第二話 天使の自己紹介
「私の名前は
軽快な話口調と、嫌味のないテンポで繰り出される言葉に、クラスメイトが笑いはじめる。
この一発でカースト上位が決定したのは間違いないだろう。
続いて、その後ろ――姉にクラスメイトが注目する。
「こんにちは、名前は
ほんの少し冗談を入れつつも、丁寧な所作で頭を下げる。間違いなく、誰もが好感を持っただろう。
顔は瓜二つなのに、性格は全く違う。
「はいはいはい! どうしてそんな美人なんですか!」
お調子者と思える男子の一人が、元気よく手をあげて質問した。
凄い、と素直に思ってしまう。
続いて何人か話し終えたあと、ついに俺の番がやって来た。
というか、ずっとそわそわしていたのだ。待ちくたびれていた。
ゆっくり立ち上がり、丁寧で、なおかつ元気よく答える。
「
百点満点、とは言えないが、そこそこの声量が出た気がする。
無事に終わった、と思ったが、先ほどの男子生徒の野次が飛んでくる。
「美人姉妹とはどんな関係なんですかー!?」
「え? ええ!?」
少し返答に困っていると、担任の先生が声をあげた。
女性で、ぴーちゃんと呼んでね、と言っていた。ちょっと変わった人だ。
「自己紹介を終えてからねー、静かにするのよー」
端的に答えつつ、クラスの雰囲気を壊さない程度の注意。
当たりの先生だ、と俺は上から目線に思ってしまった。
随分と皮肉な事ばかり考えてしまうあたりが、根っからの陰キャだよなあと、自分でも嫌になってしまう。
本当の陽キャは、おそらく打算的ではないだろうし。
自分の番を終えたことでホッとしていると、いつのまにかクラス全員の自己紹介が終わっていた。
本格的な授業は三日後からということで、今日はこれで終わりだそうだ。
さっき二人に声を掛けられた時は、すぐ先生が来てしまった。
話したいなと思っていたが、授業が終わると沙羅と楽々が一斉に囲まれてしまう。
そりゃそうだよな、と思いつつ、また後日でもいいかと思っていたら、誰も帰る気配がなかった。
「よっしゃあ、カラオケだよな? ボウリング?」
さっき元気が良かった男子生徒が、大声で人を集める。
ああそうか、普通で考えたら、このまま直帰なんてしないか……。
かといって勇気を出して輪に入るなんて難易度が高すぎる。
どうしよう、と思っていたら、人混みの中から、楽々が俺に手を向けた。
「律ー! いこーよー! てか、喋ろー!」
心臓がドクン、と脈打つ。
物語が始まるような、そんな気がした。
「あ、ああ、行く!」
◇
近場のカラオケに移動したが、あまりの大人数で、当然のように部屋が分けられた。
沙羅と楽々は大人気、道中話すこともできず、当然違う部屋になる。
俺の部屋にいる男子と女子は、中学時代からの知り合いだったらしく、話が盛り上がっていた。
次々と入れられる曲に困惑していると、戸惑っているのがバレてしまったらしい。
途中からあまり声を掛けられなくなってしまい、俺は疎外感を感じていた。
スライムに挑もうと思っていた矢先、いきなりこの状態はハードルが高すぎた。
RPGの毒みたいに段々とHPを削られていき、遂には限界を迎えてしまう。
「と、トイレ行ってくる」
これだけ人がいればバレないだろう。後日何か言われたら体調が悪くなったと言えばいいと、陰キャムーブまっしぐら、トイレの振りをして帰ろうとした。
変わるのって難しい……。
エレベーターを待っていると、背中を誰かに叩かれる。振り返ると、沙羅と楽々だった。
「律、こここにいたんだ!」
嬉しかったが、久しぶりのせいで距離感が分からず困っていた。
仲が良かったのは幼い頃、それもほんのひと夏だ。むしろよく覚えててくれたなと思う。
俺と違って青春の宝物として思い出を大切に保管していたわけじゃないだろうに。
「どこ行くの?」
「あ、ちょ、ちょっと帰ろうかと思って……」
「ふーん。ねえ、沙羅、私たちも行かない? お金はもう払ってるし」
「唐突ですね……まあ、でもいいですよ」
「え、えええ!? 二人とも!?」
突然、妹の楽々が俺の服の袖を掴んだ。そのまま引っ張りだされるようにカラオケの外に出る。
そしてすぐ路地に隠れた。
「このあたりならバレないよね?」
「もう……楽々は無茶しますね」
お転婆な妹楽々と、大人しくも優しい沙羅。そういえばこんな感じだったなと、懐かしくなった。
ていうか、綺麗になりすぎなんだけど……。
「しかし凄いねー、都会って」
「都会というより、楽々がお調子よく話すからですよ」
ごめんなさいーと、俺に謝る楽々。 ていうか、都会?
もしかして実家が田舎だったとか? 唐突に消えてしまったことを質問しようと思ったが、なかなか言葉に出せない。
思わず困っていると、二人が首を傾げた。
「律? あ、もしかして……私たちのこと覚えてない?」
「そういえばそうですよね……もう随分と前ですし」
いやいや、女の子と遊んだなんて宝物を忘れるわけがない。と冗談を言っても良かったが、流石にそんな度胸はない。
「……もちろん覚えてるよ。――沙羅と楽々、公園でよく遊んだよね」
その瞬間、二人は満面の笑みを浮かべる。
「良かったー! てか、びっくりした。すっごい奇跡じゃない?」
「そうですよね、私も驚きました」
ひと夏の思い出、だったはずが、物語がまた動き出す。
奇跡ってあるんだな。
そういえば、こんなやり取りをしていた気がする。
「じゃあ、良かった。あの約束も覚えてるってことだよね」
「そうですね、安心しました」
あの約束? 一体何のことだろう?
もしかして……なわけないか。
「えっと、約束って?」
丁寧に聞き返すと、二人は顔を見合わせた。
今までと違って、少し不敵な笑みを浮かべている。
「「私たち、三人で結婚するんだよね? ですよね?」」
その瞬間、俺は産声のような声量で、えええええええええ!? と叫んだ。
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