怖い話【短編集】

鍵谷端哉

第1話 勧誘

ほら、ちょっと前にさ、宗教団体とかねずみ講の会社とか問題になったじゃん。

俺もそういう系に巻き込まれたって話なんだけど、聞いてくれるかな?


俺って元々、結構な田舎の町出身でさ、大学の卒業を機に東京に出て来たってわけ。

なんつーかな。とりあえず、東京にさえ行けば仕事なんてどうにでもなるって思ってたんだよね。


けど、やっぱ、世間ってそんなに甘くないわけ。

何個か時給の安いバイトを掛け持ちして、やっと生活するって感じ。


でもさ、そんなの俺が夢見てたのと全然違うって思っちゃってさ。

何とかしたいな―って思いながらも、結局、何もできない日々が続いたんだ。


そんなとき、町を歩いてたらアンケートを求められたんだよね。

で、アンケートに答えたら、商品券をくれるってわけ。

金がなかったから飛びついたんだけど、俺のアンケートの回答を見て、素晴らしいって言われたんだ。


んー。正直、なんて書いたかは覚えてないかな。

適当に書いたと思う。ただ、商品券が欲しかっただけだから。

 


で、話を聞いて欲しいから、近くのファミレスに行かないかって言われたんだよね。

まあ、速攻OKだよね。奢ってくれるって話だし。

あと、ファミレスっていうのも大きかったかな。周りに人がいるから安心かなって。


好きな物を食べていいって言われたから、結構、ガッツリいったね。

3000円分とか食べたんじゃないかな。そのときはラッキーって思ってたよ。

話だって、適当に聞けばいいって軽く考えてたし。


食べながら話を聞いてたらさ、その団体って事業を立ち上げるのをバックアップするのが目的だって言うのよ。

それで、俺が経営に向いてるなんて褒めてくるわけ。

まあ、悪い気はしないよね。 


でも、さすがにそんな怪しい団体に入るのは気が引けてさ、考えますって言って逃げようとしたのさ。

そしたらさ、これはビジネスの話で、怪しい話じゃないっていうわけよ。

自分から怪しくないっていう奴ほど、怪しい奴はいないって話なんだけどね。

その時の俺は、頭の片隅に「今の現状を何とかしたい」って思いがあったから。

そこを狙われたんだよ。


事業の立ち上げは団体がバックアップするから、俺に借金しろとかそういうことはないって。

で、その事業が上手くいったら利益の3割を貰うって話。

よくわからないけど、株と同じなんだって言われて、じゃあ大丈夫かななんて思っちゃったんだよね。


あれよあれよと話しが進んでさ。

とりあえず、1週間のビジネス講座を受けさせられたんだよね。


いや、結構、本格的だったと思うよ。

よくわかんないけど。 


で、今度はもっと本格的にビジネスを学んでほしいってことで、合宿をするって言いだしたんだ。

今考えれば、ここでやめとけばよかったんだよね。

でもさ、本格的に勉強するからって、バイトも辞めさせられたから、収入もなかったわけよ。


もちろん、合宿中は衣食住が出るらしいし、合宿で稼ぐ方法を覚えればその後は生活に困らないって言われたからさ、つい、行くって言っちゃったのさ。


合宿所は田舎の山奥に建ててある、巨大な一軒家で、俺と同じく合宿を受ける人が俺を含めて10人くらいいたかな。

で、その団体の人たちが50人くらいだったと思う。 


家も立派で、出てくる御飯も豪華でさ、最初はすげーって思ってたんだよね。

でも、そっからあんまり記憶が無いんだよ。

なんか夢の中って感じ。モヤモヤとした霧の中っていうのかな。


……ビジネスの勉強はしてたかな?

どうだろ? やってたとしても、全然覚えてないや。


でも、なんとなく覚えてるのは、妙に規則正しい生活をさせられたってところかな。

あとは食事も、地味っていうか野菜とかが中心のものになっていった気がする。

最初は、えー、肉ねーのかよ、って思ってたんだけど次第に野菜が旨いって感覚になったんだよね。

俺、めちゃめちゃ肉好きだったのにさ。


で、さらに不思議だったのがさ、最後らへんは水しか飲まなかったんだよ。

しかも、俺自身、それになんの違和感もなかったの。

腹も減ったなんて感覚はなかったと思う。


四六時中、ボーっとしてて意識もはっきりしなくて、ただ生きて生活してるって感じ。

でも、それも悪くないかなーって。 


そんなとき、団体の人の中に加奈……あー、いやKちゃんがいるのを見つけたんだよね。

Kちゃんは高校までの同級生でさ、好きだった子なんだ。

ぶっちゃけて言うと、東京に出て金持ちになったらKちゃんが振り向いてくれるかな、なんて思ったりもしたようなしないような。


とにかくKちゃんを見て、俺の意識がはっきりしたのを覚えてる。

それくらい衝撃的って言うのかな。

なんか運命を感じちゃったよね。


で、Kちゃんに話しかけてみたんだよ。

そしたらさ……。

 


俺のこと、全然覚えてねーの。

あれはショックだったね。

学生時代は結構、仲が良かったと思ってたからさ。


でも、さらにビックリしたのは、俺のことだけじゃなくて学生の頃とか家族のことすら覚えてないって言うんだよね。

なんでも、この団体に入って生まれ変わったとかなんとか。

確かになんか性格も変わった感じがしたよ。


妙に明るいっていうか。


Kちゃんは昔のことなんて覚えてる必要はない、重要なのは未来だって言うんだ。

まあ、確かに俺もそうだと思うけど……。


それから1週間後に合宿の仕上げってことで2時間の瞑想をやるって話になったんだ。

そのとき、俺はマジかよーって思ったんだけど、俺と一緒に来てた奴らは普通に受け入れてたな。

っていうより、なんかあんまり意識がないっていうか、ボーっとしてるって感じ?


一人ずつ部屋に入れられて2時間経ったら出てくるってわけ。


そしたらさ、入る時はボーっとしてたのに、出てきたら妙にハイテンションになってるんだよね。


本人は生まれかわったとかなんとか言っててさ。


で、ついに俺の番ってわけ。

部屋に入って中心くらいに、目をつぶって座れって言われてさ、言う通り座ったんだよね。

それから10分くらいした頃かな。

なんか、ヒタヒタヒタって足音が聞こえてくるわけ。 


いや、完全に人間の足音なんかなないよね。

歩いてきた奴が俺の前で止まった感覚がして、チラッと目を開けちゃったのさ。

そしたら目の前に何がいたと思う?


俺の半分くらいの背の、ツルっとした目のデカい子供みたいな奴がいたんだよ。


そりゃビックリするよね。

俺は大声を上げて逃げたよ。

部屋のドアを蹴り破って、そのまま建物を出たんだ。


そのとき、団体の人の「暗示が浅かったか」っていうつぶやきが聞こえた気がする。


とにかく、俺は建物から出て山を彷徨って、何とかふもとまで降りることができた。

で、速攻、警察に行ったよ。

まあ、信じて貰えなかったけどね。


しかもさ、山の中にはそんな建物はないって言うんだよ、警察は。


そして、俺はその後、Kちゃんの実家に連絡してみたんだ。

そしたらさ、おばちゃんも俺のこと忘れてるの。

しかも、おばちゃんも妙に明るくなってたんだよね。


いや、怖くて行けないよ。

もう、Kちゃんのことは忘れることにしたし。


その後、オカルトに詳しい奴に聞いたらさ、なんか宇宙人が人間に乗り移ってるとかなんとか言ってたな。

すげー嘘くせーからスルーしたけど。

 


とにかく怖い目に遭ったって話。

安易にアンケートに答えたり、驕ってくれるからってついて言ったりするのはヤバいってことだね。


あれから俺はアンケートって聞くだけで、鳥肌が立つようになっちゃったよ。


これで俺の話は終わり。

君も気を付けなよ。その団体、結構、色々なところにいるらしいからさ。


終わり。

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