第16話 ドールメーカー

恥ずかしい話なのだが、僕の初恋の相手は人形だった。


 


小学3年生の時、学校の裏山の近くに、ある外国人が引っ越してきた。


売りに出されていた洋館を買い取り、そこに移り住んできたのだという。


 


引っ越してきた人はノアのいう名前の23歳の男の人だった。


ノアさんはアメリカ人だが、5歳の頃、両親に連れられ家族で日本に来たらしい。


それからずっと日本で暮らしていたから、日本語がペラペラだった。


僕が知らないような言葉も知っていて、驚いた記憶がある。


 


何が切っ掛けだったかもう思い出せないが、僕はいつしかノアさんの家に通うようになった。


その頃はクラス替えがあって、僕には全然友達がいなかったから、学校が終わったら毎日曜にノアさんの家に行っていた。


 


ノアさんは人形を作る仕事をしていると話していた。


後で母に聞いたことなのだが、ノアさんは世界でも有名な人形職人なのだとか。


その話を母から聞いても、僕は全然驚かなかった。


 


だって、ノアさんが作る人形は本当に凄かったから。


まるで生きているかのような繊細で精巧な人形は、きっと誰でも目を奪われると思う。


 


それで、ここで最初に言った、初恋の相手だが……。


そう。ノアさんが作った人形だったのだ。


 


本当に綺麗な人だった。


本当にそこで眠っているように思えた。


 


ただ、その人形は奇妙なことにノアさんにそっくりだった。


そっくりというか、ノアさんより若いというか……。


とにかく、その当時の僕はノアさんにストレートに、どうして自分の人形を作ったのかを聞いた。


 


「双子の妹なんだ」


 


ノアさんの話では、妹さんのミアさんは病気で18歳の時に亡くなったらしい。


ノアさんはミアさんが死んでしまったことが信じれらなくなって、それでそっくりな人形を作ったらしい。


そこで、自分には人形作りの才能があることに気づいたのだとか。


 


おそらく僕は一目ぼれだったのだと思う。


ミアさんから目が離せなかった。


 


今考えれば、本当に失礼な話なのだが、僕はミアさんが目当てでノアさんのところに行っていた。


ミアさんの前で、その日にあったことなんかを話したり、朗読を聞かせたり、話しかけたりしていた。


 


そんな僕の失礼極まりない行動を、ノアさんは諫めたりはしなかった。


逆にミアさんに熱心に会いに来てくれることを喜んでいたみたいだった。


 


気を利かせてくれていたのか、僕がミアさんに会っているとき、ノアさんは決まって席を外してくれていた。


だから、僕は気兼ねなく、色々とミアさんに話しかけていたのだと思う。


 


今、思い出してみると恥ずかしさで顔が熱くなるのだが、ミアさんに普通に告白もしていた。


なんていうか、小学生が人形に必死に恋のアピールをしていたのだ。


出禁にされても文句は言えないだろう。


 


だが、そんな生活が7、8ヶ月くらい経った頃だった。


ノアさんが引っ越すという噂を聞いた。


ビックリしていた僕に、母親はどこか安堵した様子だった。


 


なんでも夜中に2人組が散歩しているというのを、街の人たちが何人も目撃したのだという。


きっと、ノアさんがミアさんを連れて散歩していたのだと思う。


そのくらい、ノアさんはミアさんを可愛がっていた。


 


多分、僕のことを気持ちがらないでいてくれたのも、僕もミアさんを人間のように扱っていたから、それが嬉しかったんだと思う。


 


僕は慌てて家に行った。


窓のカーテンはなくっていて、外からでも家の中が見えた。


中はガランとしていて、家具なんかも全て無くなっていた。


 


もう、引っ越しの準備は終わっているようだった。


それでも僕は最後に一目でも、と思ってチャイムを押した。


 


すると中からミアさんが出てきた。


僕はきっと寂しそうな顔をしていたのだと思う。


 


ミアさんは微笑んで、僕の頭を撫でてくれた。


 


「いつも来てくれてありがとう。とても楽しかったよ」


 


そう言って、ノアさんの人形を連れて行ってしまった。


 


 


僕は今でもその光景を忘れることができないでいる。


 


終わり。

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