第12話:陰と陽だけのレアイベント

「ひぃ、ひぃ……ね、ねぇ」

「なに?」


「なんで、私は、ひぃ、……あなたと一緒に、歩いてるのかしらっ?」

「そら、あんたが死にそうな顔でいるからっしょ」


 キツイ登り道に入ってから、再びしんどさがぶりかえしてきた美夜子に対して佳鈴は汗を流してはいるが比較的平然としていた。ここにも両者の運動能力差が出ているといっていい。

 つまり、その気になれば佳鈴はもっとさくさくゴールを目指せるはずで、美夜子はお荷物になってるとも言える。少なくとも美夜子はそう感じていた。


(クゥちゃん、どれくらい先に行けたかしら。……私に構った分だけ遅れちゃったものね)


 本当なら空也と合流できた時点で美夜子としては一緒に行きたかった。しかし、両者ではペースが違い過ぎる。一緒に行くのであれば遅い方に合わせねばらないため、必然的に参加者の中で最も遅い美夜子のペースになる。

 それは空也にデメリットしかない。


 このマラソン大会はゴールすればOKなルールだが、それはそれとしてタイムが早い者には成績の加点や副賞などのご褒美があるのだ。

 それらは空也の足なら十分狙えるものだ。


 ゆえに、心配して足を止めていた空也を美夜子は「先に行って」と送り出した。あの時に佳鈴が「あたしが付いていくからへーきへーき♪」と後押ししてくれなければ、彼はさらに足を止めていたかもしれない。


「……光笠さん」

「んー?」

「…………あ、ああ、ありがとう」


 本来とても感謝しづらい相手に対してのお礼は、大分噛んだようなものになってしまった。体操服+腰巻ジャージ姿の佳鈴がくるりと振り返る。


「なにお礼なんて、美夜子らしくもない」

「……クゥちゃんを先に行かせるために、フォローしてくれたでしょう」


「え、そっち? 今更?? てっきり一緒に歩いてくれてとかだと思ったのに」

「それは……あなたが勝手にやってるだけだもの」


「おーぅ、これまたトゲトゲしてるわぁ。あんたが今首からかけてるタオルも飲んでる飲み物もあたしのだし、マラソン大会はのんびり歩こうが友達とダベりながら進もうがルール違反じゃないって教えてあげたりしたのもあたしなんですけど~?」


「そ、それ……は、感謝してるわよ。……ちょっとは」

「もっとふつーに素直に感謝できないんかね、あんたは……」


 佳鈴が呆れ顔で至極ごもっともな指摘をしてくるが、美夜子からすれば佳鈴に対して素直に礼はしにくい。今回なんとか感謝の言葉を口にできたのは空也に関係していたからであって、自分が助けられた事だけなら言えなかった可能性は高い。


 《NTR好きの女神ギャル》などと噂されるライバルに対して好意的に接せられる程、美夜子は心が広くないのだから。


「まあいいけどね~。あんたに感謝されたくてこうしてるわけじゃないしぃ」

「理由もないのに人助けなんて、さすが女神様はやることが違うわね?」


「いや女神とか関係なくない? ひぃひぃ困ってる人を見かけたら助けるのがふつーっしょ。あんただって『目の前にどう考えても喉が渇いて死にかけてる人』がいたら持ってる飲み物分けるよね?」

「…………そうね、そのとおりだわ。……ごめんなさい、さっきのは私が悪いわね」

「そんなこの世の終わりみたいに!? 別にそこまで落ち込まんでもいいっしょ! 嫌味が強すぎたらあたしも言い返すしね!」


「うっ」

「なんで呻いた」

「あなたが眩しくて……ねぇ、もっと光度下げられない?」

「生憎そんな機能はついてないし発光もしてないから! 逆にあんたこそ暗いオーラはなんとかならんの? そんな状態でマラソンしてても辛くない?」


「……無理。この行事に参加してる時点で憂鬱だから」

「まぁ、気持ちはわからんでもないわ。正直ダルいしメンドクサイよねー、なんで全員参加にしたんかねまったくもう」

「そこについては……完全同意だわ」


 たまたまではあるが、二人の気持ちは大分同じものになる。それはいつもだったら空也を巡って言い合う彼女らにとってはかなり珍しい。常にいがみ合っている――とまではいかないが、美夜子と佳鈴の相性は悪い方だ。


 だから、この二人だけで居る状況はこれまでほぼ無かった。

 だからこそ、佳鈴は珍しくこんな話を振ったのかもしれない。


「ねぇ、美夜子さぁ」

「……?」

「いい機会だと思うしだんまりなのもつまんないから、ちょっとあたしとお喋りしようよ」


 ――この女、一体何言ってるの?


 そんな疑問が美夜子の口から飛び出す前に、どこか悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべながら佳鈴が続ける。


「あんた、食べ物は何が好き? 今食べたい物ある? あたしはねー、ファミマのストロベリーフラッペが飲みたいな~」



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