異世界から召喚されたのは、小さな心の勇者だった

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 何百人もの人間が入れる場所。


 そこに、ローブを羽織った老人たちが集まっていた。


 その数は、ざっと十人。


 年老いた男性や、女性ばかり。


 彼らは世界に名をとどろかせた大魔法使い。


 その世界で様々な功績をうち立てた者たちだった。


 そんな老人たちの中の一人が、口を開く。


「これより勇者召喚の儀式をとりおこなう」


 すると、その部屋の床に刻まれていたものが光りだした。


 それは、魔方陣だ。


 赤に、青に、黄色に、様々な色に変化しながら光り輝いている。


「では世界の命運をかけた魔法を行おう」


 さきほど口を開いた老人が続けて言葉を口にしていく。


「この魔法が、困難に満ちるこの世界に、希望をもたらすことを願って」







 世界エクリプス・エッジ。


 そこでは、長い間争いが起こっていた。


 魔族と人間、異なる種族との間で、気の遠くなるほど長い昔から。


 そんなエクリプスの世界で人々は、長い争いに心を疲弊させ、希望を失いかけていた。


 百年にも及ぶ戦乱の世界。


 いつ終わるか誰も知らない戦争。


 そこで、希望を見失わずにいられることは難しいことだった。


 しかし、一部の者が立ち上がり。


 とある計画をすすめた。


 それが異界から勇者を召喚するというもの。


 エクリプスに伝わるおとぎ話の中には、勇者伝説というものがある。


 はるか神話の時代に、別の世界から迷い込んだ一人の人間が、その時代に暴れまわっていた竜を退治したというもの。


 その人間は、呼吸するように強大な力を操ったらしい。


 だから、エクリプスの人間は賭けたのだ。


 自分たちにはない力を、状況をひっくり返す力を秘めていると信じて。







「召喚成功だ!」


 そして、様々な者たちが奔走して行使した魔法は、発動。


 光の消えた魔法陣の中央には、一人の人間がいた。


 しかし、


「こ、子供……?」


 そこにいたのは、七、八歳ほどの少年だった。









 召喚の結果に、誰もが落胆を隠すことができなかった。


「やはりこの世界は滅びる運命なのだ」


 手ひどい失敗をした魔法使い達は希望を失い、世界の救世を諦めた。


 しかし、一人だけ希望を失わない者がいた。


 それは、勇者召喚の計画をおこした人間、魔法を行う際に声を発した者だった。


「希望をうしなってはいけない。私たちが諦めたら誰がこの世界を救うというのか!」








 その魔法使いゾラは幼い勇者に尋ねた。


「勇者様、なにか貴方にできることはありますか?」


 幼い勇者は答えた。


 サッカーボールをけることと、折り紙をおることだと。


 それは期待した答えではなかったが、諦めなかった。


 ゾラはその小さな少年に、魔法を使わせようとしたり、剣をあつかわせようとしてみた。


 しかし、その勇者に戦う力は備わっていなかった。


 その結果、周囲は幼い勇者を気にもとめなくなった。


 期待外れ、ただの子供。


 そんな陰口や愚痴ですら、たったの一週間で消えていった。


 しかし、期待通りではなかったからといって、すぐに元の世界へ帰すことはできない。


 ゾラ達が行った召喚魔法は、十年も準備をかけて行われたもの。


 帰還の魔法もおなじくらいの年月を必要とした。


 このまま放りだしては酷だと考えたゾラは、その幼い勇者を保護することにした。









 勇者として召喚された子供は、ゆっくりと時間をかけて、戦いの力を身につけていった。


 魔法の腕もゾラの指導の下で、徐々に上げていった。


 しかし、その力はおとぎ話に描かれていたそれには程遠く、せいぜい一般兵士程度のものだった。


 全く目立つことのない幼い勇者。


 だから、一年ほどたった頃には、勇者の噂すらきかなくなっていた。







 しかし、幼い勇者は努力家だった。


 自分に剣の才能も魔法の才能もないことが分かると、知恵をつけようと本を読みふけった。


 そんな幼い勇者を見ていた者たちがいた。


 怪我で前線を退いた秘術を使う大魔導士の一人。


 三十ほどの年になるその女性は、図書館の司書をしていた。


 自分にできることはない、そう思っていたが、幼い勇者の努力に心を打たれていた。


 だからその司書は、自分が知っている秘術をおしえることにした。


「私の一族にだけ伝わっている特別な魔法を教えてあげましょう」


 その秘術を得た幼き勇者は、今までとは比べものにならない魔法を使えるようになっていた。








 その幼い勇者の努力を見ていたのは、他にもいた。


 少年は、基礎体力をつけるために、走り込みで自分が住む町を毎日何周もしていた。


 そんな姿に心を打たれたのは、剣聖。


 切っても切っても消えない魔族の軍勢に膝を落とし、希望をうしなっていた者。


 二十代ほどのその男性は、もう一度剣を手に取り、立ち上がる。


「希望を思い出させてくれてありがとう。俺も君のように、もう少しがんばってみるよ」


 そして、前線に戻る前に、幼い勇者に非力な体でも扱える剣術を授けた。


 幼い勇者は今までとは比べものにならない剣の力を手に入れた。








 幼い勇者はあきらめずに抗っている。


 非力だった現状を少しずつ変えていっている。


 その事実が人々を、一人ずつ奮い立たせていった。


「あんな子供が頑張ってるんだ!」


「俺たちが頑張らなくてどうする!」


「やってやる! このままあきらめてたまるか!」

 







 誰もが立ち上がれたわけではなかった。


 心に絶望という名の、重い蓋をしたままの人間もいた。


 けれど、エクリプスは幼い勇者を中心に少しづつ変わっていく。


 その子供の存在は、人々の心を奮い立たせるそれはまぎれもなく、希望。


 戦いがどうなるか分からない。


 ひょっとしたら負けるかもしれない。


 希望がある事は、未来が約束される事ではない。


 しかし確かに、その世界の今を生きる人々の心は救われていたのだった。


 だからその子供は、エクリプスの人々を救う……小さな心の勇者だった。


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