第19話:美夜子氏、たくましい妄想でミスる

「……あそこは確か、空き教室のはずよね」


 《重愛なヤンデレ》こと、茅実 美夜子が柱の影に隠れながら呟いた。

 どこかで見たことのある小柄なギャル(※名前は忘れた)が空也を連れて行くのを見かけた美夜子が辿りついたのがココだ。


 常識的に考えて、まさか白昼堂々と空也が何者かによって拉致されたとは思いにくいはずなのだが、美夜子の中ではその可能性は大分高めに設定されている。その前提にあるのは『自分だったら必要に迫られればやるだろう』というヤミを感じさせる思考であり、常日頃から空也に対してストーカーすれすれな行動をしてたりする点などは棚の上にぶん投げてたりする彼女ならではの感性だ。


 ただし、別に空也に害が及ばないのであれば特に何かするわけでもない。

 空き教室から出てきた際には偶然を装ってまたお昼ご飯にでも誘おうとする程度のものである。


 逆に、もし空也に何かあった場合――。


「……二度とそんな気が起こさないように処理しなきゃいけないわ」


 耐性のない一般人が目撃したらビビッて逃げ出すレベルの恐怖漂わせる声色を発しながら、美夜子は携帯している小さな鞄の中を漁る。この世は危険に満ちており、いつ何時に危険人物に遭遇するかわからないという理由(建前)によって、その中にはけっこー危険なアレやソレやが入ってたりするのである。

 以前、偶然その中をちらっと見てしまった生徒がいたが、美夜子の秘密が漏れていない辺りちゃんと『見た物を忘れる』約束を守っているのだろう。


「うふふ……クゥちゃんは私が守るんだから」


 いつも以上にキレッキレッのヤミワードをぼやきながら、彼女はしばしその場で待機した。そうこうしていると、


「あー、アタシちょっと用事思い出したから行ってくるっすー。あとはごゆっくり~!」


 空也を拉致(※予想)した女子生徒が、教室から出てきてどこかへピューーと走り去っていった。しかし空也が出てくる気配はない。

 ならばと、美夜子はゆっくり空き教室へと近づいて入口のドア付近で耳をそばだててみる。


 そんなスパイみたいな行為に及んだ結果……。


『あ、そこは! んんッッ』

『ご、ごめんなさい。痛かったですか?』


 耳を疑うような、艶めかしい女の声と謝る少年の声が聞こえてきた。


「え?」


 思わず美夜子の口から小さな驚きが漏れる。


(まさか、そんなはずが……なんで中からあの女とクゥちゃんの声が……。というか今のって……ナニをしたらあんな声が……??)


 美夜子は脳裏に浮かんだ第一候補を真っ先に打ち消そうとして、失敗した。声からして教室内にいるのは佳鈴と空也で間違いないのだが、その二人がまさか映画のベッドシーンのようなことを学校で?? いやいや、それはもはや大人向けの映像作品じゃないのよウソウソないないそんなモザイク必須の行為が扉一枚隔てた向こうで行なわれるなんてアリエナ――。


『ふあ!? そ、そこ! そこ揉まれるのめっちゃ気持ちいい』

『ココがイイんですか? じゃあもっとヤっちゃいますね』

『ひぅん!!?』


 さらに聞こえてきた会話が、美夜子の頭の正常性を吹っ飛ばしにかかる。

 もうコレは完全にギルティではないか。遂にあの女は本性をあらわし、クゥちゃんをその毒牙にかけようとしている。そして、私の脳を破壊しようとしているのだ。


(ゆ、許せない……。あ、でもクゥちゃんって意外と攻めなのね、メモメモ……)


 もし自分がそういうところまで行きついた際には、クゥちゃんに容赦なく攻められるのもいいかも……。もう美夜子の脳内未来予想図は自分がイイ感じに空也に押し倒されてる妄想が八割を占め、相手の女に対する憎しみは二割以下だ。

 かといってその二割は十分強行突破に移行する動機になりえるわけであり、


「……クゥちゃん、今助けるわ!」


 もはや聞き耳などというまだるこっしい状況を破棄して、美夜子は遠慮なく空き教室のドアを開け放っていた。


「本性を現したわね女狐め。さあ、今すぐ私のクゥちゃんを解放し――」


「いたたたたたた!? ちょ、クーちん! ギブギブ! それはさすがにきびし、あははははは♪ ダメダメ、効きすぎて笑いが止まんなくなっちゃう」

「でも、こうやってふくらはぎを揉むとダルさがすぐにとれるっておばあちゃんが言ってたので。もう少し我慢してくださいね、もうすぐほぐれますから」


「いやいや、さっきもそう言って――――あれ? 誰かと思えば美夜子じゃん、どしたんそんなとこで」

「え、美夜子ちゃん?」


 きょとんとした顔で、佳鈴と空也が入口に立っている美夜子を見てくる。

 そこで行なわれていた行為は決して学校内における不純異性交遊的な××××ではなく、椅子に座っている佳鈴のおみ足をしゃがんだ空也がマッサージしているだけの健全なものだった。


「…………」


 超高速の現状把握によってついさっきまでハイライトの消えた瞳になっていた美夜子に一気に光が戻る。同時に、自分がいかにアホな勘違いをしていたかを恥じた上で、この場をどう切り抜けるか。どうすれば自分のためになるかが幾重も浮かんでは消え、浮かんでは消え……。


「……わ、私は、その……今頃になって足が痛いから……クゥちゃんに診てもらおうかなって。それで探してたら、声が聞こえたから……」


 結局、ものすごく微妙で曖昧な返答になった。

 だがしかし。


「何ができるわけでもないでしょうけど、僕で良ければいいですよー。佳鈴さんが終わるまで、待ってもらえますか?」


 そんな微妙で曖昧な物言いを一切気にした様子もなく、空也があっさりと満点の回答をしてしまう。


「あ、ありがとう……ごめんね?」


 それでますます、美夜子は恥ずかしそうに身を縮こませるのであった。





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