2話

「で、僕の家に招いてあげた訳だけれども。とりあえずそこに座ってよ、正座か土下座で」

「ああ、わかった。って、何で正座か土下座なんだよっ。普通は楽にしてくれって言う所だろ」

「あのねえ、高村君。『楽にしてくれ』っていうのは、それなりに親しい間柄の人に使う言葉だよ。僕と君は、そんなに親しい仲でもないだろう?」

「おいおい、おれ達一緒に旅行した仲じゃん。それなりに親しいだろうが」

 烏丸が溜め息を吐く。

「君は勘違いをしているようだね。僕は別に、君と旅行に行きたかった訳じゃない。白鳥さんに付いて行きたかっただけなんだよ、出来れば君抜きで。……それに僕は君のことなんて、親しいとも何とも思ってないんだからさ。というか、どちらかといえば嫌いだし。もし君が僕のことを友達だとでも思っているのなら、吐き気がするから止めてくれない?」

 ……うわ、酷え。そういえば、こいつはおれを敵視してるんだっけか。薫の家に泊めてもらった時も「君と枕を並べて寝るのは気持ち悪い」とか言ってたし。

「面と向かって『嫌い』とか言うか、普通。いくら白鳥の毒舌に慣れてるおれでも、これは傷つくぜ」

「その白鳥さんから『高村君に関して遠慮は無用よ。好きなだけ罵りなさい』って言われてるんだよ。だから、そうしてみただけ」

「そうしてみただけって……。お前と白鳥の毒舌ダブルパンチはキツいっての」

 白鳥はツンデレらしいから、あの毒舌の裏には照れ隠しやらがあるのだろうけど、烏丸の方は何も無い。言葉の裏に隠されている感情が無い。心にも思ってないことを、いくらでも言える。

「あ、そういえば、お前の家に入るの初めてだよな……」

 家が向かいにあるからといって、おれと烏丸は幼馴染ではない。烏丸がこのマンションに引っ越してきたのは、ほんの数ヶ月前だ。その後、烏丸がおれの家に来たことはあるが、おれが烏丸の家に行ったことはなかった。

 失礼な態度だが、改めて室内を見回してみる。どんな家に住んでんのかなって。

「…………」

 もし仲の良い友達の家に遊びに行って、そいつの部屋がちらかってたら「おいおい、ちゃんと片付けろよ~」とか、逆にめちゃくちゃキレイに片付いていたら「お前、お母さんに掃除してもらっただろ~」とか、軽い冗談を言える。しかし、おれと烏丸はそんなに親しくないらしいので、ここはノーコメントだ。というか、ノーコメントにならざるを得ない。

 簡単に言えば、この家は異様だった。生活に必要な家具と家電が、ただそこに置いてあるだけで、他には何も無い。生活感が感じられないのだ。

 マンションの間取りは2LDK。多分ここはリビングだろう。

「あ、あのさ。お前の部屋を見てみたいんだけど……」

 何か、初めての家デートで使うような言葉だが、今のおれにそんな甘々な気持ちは微塵もない。

「高村君、何か変なこと考えてないよね? ……まあ、いいよ。君と違って人に見られて困るものはないしね」

「お、おれだって見られて困るものなんてねえよ?」

「あっ、そう。じゃあ君のベッドの下にあったものは、誰かに見られても構わないんだね」

 烏丸スマイルに、おれは動揺の色を隠し切れなかった。

「え、ちょ、おま、何で知って……」

「偶然見つけちゃった」

「いや、偶然見つけられるもんじゃねえだろ。お前が悪意を持って、おれの部屋を家捜ししない限りはな」

「この場合、あれを偶然見つけちゃった僕が悪いのか、あれを所持していた高村君が悪いのか、どっちなんだろうね。今度、君のお母さんに聞いてみようか」

 あくまで偶然を装う気か、こいつめ。それにおれと家族の円満な関係を楯に取りやがった。

 こうなったら……。

「このことはどうか内密にお願い致します、烏丸様。今度ケーキをおごって差し上げますので」

 土下座しかない。

 白鳥にやれと言われたら、まあやらないでもないが、まさか烏丸に土下座するとは思ってもなかったぜ。これじゃあ白鳥の下僕として失格だ。

「君って自尊心が無いんだね。ま、その恥ずかしい姿に免じて黙っておいてあげるよ」

「ホント? ありがとう、烏丸、大好きだぜ」

「ごめん、ちょっとトイレで吐いてくるよ」

 ただのジョークなのに、本当にトイレに行くなって。

 でもまあ、おれと家族の円満な関係は、一応は守られた訳だ。何か大切なものを引き換えにした気もするけど。

 ちなみに、おれが隠していた「あれ」は皆様のご想像にお任せする。

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