第一試験
会場全体から息を呑む音が聞こえた気がした。
俺が地面に降り立った時には大半の参加者が気絶し崩れ落ちていた。
何人かは武器を構えることができた。しかし殆どがガタガタと身体を震わせているだけで何もできていない。
例外はわずか数名だけだった。
「うわあああああ!!!」
悲鳴じみた声に視線を向けると、杖を構えた青年が突っ込んできた。
見れば顔が恐怖に歪んでいた。ただ恐怖を紛らわそうとしたのかもしれないがそれは下策も下策だ。
……なんで杖で突っ込んでくるんだよ。
思わず失笑が漏れる。魔術師なら魔術で戦え。
そんな俺の態度に我に帰ったのか青年が恐怖を押し殺し顔を引き締めた。杖の先に魔術式を記述している。
流石は勇者パーティの募集に参加するぐらいだ。ただの弱者ではないらしい。
しかし何もかもが遅すぎる。青年は既に俺の目の前にいる。
……黒刀を出すまでもないな。
俺は杖を素手で掴み、青年を身体ごとぶん投げる。杖の先から現れた火の玉はあらぬ方向に飛んでいった。
それに学んだのか、舞台の前方に居たフードをかぶった魔術師然とした三人が魔術式を記述している。
距離を詰めて制圧する事は簡単だ。しかしそれでは試験にならない。
……初めてやるけど……!
俺は拳に闇を纏わせる。
同時に三人から魔術が放たれた。
火の玉、岩の礫、氷の弾丸が迫る。だけど速度はそれほどでもない。俺はそれぞれを拳で打ち砕いていく。
「……終わりか?」
挑発するように笑いかけてやると、彼らは眉を顰めて巨大な魔術式を書き始めた。
……全員でそんなバカみたいにデカい魔術を使ってどうする。
ため息を隠しきれなかった。
状況判断が最悪だ。一人が最大火力の魔術を使って他の二人が牽制すれば良いというのに。
勇者パーティに参加希望なのだからそのぐらいはやってみせろ。
……ダメだな。
この三人は失格だ。俺らの仲間になれる力量ではない。
俺は一歩で距離を詰める。
「……!?」
あまりの速さに魔術師達が驚愕して魔術式が乱れた。
古武術の縮地法に魔力を合わせた高速移動方法だ。だけれど爺はただ縮地と呼んでいた。
といっても俺には魔力がない。だから本来できるはずのない物なのだが、爺のを見様見真似でやってみたら何故かできた。
爺には「何で出来るんだよ!」と言われたが俺にも何で出来ているのかはわからない。
俺の扱う闇が代わりを果たしているのだろう。
俺は三人の意識を順に刈り取っていく。
この攻防を見ていて我に帰った魔術師が十数人。一気に魔術式を記述した。
だけど今まで何も出来ていなかった魔術師達だ。何の脅威でもない。問題は――。
俺は一際、強い気配に目を向けた。
後方。そこには燃え盛る槍を構えている男がいた。
……いた。
無意識に口角が上がる。
そこらへんの有象無象とは明らかに格が違う。別格だ。
年齢はおそらく三十代前半。無精髭を生やしたおっさんだ。
くすんだ金髪を撫でつけた偉丈夫で顔は整っている。手にした槍からおそらく中衛の魔術師だ。
俺とおっさんの視線が交差する。すると隠すのは止めだとばかりに槍から猛炎が噴き上がった。
それと同時。おっさんのはるか後方にいた魔女帽を被った少女が巨大な魔術式を記述し始めた。
……こっちもやるな。
少女は灰を被ったような銀髪で、黒を基調としたゴシックドレスを着ていた。幼さの残る顔立ちから俺よりも年下だと感じる。
そんな少女が目を見張るような魔力を使い術式を構築していく。その魔力量は高校の屋上で戦った時のカナタにも勝るとも劣らない。
俺が意識をどこかに向けるのを待っていた。そんなタイミングだ。
この少女は自分が近接戦に弱い魔術師だと理解した上で
本当は術式の構築を阻止するのが得策だ。しかしおっさんを警戒しなければならない以上、それは出来ない。
二人は離れた位置にいるから仲間ではないと思う。それにしては連携が上手すぎる。
おそらくどちらも実戦経験が豊富なのだろう。
「オラァ!」
まず動いたのはおっさんだ。手に持った槍を投擲する。空気を焼きながら赤い流星となって突き進んでくる。
タイミングも絶妙だ。周りの魔術師たちが魔術を発動させたタイミングを狙ってきた。
そこで少女も動いた。完成していた魔術式に魔力を流し込み魔術へと昇華させる。
――呪属性攻撃魔術:呪腕千葬
少女が作り出した魔術式が黒く発光し、空間に黒い孔を作り出す。孔の底から無数の黒い腕が出現し狙いを俺へと定めた。
状況は刻一刻と悪くなっていく。
おっさんと少女はどう考えても一流だ。他の奴らとは文字通り格が違う。
だからこの二人以外が鬱陶しくて仕方がなかった。
「……第三封印解除」
闇が濃く、深く、濃度を増していく。それを俺は自分を中心として半円状に広げ魔術を防ぐ。
だが、これではおっさんの炎槍は止まらないだろう。優先したのは邪魔な魔術の排除だからだ。威力の高い攻撃は防げない。
俺の予想通り、炎槍は闇を突き抜けた。
だから俺は闇を凝縮させ手に纏わせる。そして今まさに胸に突き刺さろうとしていた槍を掴み取った。
その時には半円状に展開していた闇を無数の黒刀へと変えていた。そのまま迫り来る無数の腕を迎撃すべく射出する。
それで終わりではない。受け止めたばかりの槍を少女目掛けて投擲する。
そのままおっさんにも攻撃を加えるべく目を向けた。
……いない?
先程までいた場所におっさんはいなかった。代わりに首筋にピリピリとしたわずかな殺気を感じた。
即座に闇を背後に展開し硬質化させる。一瞬の後、甲高い音が鳴り響いた。
そのまま背後を見もせずに回し蹴りを放つ。
「ぐっ!」
くぐもった声が聞こえ、俺は足を振り抜いた。おっさんが吹き飛び壁に激突する。手には先程まで持っていなかった短槍があった。
ちらりと少女に視線を向けると黒刀の対応で手一杯の様子。
俺は一振りの黒刀を掴むと、まずはおっさんを行動不能にするべく追撃を仕掛ける。
しかし俺は一つ見落としていた。
おっさんがニヤリと笑った事でそれに気が付いた。
少女に向けて投擲したはずの槍が
すばやく周囲に視線を走らせるが槍はない。
おっさんはその一瞬で体勢を立て直した。
……くそ! ブラフか!
わざわざ笑って見せたのは俺を警戒させて一瞬でも攻撃を遅らせる為。その証明に、おっさんの手には投擲したはずの槍が握られていた。
上手い。思わず感心してしまう程に戦い慣れている。戦闘経験という点では俺を上回る。
だから俺はもう一段階ギアを引き上げる。
「第四封印解除」
闇が胎動し、膨れ上がる。殺戮衝動が顔を出す。だが平気だ。このぐらいでは俺は二人を殺す事はできない。相手にしているのはそれぐらいの強者だ。
俺は黒刀を大太刀へ変え、おっさんに肉薄する。
少女に魔術を使わせない為、黒刀の弾幕を増やしておくのも忘れない。
「くっ」
少女の苦悶の声が後ろから聞こえた。危なければカナタが止めるだろう。
――さあ第二ラウンドの開始だ。
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