閑話①重なる影

 王都近郊。

 そこに広がる大森林では、冒険者たちの為に魔物が溢れかえっていた。


 だがそんな大森林の中、笑いながらオークを追う三人の人影がそこにはあった。


 「アレク!誘導できたわよ!」


 「ナイスッ!リーナ!」


 赤と青の──美しい剣筋が宙を走り、オークの首を切り裂く。


 走った二つの色がそのまま3,4,5体と続けざまに切り裂き、鮮血が飛び交う中、地面に着地したのは⋯⋯⋯⋯逞しい体に顔つきもベテランのような風貌に変わったアレックスの姿だった。


 「よし、レベル上がったな」



 「アレクぅ〜──また腕を上げたじゃない」

 「そうだぞ?あれからもう数ヶ月か」


 アレックスを両側から小突くリーナとドーグ。


 あれから数ヶ月。蒼き星は強くなる為、ドンドン王都に向かっていきながら強い魔物を少しずつ段階を上げて討伐し日銭を稼ぎながら進んでいた。


 今では王都近郊まで到着し、これから王都にある冒険者ギルドの総本山に向かう所だ。


 アレクは短剣を肩にトントンと乗せ王都の方へと目を向けた。


 「いよいよだな」


 「ええ。夢見ていた王都の冒険者ギルドね。夢にも思わなかった」


 「まさか俺達がここまで来れるとはな」


 三人は数秒感慨深そうに見つめた後、すぐに王都へと向かい歩き出す。


 



 「師匠が言ってたことが現実になるなんて⋯⋯⋯⋯」


 「あぁん?地方の冒険者で少し腕っぷしに自信があるからってよ?ここは王都の冒険者ギルドだぜ? おい!コイツら舐め腐ってんぞ?」


 到着次第、オークの討伐報告と憧れの王都ギルドを探検しようとしていた矢先の事だった。

 アレックスたち蒼き星の前に、数十人もいる荒そうな冒険者たちが三人をいびっていた。


 「すみません。討伐報告だけさせて欲しいんですが⋯⋯⋯⋯」


 「うるせぇよ!どうせそこら辺に湧いてるゴブリンだろぉ?やめとけやめとけ!その歳でまだそんな魔物を狩ってくるなんて恥ずかしくねぇのかって!」


 嘲笑がギルド内のそこら中から三人の耳に入って来る。


 だが。今の彼らはあの時の三人ではない。


 「ご忠告ありがとうございます。これで失礼させてもらえ──」


 「オイオイ。そんな簡単に済むもんなら⋯⋯こんな人数いらねぇよな?」


 アレックスは内心、溜息をついていた。


 折角憧れの王都ギルドに来たのに⋯⋯これじゃ憧れが台無しじゃないか。

 これが⋯⋯憧れの王都で名を馳せる冒険者たちなのか?止めてくれよ⋯⋯。

 

 「おい!今ならウチに入るってんなら⋯⋯聞いてやってもいいぞ?下っ端からだがな⋯⋯あっははははは!」


 続く笑い声。

 だが三人は、まるで興味がなさそうにあくびをするくらいだった。


 それに気付いた男はアレックスの胸ぐらをつかむ。


 「今度はなんですか?暴力は駄目ですよ」

 

 「ハハッ!弱者の言うそれが一番恥ずかしいぞ?俺様はA級冒険者の幹部!お前らなんぞにとっては雲の上のような存在だぞ?礼儀を弁えた方がいいんじゃないか?」


 「⋯⋯⋯⋯確かにそうですね」


 雲の上か⋯⋯。

 確かにいるな、そんな素晴らしい男が。



 ──「アレク〜!今日はこの肉を作ってくれー!」


 ──「リーナ!見ろよ、お前の魔力制御⋯⋯上手いこといったぞ!」


 ──「ドーグお前、よくやったじゃねぇか!!」



 すると三人は無意識に目があっており、同じ事が頭の中をよぎったことに気付いて思わず吹き出す。


 「「「ぷっははははは!」」」


 「⋯⋯?」


 「確かに雲の上の存在だ」

 「研究熱心な戦闘狂ですね」

 「そこら辺の奴に負ける姿が想像できないな」


 「な、なんの話をしてやがる!」


 「まぁまぁそのくらいにしておきましょう」


 「なんだとお前⋯⋯⋯⋯おい!」


 一拍置くと男は周囲の冒険者たちを呼び付け、アレックスを囲った。


 「お前ら一人一人やっちまえや。同時なんて恥だからな」


 『行ってきまーす』


 下っ端の一人がアレックスに対して剣を抜いた。


 「ここが何処だか分かってない新人に回れ右していただかないと」


 『手柄を立てる良いチャンスだ』


 そう呟いて、駆ける。

 彼のステータスはそこまで悪くない。

 ただ、王都の中では埋もれてしまうというだけ。


 『すまないな、これも運命だと思ってくれ!!』


 殺気を露わに、男は蹴り上がってアレックスの上から剣を振り下ろす。


 「⋯⋯⋯⋯」


 次第にゆっくり時間が流れていくアレックス。頭の中で、そんなに経っていない前を思い出していた。


 

────

───

──


 「あの、師匠」


 「どうした?」


 鍛錬中のアレックスとガゼル。

 最後の伝授の際に、アレックスは気になった⋯⋯というよりは、不安がまだ心の中にあった。


 「お、俺は強くなれるのでしょうか?いつもこんな感じで馬鹿で脳筋ってよく言われるし⋯⋯⋯⋯」


 「⋯⋯⋯⋯」


 背を向けて煙草を吸っているガゼルにアレックスは正座で尋ねていた。


 「──気になるか?」


 背を向けたままのガゼルは笑いながらアレックスに言葉を返す。


 「はい。師匠はなんか全てにおいて負けているんです。まるで別の種族みたいな⋯⋯」


 「そうだぞ?」


 「⋯⋯へっ?」


 予想外の返答にアレックスは素っ頓狂な声を上げる。


 「正確にはお前らがわからないと思っている事を使えるようになっているというのが正解だが」

 

 「聞いてもいいんですか?」


 「答えてもいい。というか、今からお前が⋯⋯⋯⋯アレク」


 そこで言葉を止め、ガゼルは立ち上がりアレックスの方へと顔を向けた。


 「お前にその資格があるか。言葉ではなく、その身体に直接聞いてみようと思ってな」


 「ど、どういうことですか?」


 「今からお前に伝授⋯⋯になるのか。やろうとしていることは、普通に死ぬ可能性がほとんどのやり方であり、これをやるには相応の代償が必要だ」


 「死ぬ事が⋯⋯ですか?」


 「あぁ。上手く行けばお前は今後、誰よりも強くなれる可能性が生まれる。ドーグやリーナよりも遥かに。しかし賭けに負けた場合は分かりやすい。"死"がお前を待ち受けている。どうする?」


 「師匠はそれが出来たんですよね?」


 「あぁ。幸い環境のせいでな」


  「やります」


 即答だった。

 思わずガゼルも呆れるほど。


 「そうか」


 ドスの効いた低い声が短く聞こえた直後、アレックスの首を掴みガゼルは嗤った。


 「ぅぐ⋯⋯!!!!」


 「死ね」


 アレックスは困惑しながら、必死に振り解こうともがく。

 だが相手は超人⋯⋯不可能。


 「ぁ⋯⋯ァァ」


 「良いか?人というのは普段使えている能力値は5%も使えないと言う」


 「ァァァァ⋯⋯」


 「今、この瞬間も、お前は全く使いこなせていない。だが⋯⋯」


 笑いながらガゼルは言葉を溜める。


 「人にもその活性化していないものを破る裏技がある。なんだと思う?」

 

 「っァァァァァァァ⋯⋯ぅっ」


 「例えば、戦うものでなくても、何か必死にならないといけなさ過ぎて集中し時間が過ぎた経験。踊り子やその他にも極度に集中する時がある。極めた者にしか起きないソレは⋯⋯俺が知ってる言語で言うところのゾーンに当たる」


 「ガッカガガガガ⋯⋯」


 「だが俺が初めて使えるようになったのは⋯⋯⋯⋯5歳の時だった」

 

 「⋯⋯ァ」


 「何故かわかるか?毎日死にそうになってたからだ」

 

 「⋯⋯⋯⋯」


 「人というのは簡単だ。生命に支障をきたした時────爆発的な力が吹き出し、通常では考えられない極度の集中状態が続く」


 「⋯⋯⋯⋯ァ」


 「結果、そうやって人生で数回しか本来なら発現しないソレを、俺は5歳から継続的に。最初はたまたま、次は頻度が高まり、最終的にはその状態のまま維持に成功した」


 「つまり極度の集中状態を起こし、思考回路を極大的にするこのゾーンに近い状態⋯⋯アニメだと色々単語は出てくるが、生憎被るのは嫌いだ──"本能"と呼んでいる」


 「ウウッッッッッ!!!」


 「アレックス。何をしている?このままでは死んでしまうぞ?」


 悪魔の笑みが、今アレックスに向いている。歯をむき出しにしてはアレックスの顔面に寄り、見下ろすガゼル。


 「そう。本能は、死に身を任せて彷徨う無限だ。人族の本能とやらに従おうじゃないか」


 死ぬ、本当⋯⋯⋯⋯死ぬ!!

 殺す気だ、師匠は!


 「死という無限に続く海に身を任せろ。浸かれ」


 もう⋯⋯無理だ⋯⋯⋯⋯。


 コテン。アレックスの意識は完全に失い、首が前に倒れる。


 「⋯⋯なんだ。お前ならやれると思ったんだが」


 気に入ったのは俺と"同じ物"を感じたんだがな。気のせいだったか。


 ガゼルはアレックスを投げ捨て、背を向けたその時。


 「⋯⋯そうだ。やはり俺の予想は正しかったようだ」


 下半身はフラフラ。前傾姿勢のまま、ガゼルに向かってトロンとした双眸を見せながら突然有り得ない速度で襲い掛かる。


 「⋯⋯ほう?」


 アレックスとは思えない貫手がガゼルのXガードの上からでもその威力を感じるものだった。


 「中々やるようだな。だが、制御がまだまだだ。まぁ追々だ」



─────

───

──


 「あれって⋯⋯」


 リーナが驚きを隠せずにボソッと呟く。


 

 ──神門流極真空手、正拳突き。



 限界を超えた拳の弾丸が、今まさに振り下ろそうとしている男の顔面を捉える。

 あまりの威力に漫画のように仰け反り、綺麗にグルグル血が舞う。


 異変を感じた騒いでいた男は叫ぶ。


 「全員で殺れ!手加減などするな!」


 ドンドンアレックスへと向かう荒くれ者の冒険者たち。


 上から剣と人が落ちてくる。

 だがアレックスの体感は時間の流れが極端に遅くなっていた。

 

 そして次は、伝授が終わった時のガゼルの言葉を今度は思い浮かべる。


 

────

───

──



 「し、師匠!」

 

 「うん?」


 「僕、やっぱり不安です⋯⋯」


 アレックスがそう呟くと、ガゼルが両手にポケットを入れたまま肉眼では捉えられないような足の突きが迫る。


 がしかし、アレックスは本能でそれを察知して避けた。


 「おまえは馬鹿か?」


 腰を折りたたんでガゼルがアレックスを見下ろす。

 次の瞬間、ガゼルは悪魔のように表情を歪める。


 「誰が教えたと思ってるんだ」


 「⋯⋯え?」


 「おまえは俺の真似をするのが好きなようだな」


 「え?は、はい!美しかったので」


 「鍛錬中にお前の体に俺が技を刻んだ。そしてそれを⋯⋯お前は学んだ今のお前は⋯⋯」



────

───

──



煙草を吸いながら背を向けてアレックスに悪魔の笑みが向く。


 ──「お前はそんじょそこいらの雑魚に負けるのではなく、負けられなくなる」


 

 『死ねぇ!』

 『喰らえ!』


 「あれは⋯⋯」


 今度はドーグが呟いた。

 アレックスが見せた技。それは、ガゼルが冒険者ギルドで見せたその場で少し垂直に浮いて迫りくる冒険者たちを拳で一瞬で豪快なスイングで屠る技だった。


 トロンとしたアレックスの瞳を見る度、二人は冒険者ギルドで起こったあの場面を彷彿とさせた。


 「⋯⋯雑魚共が」


 まるで憑依したように両手をポケットに入れてはリーダー格へと笑ってそう言い放った。


 「なっ⋯⋯!?」


 続けざまにやってくる冒険者たちをポケットから手を出すことなく回し蹴りを贈り、その場で少しまた浮いては回りながら嗤って足の突きを見舞った。


 オリジナルに比べて威力は劣るが、まさにガゼルという男の動きそのものだった。

 

 

 ──「でも不安です」

 ──「そういう時はこう思え」


 座るガゼルがアレックスの方を見ると、たった一言こう言った。



 ──「これから色んなやつに出会うことになるだろうが、ソイツ────俺より強いのか?S級冒険者よりも俺の方が強い」



 ガゼルの表情を思い出し、アレックスはニヤリと笑って冒険者たちを圧倒した。


 『くそっ!動きが不規則だ!』


 ──ボクシング、ウィービング。


 八の字に体を動かしながら冒険者たちの攻撃を避け、


 ──テコンドー、飛び掛け蹴り。


 複雑な蹴りの軌道。まさにガゼルを思い出すようなその連撃は、二人も驚きを隠せない。


 二人から見たアレックスは、ガゼルの影と完全に重なった。


 「⋯⋯これが」

 「あれが新人?」


 その中で見ていた数人の冒険者が何気なく呟いた一言。この先、アレックスを筆頭とした蒼き星は、A級冒険者としてすぐに格上げされる事件となった。


 伝説には及ばないが、後に名を残すこのパーティーの王都進出の始まりだった。

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