第17話 マラソン大会

これは職場の部下に、飲み会で聞いた話だ。

その部下はいつもは飲み会には参加しないタイプで、会社の忘年会や新年会、バーベキュー大会なんかにも欠席する。

 

今どきの若い奴は何を考えているのかわからない。

普通は会社で行う行事は業務と考えるものだろう?

会社でもその時間は業務扱いしていいと言ってるんだからさ。

 

話が逸れてしまった。

とにかく、いつもは飲み会に参加しない奴だったが、念のために誘ってみたんだ。

そしたら、行きますと言われて、返ってこっちがビックリしたよ。

 

他の奴らも、「え? あいつ来るの?」と困惑気味だ。

けど、誘った手前、連れて行くしかないだろ?

 

まあ、こんな具合だから、飲みの場に行っても、そいつは一人で黙々と酒を飲んでいた。

実につまらなそうに。

そこで俺は、ふと、なんで参加したのか聞きたくなり、そいつの横に座った。

 

「お前が飲み会に参加するなんて珍しいな」

「……酒が飲みたかっただけです」

 

見ると、そいつはビールに始まり、ワイン、日本酒、ハイボールと、次々と色んな種類の酒を飲んでいた。

 

「酒、好きだったんだな」

「……別に。酔いたいだけです」

「嫌なことでもあったのか?」

「いえ。この時期になると、いつもこうなんですよ」

 

今は夏の真っ盛り。

確かにビールが美味い時期ではある。

だが、飲みたいのではなく、酔いたいと言っているから、そういう理由ではないのだろう。

 

俺は原因を聞こうとしたが、最初は頑なにしゃべろうとしなかった。

しかし、酔いが回ってきたのか、そいつはポロポロと話し始めた。

 

「小学校の頃、僕には親友がいました。そいつはお調子者で、クラスでも人気者だった」

「お前とは真逆な人間だな」

「ええ、そうですね。最初は、僕がクラスの隅っこでひっそりと過ごしているのを見て、気にかけて話しかけてくれたんです。それからは妙に気が合って、いつも一緒に遊ぶようになったんです」

「へー」

「課長は学生の頃のマラソンは得意でしたか?」

「普通……かな。いや、どちらかというと苦手だったな」

「僕は得意でした。……というより、体育はそれしか得意じゃなかったんです」

「確かに、お前は一人で黙々と作業することが得意そうだもんな」

「僕の親友もマラソンが得意だったんです。だから、いつもマラソン大会は勝負していました。で、その年のマラソン大会も勝負することになりました。だけど、ただ勝負するだけじゃ面白くないから、賭けをしようってなったんです」

「賭け?」

「負けた方は好きな子に告白するってものです」

「学生らしいな」

「マラソン大会の当日は猛暑日でした。……今の時代だったら、中止になってるんじゃないかってくらいに。でも、僕らの時代はまだ、これくらいなら平気だってことで、予定通り大会が始まりました」

「普通はそうだろ。今の子供たちが貧弱なだけだ」

「親友は、スタートすると同時にいきなりダッシュを始めました。目立ちたがりの性格だったから、いつもそうだったんですけど」

「……後からバテるタイプだな」

「ええ。大体、中盤くらいで、親友に追いつきました。親友はバテバテでフラフラしてました」

「やっぱりな」

「でも、僕も同じでした。とにかく猛暑のせいで、他の生徒も結構リタイアしてたみたいです。でも、僕は賭けがあったから、意地になってたんです。告白なんて恥ずかしくてできないと思ってたから」

「なら、最初からそんな賭けにのらなきゃいいのに」

「そうですね。本当にそうです。そのときの僕は、意識が朦朧としながら、なんでそんな賭けに乗ってしまったのかずっと後悔してました。そして、親友に対して、こう思ったんです。――倒れてくれないかなって」

「うわ。それは最低だな」

「……そんなことを考えていた時、親友が言ったんです。『一緒にリタイヤしよう』って。それで勝負は引き分けにしようって言ってきたんです」

「なるほど。それで?」

「僕はその言葉に乗りました。立ち止まって、道の脇にいる先生にリタイアを申し出たんです」

「……」

「そのときの僕は熱中症一歩手前で、すぐに休憩所に運ばれ、待機していた医者に対処してもらいました。そのときのことはあんまり覚えてません。でも、これだけはハッキリと覚えています。絶対に、僕は親友と一緒に走っていたんです」

「というと?」

「先生の話では僕は一人で走っていたそうです。そして、僕だけがリタイアを申し出たと」

「……ん? じゃあ、その親友はどうしたんだ?」

「僕の隣にはいなかったらしいです」

「どこに行ったんだ?」

「ゴール手前で倒れてたらしいです。熱中症で」

「え?」

「親友は倒れてすぐに病院に運ばれましたが、手遅れで、そのまま亡くなりました」

「ちょ、ちょっと待てよ。お前がリタイアしたのを見て、裏切って自分だけゴールを目指したってことか?」

「いえ。僕がリタイアしたのはコースの半分より先くらいでした。それで、親友が倒れたのがゴール手前。僕がリタイアしてからダッシュしても、時間的におかしいです」

「じゃあ、どういうことだ?」

「わかりません。とにかく、あんな賭けをしなければ……いや、僕が倒れろなんて願わなければ、親友が死ぬことはなかったはずです。だから、きっと僕のことを恨んでいるに違いありません」

 

そいつはそこまで話した後は、口を閉ざし、ひたすら酒を飲み続けていた。

きっと、この時期になると、そのことを思い出すので酔って忘れようとしているんだろう。

毎年毎年、親友の恨みに怯えて。

 

終わり。

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