中編

 この病院には男の魔女がいる。

 二十年以上の時を超えてもなお、容姿に変化がない盲目の魔女が――。


「すみません、御堂桐弥さんの病室はどちらでしょうか」


 病院の受付窓口にて、あの頃より幾分も低くなった声で尋ねる。背の高かった建物も今では小さく見えた。


 古賀巽、十八歳。

 あの約束から十年が経過した。


「こんにちは。えー、御堂桐弥さんですね。失礼ですがお知り合いでしょうか」


「……はい、友人です」


 躊躇いが発生するものの、素直に今の……正確には昔の交友関係を述べる。カタカタと

女性看護師がパソコンを操作している間、高鳴る胸と緊張が同時に走った。


 ――魔女の噂が一切ない。


 不安が蔓延る。前はあんなに聞こえた会話が存在しない。伸びた身長の影響か、大人たちの取沙汰も。


 生きているのか、死んでしまったのか。退院したのか、していないのか。それすらも知らない。


 成人を果たした姉貴には確認してから行った方いい、と告げられたが先生に……桐弥さんに逢いたい、約束の再会を果たす。その想いだけで思考を放棄して来てしまった。


「お待たせ致しました。御堂桐弥さんの病室ですが」



 §


 四階、中央階段を上がって右へ。食堂を過ぎた先、一番奥、この階で一番広い部屋が姉のかおりが入院していた場所。並びに彼と初めて出逢い、憧れを超えた恋心が芽生えて、再会の約束をした――。


「先生っ!」


 勢いに任せて扉を開く。

 同室及び、周囲には人の気配はない。ただ一人、びくりと肩を震わせたベッドの青年が視えない瞳でこちらを向いた以外は。



 ……彼は、御堂桐弥さんは存在した。


 あの頃と、十年前から何も変わっていない若い姿のままで。


「こ、こんにちは。……あれ、今日って誰か尋ねて来る予定はありましたっけ。ええっと、

大変恐縮なのですが、どちら様でしょうか」


 押し黙る。

 わかっていることだった。彼の目はオレを映さない。いや、見えたところで約束を覚えている保証なんて何処にもないのに。


 ……くそっ、もしかしたらなんて期待していたとか。感動よりも自分の不甲斐ない行動が恥ずかしさを上回ってしまっている。まずは謝罪と、名前を名乗らなくては。、なのだから。


「……突然押し掛けてしまってすみません。オレ、古賀巽という学生なのですが」


「学生さん、声質と足音の感覚から高校生くらいですかね? ふむ。珍しいお客様と言いますか……あ、ご丁寧にありがとうございます。俺は御堂桐弥です」


 軽い一礼。何度も頭の中で繰り返したその挨拶に虚しさだけが積もった。


 ――やはり彼は覚えていない。当然だろう、十年も前な上、たった三ヶ月の、数回しか逢ったことない子供との約束事ことなんて。


 ……逃げたい、逃げ出したい。この場から消えるように。どうせ彼はオレの姿なんて確

認出来ないし、このまま無言で立ち去ったところで何も問題なんて。


「ふふっ、嬉しいです」

「う、嬉しい……ハッ!」


 浅はかにも反応をしてしまう。逃げる隙が……こちらだけ把握済みの自己紹介後、意外な言葉の始めに対してまったく芸のないオウム返し。


「ええ。この病室、角にあるので人通りも少なくて……今は隣の方もいらっしゃらないので、定期健診の看護師さん以外だと久方ぶりです、誰かとこうして談笑するのって」


「……そう、なんですか」


 孤独、独りぼっち。彼が支えにしているものって一体何だろう、ふと疑問が湧いた。


「はい、ここ十年くらいは不在ですかね。少々寂しさは感じますが…… 仕方の無いことですので」


 彼は自身の右目を探るように撫でながら、苦笑に近しい薄い笑みを浮かべた。

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