[ 016 ] ジャックの飲食店
「あそこが本屋で、そっち道具屋!」
「からのー! こっちはパン屋だよ!」
腕にエルツの胸が当たったまま案内されて、全く何も情報が頭に入ってこない。柔らかいという感情が頭を支配する。
「あ、あの胸が……その当たってて……」
「わざと当ててんのよ。えへへ」
怖い! 肉食系女子! 怖い!
そんなやりとりをしつつ、胸以外にも感動している事がある。それは足の軽さだ。今までずっと足枷をしたままだったから、こんなに足が軽いなんて……いまならオリンピック選手もビックリする様な速度で走れそう。
「ロイエ君? 聞いてる?」
「え、ごめんなさい……聞いてま『くぅぅー』……あっ」
「あら? 可愛い音ね。お腹空いてる?」
そういえば、昨日甘い森でハリルベルに携帯食料を貰ったのと、ルント湖の周辺の森で木の実を摘んだくらいしか食べていない。
「いえ……だいじょう『くぅーー』」
「あはは。お腹は正直だね! それなら早く言ってくれれば良かったのに! お昼にしよっか、私もまだだったし」
お金を持っていないと言う間もなく、エルツに腕を引かれ強引に飲食店へ連れ込まれてしまった。
入った店は、入り口に巨大なお肉のオブジェが飾られていて、飲食店というより肉屋って感じの店構えだった。この街は入り口に巨大なオブジェを置くのが流行っているのだろうか?
エルツに引きずられて店に入ると、金髪リーゼントのお兄さんが出迎えてくれた。随分と時代錯誤な髪型をしている……。
「いらっしゃい!ってお嬢! まさか俺に会いに……!」
「やっほージャック。食べにきたよ」
「任してください! 腕によりを掛け……て、あの、そっちの男は……?」
「ああ、こっちは彼氏」
言いながらギュッと僕の腕に絡みついてくる。
「か、かかか彼氏?! かれしぃー?! お嬢の?!」
金髪リーゼントのジャックは、大袈裟なほどに飛び退くと、壁にぶつかり上からフライパンが頭に落ちてきた。見事に漫画のような展開。
「そんなにびっくりする事ないじゃない。ねぇ? ロイたん」
「おいこら! ロイたん! ちょっとこい!! 男同士の話がある!」
僕はジャックと呼ばれていた店員に、首根っこ掴まれて強引にキッチンの隅へと連れていかれると、椅子に座らされた。
「お……お前、あの親方に勝ったのか?!」
「か、勝てるわけないじゃないですか! 見てくださいよ! この腕!」
「んだよ! またお嬢の妄想かよ! ふぅー焦ったぁ」
「あの……」
「なんだよもやし」
「もしかしてジャックさんは、エルツさんが好きなんですか?」
「バッカ! おま! 好きじゃねぇよ! ちっとも好きじゃねぇよ! ふざけたこと抜かすのはこのクチかー? あーん?」
「はがふがほが! お、お似合いだなーと思って!」
「な……なんだよ。お前……良いこと言うじゃねぇかよ。デザートサービスしてやるよ。へへ」
すごく分かりやすい人だこの人……! ツンデレか?! それからエルツとはどんな関係なのかと根掘り葉掘り聞かれた。
僕は、今日会ったばかりでハリルベルに紹介してもらいギルドへの道案内をしてもらっているだけだと伝えると、ジャックは長いため息をついて安心した顔を見せた。
「よし、もう行っていいぞ。あ、ついでにお嬢の耳寄りな情報があったら買い取るからな」
と、肩をポンポンされた。
「なにしてんのー? 注文まだー?」
「はいっ! いますぐぅ!」
「ロイたん、ジャックと何話してたの?」
いつのまにか、僕の呼び名がロイたんで固定されてしまった……。ちょっと恥ずかしい……。
「いや、何か嫌いな食べ物が無いかって」
「へぇ、あいつも優しいところあるじゃん。私はギッサムが苦手なのよね。この店では出てこないけど」
ギッサムってなんだろ。これは売れる情報なのでは?! あとでジャックに売りに行こう……。今はとにかくお金が全く無い……。背に腹は変えられない。
「これとー! これとこれ! あ、ここは私の奢りだから気にしないで、お金の当てはあるから大丈夫」
ハリルベルからむしり取る金貨の事かな……。男としては払いたいところだけど、無一文の子供なので甘えることにしよう……。
「うわっ、おいしい……」
「でしょ? 私も認めてる程だからねぇ」
エルツが選んでくれた品はどれもおいしくて、何年振りかにまともに食べたご飯のおいしさに、おもわず涙を流してしまった。
「そ、そんなに私と食べるご飯に感動してくれるなんて……ロイたんはなんて良い子なの……好き」
「え、いや、これはその……」
拉致されて五年間、焼いただけの肉と野菜ばかり食べさせられていて、こんなに手の込んだ料理を食べたのが久々だなんて説明できない……。
「うんうん。もっとたくさん食べていいのよ? ジャック! 追加ー!」
そして、とんでもない量の料理が運ばれてきて、僕は自分の意思を強く持たないといけないなと反省をした。
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