第9話

 『葛の葉』あるいは信太妻・信田妻と呼ばれ、稲荷大明神の使いの動物……白狐が変化し、自分の窮地を救ってくれた安倍保名あべのやすなとの間に生まれたのが、後の大陰陽師安倍晴明であり、同じく大陰陽師である芦屋道満との因縁も実は、母の葛の葉に由来するのだがそれは別の話である。


 清明様がまだ幼少の頃に書置きを残し、居なくなってしまったので朧気にしか記憶していないと、言っていたが後に修行をしたことで、格を高め狐の耳と尾を出す事が出来るようになったと前世で言っていた。


だから俺はこの娘が清明様の血を色濃く受け継いでると確信できる。

そして過酷な運命が待ち受けているとも言える。


 なるほど。剣の陰陽師であるアヤメさんが言っていたバケモノと言うのも、案外過大評価ではないらしい。

 狐付き……半妖は、畏怖の象徴であると同時に妖魔の類の力を併せ持つからだ。


「堅苦しい挨拶はここまでにしましょう」


御婦人はそう言うと百合ユリと言う少女の手を引き一歩前へ押しだした。


「ほら。ユリご挨拶なさい」


母親に促され少女は恥ずかしそうに小さな声で挨拶をする。


「つちみかどゆり……ですよろしく」


少女は挨拶を終えると恥ずかしさからか母親の陰に隠れてしまう。


「あら、未来のご当主様は恥ずかしがり屋さんみたいね」


「そうなのよ。これでやっていけるかしら……って少し心配になるわ……今から優秀な家臣団を作らないと、とは言っても現在の土御門家には大きな力はないのよね」


「うちの旦那の為にも姫には頑張ってもらわないとね」


「そうね……息子さん……ハルアキ君だっけ? 良かったらうちの子の式にならない?」


 式、式神とは本来、神仏や神霊、妖怪変化と言った異形の者を調伏し従えたモノをいう。

 前世の俺が使役していた式は『調伏式』あるいは『使役式』と言って、妖怪変化を力で従えたものだ。


 他にも異界や別の場所から鬼神や神霊を喚び出し使役する『召喚式』、紙や形代となるモノに、自分や誰かの呪力・魂を籠める『人造式』がある。

 しかし、この場合式とは恐らく当主の従者を指す言葉と思われ、もしそれが本当であれば父も出世が見込めるだろう。


「ありがたいお誘いですが、主人にも思う所があるようでこの子の才を潰すわけにもいきません。ですから今すぐこの子を本家に使えるとは簡単にはお返事出来かねます」


 母の言葉は最もだ。才能のある子供を潰れかけた本家がくれと言ったところで、力の差が無ければその命令は跳ねのけやすい。

 例えば他家を頼れば、守って貰えつつ家ごと所属を変えられる。


「確かに視てわかる程違いがあるから声をかけた訳だけど、有望な子ならそちらの選ぶ権利の方が上よね……」


 夫人は残念そうな表情を浮かべる。

その言葉で母はホッとしたような表情を浮かべる。

その表情を視て夫人はこう言った。


「確かに春明君の素養は極めて高いけどこ、この娘も負けていないわよオフレコでお願いしたいんだけど……」


そう前もって言うと母に耳打ちをした。


「――――ッ!?」


母は思わず驚きの声を上げそうになるが口を押さえて我慢する。

 しかし、抑えきれないようでこう呟いた。


「まさか。そんなッ!」


「これは事実よ。運命と言ってもいいアナタの子を私の娘の式神にくれないかしら?」


夫人はそう言うと頭を下げた。


「いきなりそんな事言われても……」


「これは運命と言ってもいいわ……先代当主が予言されたの。曰く「この子は運命を背負った子だ。そして大いなる災いを払うであろう。ただし力ある同士と協力せねば成し遂げる事叶わず。より大きな災いが日の本を襲うであろう」とこの子だけじゃない。この国のためにもあなたの子供には協力してほしいのもし、嫌なら式神の事を断ってもいい。その代わり大いなる災いコレだけは協力してほしいの」


「絶対とは言えないけれど、この子も陰陽の道を生きる運命さだめを受けた子よ。そのくらいはきっと自ら進んで行うわよ」


「そういう考え方をするアナタなら安心できるわ」


そう言うと屈んで俺の目線に合わせてゆっくりと話始める。


「この子……百合や多くの人が困っていたら助けてく上げられる……そんな陰陽師になりなさい貴方には才覚がある」


そう言って俺の手をギュッと握りしめる。


「たすけられるように努力する」


俺はそう答え大きな手を力一杯ギュっと握り返した。


「失礼のないように他の方々にも、挨拶をしていらっしゃい」


と夫人が言い母に耳打ちをすると俺達を見送ってくれた。


………

……


 少しホールを歩いて母と俺はグラスに入ったオレンジジュースを飲んでいた。

 口に含んでみると普段家で飲んでいるモノとは違い。苦みがシッカリと効いたもので果物が一番の甘味だった前世の果物に、どことなく近いモノを感じ感傷に浸っていると母が声をかけて来た。


「ねぇ春明。ユリちゃんはどんな風に見えた?」


「えっ? どんなって?」


俺は意図が分からずに聞き返した。


「ハッキリと聞くわね。耳と尻尾は見えたの?」


俺はドキッとして思わず目を反らしてしまう。


「……やっぱり見えていたのね……ううん。アヤメさんのあれだけ見事な隠形を見破ってしまうその眼であれば、あれだけ霊力を持ったモノが視えない訳ないわよね……」


そう言ってジュースを飲み干し。続けてこういった。


「言われちゃったわ。それだけ目がいいなら見えないモノはないんじゃないかってね? 確かに言われて注視すれば私も視えた。隠形を上手く使って生来の呪力の多さも相まって、ただでさえ見えにくいそれに、手品師が使う視線誘導技術のミスディレクションも相まって優れた大人の術師ほど、その偽装には気づきにくい……言ってしまえば自分の娘を使って娘を支えてくれる人間を見つけるための試験をしてたのねあの女……土御門本家の有力な分家だからって昔から調子に乗ってぇ~~」


などと言っている。母はまだ若いので学生時代か陰陽師として活躍していた時に現土御門家当主の妻であるあの女――――千子に痛い目に遭わされたのであろう。




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