第26話:こども美夜子
「茅実ちゃん」
「…………」
「あの……ちょっといい?」
「………………何?」
「ご、ごめんね? 本を読んでるところ悪いんだけど、先生が職員室に来てほしいって、その伝言を――」
「……そう」
私の大変そっけない対応に、声をかけてきたクラスメイトが悲しそうにしながらその場を離れていく。すぐに数人の女子が彼女を囲んで慰めると、その拍子に「茅実ちゃんはいつもああだから、気にしなくていいよ」という声がかすかにコッチまで届いた。
――ええ、そのとおりよ。だから邪魔しないでもらえるかしら。
口には出さずとも態度で言いたいことは十分伝わっている。
だから、子供の時から私の周りには人がいなかった。元々いいとこの家系で、土地をいっぱい持ってる地主でお金持ち。ソレは、周りと自分に壁を作るキッカケとして悪い意味で作用してしまい――人との接し方を歪める一因となった。
……なんて意味深にするとちょっとミステリアスかもしれないけど、要はアレよ。なにやら会う人会う人みんなが私に対して気を遣っていて、誰も本心から接しようとはしなかった。
その結果生まれたのが、コミュニケーション下手で周りと足並みを揃える気のないボッチちゃん。小学生のクラスメイト達が休み時間になる度に一緒に遊んだり楽しそうに話してる中、孤独に暗いオーラを纏ってひたすら静かに本を読んでるだけの面白みのない子よ。
この時はまだ変なあだ名はついてなかった、はず。
陰口で『暗い』とか『怖い』とか『いつも不機嫌』なんて言われたりはしたけれどね……フフフッ、全員呪ってやろうかしら。
ただ、私が内心でダークでヤバイ事を考えていようが話しかけるなオーラ全開でいようが、声をかけてくる酔狂な人はいるもので。
「美夜子ちゃん! 今日は一緒にドッジボールしに行かない?」
そういう人に限ってまた珍しい特徴があるのか。
躊躇なく私に話しかけてくる男の子――時銘 空也は日本人らしからぬプラチナブロンドの持ち主だった。
◆◆◆
「……嫌。あんなので楽しむ人の気がしれないわ」
自身の運動神経が壊滅的であると理解していたため、私のそっけなさにも拍車がかかった。高校生になった今の私でも同じ返事をするかもしれないが、相手は選ぶだろう。少なくとも、クゥちゃんに誘われたのにそんな言い草はない。
「それなら将棋は? 駒と盤はすぐに借りてこれるよ」
「……それならまだ――」
「よし、じゃあ行ってくるよ。すぐ戻るね!」
私の言葉を最後まで聞かずに、クゥちゃんがぴゅーっと教室を出て行く。
本当なら「それならまだ出来るかもしれないけど、私は本を読んでいたいの。だから邪魔しないでくれる?」と続くはずだったのに。
「はぁ……」
半ば強引に私の対局が決まった。
必要な物を揃えて戻ってきたクゥちゃんは、とてもボコボコに負けてしまう。少しは将棋を知ってる私とほとんど知らないクゥちゃんでは自明の理なのだが。
「またやろう。次こそは勝ってみせるよ」
負けても負けてもクゥちゃんは楽しそうだった。
時間が出来ては彼は私を遊びに誘う。その程度で私のぼっちっぷりが解消されることはなかった……と思う。
ただ言えるのは、
「茅実ちゃんは時銘くんとは仲良しだよね」
「時銘くんは誰とも仲良しだよ。いつも誰かと一緒で楽しそうにしてるじゃない」
こんな感じに女子達がキャイキャイしてるのが聞こえると、少なからずムカッとするものが芽生え始めたのは間違いない。
『……何よ、私以外にも遊べる相手がいるならそっちで勝手にやってればいいじゃない』
ってね。
◆◆◆
小学校の間はずっとそんな感じ。
フレンドリーなクゥちゃんは、普通なら男女に分かれてグループができあがるのを気にも留めず、誰とでも仲良く接していたけど……よくよく考えなくても割と私に話しかけてくれていたように思う。
ある日、将棋を打っている途中の事。
「ねえ、何か理由があるの?」
そう尋ねた私に、彼はこう答えた。
「誰かと何かしたいのに理由なんていらないよ」
はぐらかされた気分になった私が咎めると、珍しく渋っていたクゥちゃんは「あるとしたら、程度のものだけど。内緒だよ?」と気恥ずかしそうに話してくれた。
「覚えてないと思うけど美夜子ちゃんがさ、何を気にすることもなく話しかけてくれたんだ。ほら僕、こんな髪だからさ」
クゥちゃんの髪は遺伝によるもので、黒髪ばかりの日本ではとにかく目立つ。おそらく私なんかでは窺い知れない苦労があったのだろう。
親の影響――その点においては私達はある意味似た者同士なのかもしれない。ただ、私が闇属性ならクゥちゃんは間違いなく光属性。しかもとびっきり明るい光を放つ、太陽みたいだ。
そんなクゥちゃんに話しかけたことを、当時の私が上手く思い出せなくて困っていると彼はみずからその時のエピソードを語ってくれた。
「社会科見学であちこち見て回ってたとき、僕は自分の班がいる場所がわからなくなっちゃってさ。要するに迷子だったんだけど」
その時、彼は私に助けてもらったらしい。
なんでも集合場所に連れて行ってもらったとかかんとか。
そこまで説明された事で、私もようやく思い出した。
なんで上手く思い出せなかったかと言えば、色々と誤解があったからだ。
あの日の私は、わざと班行動から離れていた。
誰かと一緒なのが窮屈でつまらなくて、勝手な単独行動をしていたのだ。そんな折にクゥちゃんに“見つかった”と私は思った。そこで迷子になってるクゥちゃんを連れて、予定どおり集合場所へと向かったのだけど……。
はっきり言おう。
アレは“人助け”ではなく、“口止め”だった。
クゥちゃんから私のやってた事がバレたら後々面倒になると考え、口では色々言ってはいたものの実質交換条件を持ちかけたにすぎない。
なので、当時のエピソードを美談として語られると罰が悪くて仕方なかった。
そう思ってくれていた方が都合がいいのもあって訂正もしづらかったし……。
以降は、クゥちゃんと遊ぶ機会を増やした。
ちょっとした罪滅ぼしや懺悔のつもりで。
「美夜子ちゃんは将棋強いな~」
「く、クゥちゃんも……上手になってきてる、よ?」
そうこうしている内に、私は彼の事をちゃん付けで呼ぶようになる。
いつしか彼から『美夜子ちゃん』と呼びかけてもらえるのが、嬉しくなっていた。
同時に。
割と早い段階から、私はクゥちゃんにちょっかいをかけてくる子たちに対して、かなーりの嫉妬をするようになっていったわけで。
偶に、そう本当に偶にだけれど。人には言い辛い行動に及ぶ事もあって、それが変な形で人から人へと伝言ゲームしていった結果が、
――《重愛のヤンデレ》――
誰がつけたか、中々に人をこばかにした面白ネーム。
割と茅実 美夜子という人間を的確に表わしているような気がほんのりするのも腹立たしい。
まあ、複数あるエピソードの内で代表的なのは……アレでしょうね。
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