第十四話 お花見
お花見と言えば、桜を鑑賞しながらご飯を食べたり、散歩したり、公園でのんびりすることだ。
友達がいれば毎年のようにピクニックを行っているかもしれないが、俺にはずっと縁がなかった。
どちらかというと、家に帰るまでに人が少し多くなって歩きづらいもの、という認識だったかもしれない。
「ねえ、今度ピクニックしない?」
だが楽々の一言がきっかけで上書きしてくれることになった。
自宅から徒歩で行ける範囲に小さな公園があって、まだそこには桜が咲いている。
そして、俺たちが初めて出会った思い出の場所でもあった。
お弁当は私たちに任せてくださいね、という沙羅のお言葉に甘えて、俺は麦茶やらジュース、ゴザや紙食器を用意して公園の近くで待っていた。
現地集合でも良くない? と思ったのだが、三人で行きたいのーと二人に言われれば断る理由もない。
迎えた当日、いつもより早起きして欠伸をしながら待っていると、二人がやって来た。
桜色のシャツを羽織っていて、両手にはピクニック籠を持っている。
俺の姿を見つけた瞬間、示し合わせたかのように小走りで向かって来てくれた。
「15分前行動! さすが律だねえ」
「はい、律くんはいつも素晴らしいです」
開幕から褒められてしまい反応に困ったので、ひとまず頬を欠く。
若干言葉に詰まりながらも、お揃いのシャツに言及する。
「す、すごく似合ってるね――」
その瞬間、記憶が蘇る。
大きさは違うが、初めて会った時もこんな服を着ていた。そして桜も。
「そういえば……最初に会った時も着てなかった?」
間違っていたらどうしよう、と思いつつ上目遣いのように表情を確かめると、二人は満面の笑みを浮かべた。
「すごい……ねえ、どうして覚えてるの?」
「はい、びっくりしました。私たちでも二人の記憶を照らし合わせて思い出したのに」
俺にとっては最高の宝物の思い出だからだよ、とは言えずに、照れくさく返した。
この言葉が適切かどうかはわからないけど、ありがとう。
◇
「凄い……何もかもそのままだね」
「うん、びっくり。あ、あのブランコの上にかかってる桜の位置も、確か見覚えがある」
「綺麗です。そうそう、あそこに座っていたら、律くんが声を掛けてくれたんですよね」
公園に足を踏み入れたい瞬間、俺たちは過去の記憶が完全に蘇ってきたらしい。
俺からすれば唯一無二の二人なので忘れることはないのだが、覚えててくれたことが本当にうれしかった。
早速用意してきたゴザを引き、コップやお皿を並べる。
桜の匂いがして、最後の春の景色を楽しむ。
満開というには遅すぎたのかもしれないが、十分すぎる景色だ。
「楽々、綺麗に靴を揃えないとはしたないですよ」
「はーい!」
相変わらずの光景に安堵していると、楽々が「じゃ、じゃーん!」とお弁当を取り出した。
いい? 準備いい? と、彼女は少し溜めてから開く。
姿を現した瞬間、胃袋が刺激を受けたかのように動き出した。
「凄い……めちゃくちゃ美味しそう」
小さなお握りがぎっしり詰まっているが、一つ一つ色が違う。
ふりかけだったり、具だったりを別にしているのだろう。
卵焼きやウインナーといった定番のオカズはもちろん、いなり、エビフライ、俺の大好きな揚げ物もたくさん。
最後に開けた箱からは、切り分けられたフルーツが飛び出してきそうなほど詰められていた。
「ふふふ、いいでしょ、いいでしょー! っても、ほとんど沙羅のおかげなんだけどね!」
「あら、楽々にはめずらしく謙遜しましたね。律くん、こう言ってますけど、楽々は私より早起きして準備したりと凄く偉かったのですよ」
めずらしく恥ずかしそうにする楽々に、沙羅は菩薩のような微笑みで頭をなでなで。
めずらしいワンショットなので、居ても立っても居られなくてスマホのカメラで撮影した。
「あ、沙羅! 撮られたよー!?」
「え、ええ!? か、髪とか大丈夫でしたかね……」
「あ、ごめんね!? つ、つい!? かわいく……て……」
本音をポロっとこぼしてしまい、二人は顔を見合わせて笑った。
楽々も沙羅は仕返しです、といいながら俺を撮影しはじめて、流石に恥ずかしかった。
「美味しい! 朝から揚げ物してくれたんだ」
「律くん、前に唐揚げを褒めてくれましたからね。それに楽々も好きですし」
やはり、うまい! うまい! と語彙を失くして食べ続ける楽々。
では私も、と沙羅が楽々の作った出し巻卵を口に入れると、途端に表情をほころばせた。
「はう……♡ 腕をあげましたねえ、楽々」
「えへへ、毎日沙羅の横で見てるからね!」
何とも微笑ましい。こんな幸せがあっていいのだろうか。
青空に綺麗な桜、大好きな……二人。
間違いなく人生のピークだろう。
幸せ……。
食事を食べ終えると、ゴザはそのままにしてブランコへ移動した。
二人はあの時のように並んで座る。
「律ー! 押してー!」
あの時と同じように、交互に背中を押そうとするが、緊張で押せなかった。
女の子の体に触れるなんてよく出来てたな……。
「律くん、大丈夫ですか? 嫌なら無理しなくても……」
そんなことを考えていたら、どうやら変に勘違いしてしまったらしい。
勇気を振り絞って楽々の背中を押すと、髪の毛がふわっと手に当たった。
それでも、恥ずかしさより懐かしさが勝ったので、沙羅の背中も押す。
「わわ、こんなに速かったっけ!?」
「た、たしかに!?」
田舎にブランコはなかったらしく、二人は少し怯えていた。
あの時とは違うか、と思い、ゆっくり押した。
「ほんと、懐かしいね。あの時もこんな感じだったな」
俺がそう言った瞬間、楽々が少しだけ真面目な声で返す。
「律、私たち本当に結婚しない?」
「ああ……え、え、ええ!?」
あまりの衝撃で背中を押す手を止めてしまう。
まだ頭がこんがらがっていると、沙羅が言う。
「でも、あの時描いていた三人で結婚は難しいですよね」
「え、えーと、沙羅まで何を……」
楽々派と沙羅派、なぜか修の言葉が頭に浮かぶ。
「「もし私たちを選ぶとしたら、どっちにするの? するんですか?」」
二人がブランコを止めて振り返る。
冗談はやめてよと言いかけたが、楽々と沙羅は今まで見たことがないほど、真剣な表情を浮かべていた。
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