝剣を上質な布に包むと、執事が受け取りバックへ仕舞った。


「いい買い物だったな?」

「作用ですね。旦那様」

「では、少し早いが食事に行こうか」


 この人は何者なんだろうか……。なぜあそこまでの大金を出してまでボロボロの宝剣が欲しかったのか。謎は深まるばかり。


 男性についていくと、大通りを超えてまだ未踏だったBエリアへ到着した。Aエリアも高級店が多かったが、基本的に静かな商業区だった。


 Bエリアは正門からも近く、中央広場に接している面積もAエリアの倍以上あるため活気が違った。あちらこちらで大道芸人が芸を披露していたり、弾き語りのミュージシャンみたいなのもいる。屋台も多く、良い匂いが漂ってお腹が刺激される。


 男性に付いて行くと、Bエリアの一角にある三階建てのオシャレなレストランに僕は案内された。


「ここだよ。さぁ、入ろう」

「あの……」


 僕は思わず足を止めた。それはこの身なりだ。昨日は血がついたから着替えたけど、ハリルベルに借りたサイズの合ってないヨレヨレの洋服は、とてもこの店の雰囲気にあってない。


「僕は、西側の住人です。このような店に入る権利はありません。誘っていただいたのに申し訳ありません。それと、宝剣のお金もいつか……ちゃんとお返しします!」


 僕は男性に向かって誠心誠意に頭を下げた。


 宝剣……僕には、男性があれを欲しがっているようには見えなかった。僕の勘違いかもしれないけど、もしかしたら僕を助けようとしてくれたのかもしれないと思った。


 なんで男性がそこまでしてくれのかわからないけど、僕にはそこまでして貰う理由が無い。ましてや、このような身なりで、こんな高級店で一緒に食事をする権利なんて、僕にはない。


「ふふ。テトに聞いた通り、正義感の強い若者のようだね」

「え……? まさか……」

「私はテトの父で、ナルリッチ・トロッツアルターと申します。初めまして、ロイエ殿」

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