第十二話 沙羅と猫カフェ

「お待たせしました。すいません、委員会が長引いてしまって」

 

 校門の前で待っていると、小走りで沙羅が現れた。

 少し息切れしている。急いできてくれたんだろう。たいして遅れていないというのに、そのあたりが真面目だなあと思う。


「大丈夫だよ。ゆっくり来てくれても良かったのに」

「律くんに申し訳ないので。それに、時間ももったいないですし」


 沙羅は、自身の左手の時計をチラリとみる。

 ピンクゴールドで可愛らしい。しかし、スマホで時間が確認できる今どきめずらしい。


「時計、似合ってるね」

「ありがとうございます。勉強している時に便利なので、いつも付けてるんです」


 優等生らしい、なんとも沙羅らしい答えだった。

 なるほど、と感心しつつ、俺はスマホを取り出す。


「えーと、五駅先だね。初めて行くところだから迷わないようにしないと」

「わかりました、私も一応調べておきましたので、出来るだけ二人で確認しながらいきましょう」


 丁寧な返し、思わず頬が緩む。

 沙羅といれば、どんなこともスムーズに物事が進みそうだ。


 だけどよく見ると、頬がぷるぷるしている。


 多分だけど、笑みを我慢しているのだろう。


「さて、行きましょうか。猫ちゃんが私たちを待っているはずです」


 思っていた通り、言動がいつもとは違う声色になってきている。

 そういえばこの約束が決まった翌日、待ち受け画面が猫に変わったと楽々が言っていた。

 いちご狩りの時もそうだったが、意外と子供っぽいところがある。


 今日俺たちは、猫カフェに行くのだ。

 

 ◇


 電車に乗ると、混雑具合に驚いた。

 いつもは徒歩で通学しているので、少し見通しが甘かった。


 なんとか沙羅と壁際には移動できたものの、どんどん人が押し寄せてくる。


「沙羅、大丈夫?」

「な、なんとか……」

 

 どうやらかなりきつそうだ。

 そういえば少し潔癖なところがあるとも言っていた。


 田舎育ちだから、あまり人慣れもしていないだろうし……。


 その時、電車が大きく揺れた。


 沙羅に人が流れ込みそうになったので、急いで間に入る。

 壁に手を置いて、なんとか押し潰されないように守った。

 だが、顔の距離がものすごく近い。


「ご、ごめん」

「大丈夫。……ありがとう、律くん」


 沙羅の吐息が、頬に当たる。できるだけ前は見ないように、だけど後ろから誰かに押し潰されないように。

 ようやく人が落ち着き、再び発射したが、体勢は変えなかった。


 何かあったら危険だからだ。


「律くん、つらかったら私に体預けていいですからね」


 俺を気遣ってくれた沙羅さんの身体は凄く華奢だ。

 男として、絶対守らないといけない。


 だけど再び、電車が大きく揺れ動くことはなかった。


 ◇


「では、ご説明は以上です。アルコール消毒を済ませましたら、どうぞご自由に。ドリンクはフリーなってます♪」


 ハキハキと喋る優しいお姉さんの説明を終え、俺と沙羅は人生で初めて猫カフェに入店した。

 店内はマンションの部屋のような作りで、どこか安心感がある。

 三部屋が隣同士で続いており、キャットタワーや猫のハンモックが多数設置されていた。


「にゃおーん♪」


 早速出迎えてくれた黒猫に、沙羅は秒でノックアウト。


「はううううう♡ 可愛すぎます♡」


 いくつか注意事項があった。

 おさわりは大丈夫だが、抱っこは禁止。

 写真撮影はフラッシュを切ること。

 

 それは一頭一頭で違う。

 店員さんから渡されたノートには、写真付きで名前と注意点、更に喜ぶポイントが書かれている。

 そのノートのページを開くと、最初にこの猫の名前が書かれていた。


「名前はクロだって。ご飯を横取りされると怒るらしいけど、頭なでなでが好きみたいだよ」

「わかりました♡」


 振り返ることはなかったが、沙羅はしっかりと俺の話を聞き漏らしていなかった。

 ゆっくりしゃがみ込むとクロの頭を撫でる。


「ごろごろにゃーん♪」

「か、かわいい……持ち帰りたいです!」

「そうだね。でも、駄目だよ?」

「はう……」


 たくさんの猫を触れ合いながら奥へと進んで行くと、更に大勢の猫が出迎えてくれた。

 大きさも違うので、みているだけでも楽しい。


「すごい! 猫猫天国です!」


 可愛いもの、甘いものを食べる時の沙羅は、IQが幼稚園児になっている気がする。

 あ、これは良い意味で。


「ごろにゃーんこっち! ごろにゃーん! こっち向いて!」


 うん、やっぱり幼稚園児。


「可愛いねえ……あ……」


 レンタルのおもちゃで遊んでいる沙羅を眺めていると、スカートの中が見えそうになっている古戸に気づく。

 どうやら本人はわかっていないらしく、慌てて声をかける。


「さ、沙羅、し、下着が見えそうだよ」

「え? はわわわわ! す、すいませんっ!」


 気づいた沙羅は、耳まで真っ赤にした。

 チラリと白い下着が見えた気もするけど、黙っておこう。


「シロ、おいでー」

「にゃお?」


 それから俺は近くのシロという名前の猫に声をかけた。とぼけた顔で首を傾げる。

 なんだか、楽々に似ている。


「このニャンコ、楽々に似ていますね」

「あ、俺もそう思った」

「ふふふ、でも、それだと私に似ていることにもなるんですけどね」

「そうかな。確かに似ているけど、楽々と沙羅は全然違うよ。どっちも個性があって、可愛いし」

「え……あ、ありがとうございます……!」


 猫に夢中になっていたせいで、自分が思っていたよりは恥ずかしいこと堂々と言っていた。

 沙羅も照れてしまい、二人で顔を真っ赤にした。


 ◇


「楽しかった……また来たいです!」

「俺も。ここまで幸せな気持ちになると思わなかった」


 気づけば外は暗くなっていた。

 フリータイムたっぷり楽しみ、大満足で外に出る。


「家まで送るよ。方向も同じだしね」

「ええ、いいんですか?」

「当たり前。それに今日はすっごい楽しかったから、最後まで話したいし」

「ふふふ。律くんって、結構大胆なこといいますよね」

「え!? そ、そうかな? ごめん……」


 まずい、今まで友達が全然いなかったから、人と話すのが楽しすぎるのかもしれない。

 反省しよう――。


「とはいえ、私も同じ気持ちですよ。今日、すっごい楽しかったので。だけど、一番良かったのは、律くんと来たからかだと思います。聞いたことありませんか? 大事なのは何処へ行くかじゃなくて、誰と行くかって話」


 突然振り返って微笑む沙羅は、天使のように綺麗だった。

 どうしてこんなにも優しくていい子なんだろう。


「聞いたことあるよ。知った時はあんまりしっくりこなかったけど、その言葉の意味が良く分かった気がする」


 楽々も、沙羅も、本当に優しくて、毎日が楽しい。

 これからずっと二人と仲良くしていけたら、最高だろうな。


「ねえ、律くん」


 その時、沙羅が真剣な表情で言った。

 どうしたの? と訊ねると、再び微笑む。


「これからもずっと三人で一緒にいたいですね」


「……ああ、俺もそう思う」


 沙羅といるときは楽々の話題が出る。

 楽々といるときは沙羅の話題が出る。


 二人は本当に仲良しで、心から尊敬できる姉妹だ。



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