墓守の腕時計

紫陽花の花びら

第1話

 決まって夏になると、縁側でボツリとボツリと話し始めるんだ。祖父はあの時代の話を。 

私は、知らない世界に這入り込むような感覚で聞いていたような記憶があった。

その日祖父は、ハンカチに包まれている何かを私の前に置き丁寧に広げた。

「古い時計だね」

「うん、爺ちゃんの宝。戦友から預かり物。爺ちゃん達のいた南の島は負け戦だった。

 ある日、朝の点呼時に見知らぬ兵士がシャベルを杖に足を引き摺りながらわしの横に並んだ。

篠山さんと言ってな。別部隊の人だった」

「何で?」

「戦死した兵士の認識票を集める為に残らされたとかで、後から来るわしらの部隊と合流するように命令されていたんだ」

「なんでその人が選ばれたの?」

「新兵だから」

「新兵辛いね。何日位ひとりだったの?」

「……二週間。うちの部隊が予定より十日以上遅くれたから」

「俺無理。怖すぎ……悲し過ぎ」

「だな。元々兵隊は皆栄養失調だったけど。食べ物も無くなり、脚も怪我していた篠山さんは立っているのがやっと。それでも、二日で体力が戻れば連れて行けるが、戻らなければ置いて事になってな」

「置いてく? 篠山さんを。嘘……酷いじゃない……」

「でも、誰も文句は言えないんだ。上官も苦渋の決断だよ。彼と上官はやや暫く話し込んで、そこわしが呼ばれた。そして上官からシャベルを渡されたんだ」 

 その夜祖父は篠山に部隊から離れた幾つもの小山のある場所に案内された。

そこに着くと、篠山は足元にある窪みの中にゆっくりと横になった。

「田山さん星が綺麗です……何処で見ても星は星です。変わらんのです。素晴らしいですね。自然は」

「わしも寝たよ。綺麗だった。星の絨毯が空一面に隙間なく敷きつめられて。何だか判らんけどふたりして号泣したよ」

「なんか辛い……」

「うん。言葉にならん」

 それから篠山は上着から腕時計を出して祖父に渡したそうだ。

「最初に戦友を埋めた時間で止めたんです。時を止めた。それから幾つもの墓を作り、必ず行くから待ってろと。最後の川は共に渡ると約束してきました。だから私を埋めたらこのネジを巻いて欲しい。やっと墓守は終わりだ。それから薬飲んでますから。じゃぁいずれまた!」

そして篠山は静かに目を閉じた。


祖父は最後の土を盛るとネジを巻いた。時計は当然のように動き出し時を刻み始めたそうだ。

 あの話をして私に為てから、少しして祖父は旅立った。

勿論、時計は遺骨と一緒に。

爺ちゃん時計為てる? 

篠山さんに逢えた?










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