ノクチルカによろしく

僕が若かった頃は

第1話

 在来線がレールを跨ぐその振動に自身の中の気味の悪い童心を委ねていると、いつになく冬空が眩しく思えてきた。燻んだ青が痛々しくて、心地良かった。

 ひとりで旅に出ようと思った。海を見ようと思った。なによりも、自分に正直になろうと思った。海を、それに反射する光を眺めることがアイデンティティの確立とかに直結するかと言われればそうでは無いけれど、大きな自然を一つの光明としてしまうのが一番近道だとも思った。

 そして、気の赴くままに、自分が刹那に気に入ったものを撮ろうと思っていた。一昨日、祖父の形見として父の実家から見つかったフィルムカメラを首から提げていた。昨日の学校帰りに古いカメラ屋で35mmフィルムを買って、もう今にも非日常に塗れた海を見ることになる。僕も僕が思った以上に随分行動力があるようだった。

 この辺りではあまり見ない長いトンネルを抜けると、やっと海の光が見えた。昔何度も行ったテーマパークの観覧車越しにそれが見えるのがなぜか嬉しかった。車窓越しに動く光景を一枚撮った。36の数字が1つ減ったのを見て、これがフィルムカメラだということを改めて実感する。が、間もないうちにその全ては住宅街に隠れてしまった。このあたりではどうやら快速列車の運行が多いようで、実際この列車もそうだった。目的駅以外の駅に止まらないということもあってか少しだけ車内にいる時間が長く感じたけれど、広大な海の光景に晒されたときには既にそれも正の方向へはたらく刺激にすらなっていた。例えばいつもと色が違う座席だとか、車窓だとか、そういう非日常を身体で感じ取るのに精一杯だった。

 目的の駅の名を数回コールする声が聞こえた。この鉄塊の中、安全地帯からの追放のようでもあったし、非日常と大自然に対峙する僕を鼓舞するようでもあった。


 非日常──それはもちろん海風も同じだ。深く息を吸い込むと冷たく鈍い駅の匂いがした。浅緑の中で育ってきた僕にとっては、海の見える街の地を踏んだというだけでこの先に奮った。

 やはり、正直にならなければならないと思った。

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