たまみがき

 ケルは手負いのモモを背負い、ようやく長老たちの居る山へと着いた。沢山の動物たちは、二人の帰りを心配しながら待っていた。モモが手を振って存在をアピールすると、勢いよく駆けつけて来てくれた。口々にアレやコレやと質問するので、モモとケルは困惑してしまった。

「静かに!!!!!!!!!」

またも、マロンから一喝が入る。すぐに静かになると動物たちをかき分け、3匹のリスが二人の前に現れた。

「お侍さん、大丈夫?」

「マロンさん!」

「怪我してるの?」

「背中をザックリと。へへ。」

「笑い事じゃない!すぐに治さないと。」

「木の根に寝かせるチ!」

「薬を持ってこさせるデ!」

長老2匹は、それぞれ動物たちに指示を出した。マロンは二人を木のそばに案内した。ケルは木の根に座り、モモは用意された大きな葉っぱの上に、うつ伏せになって横たわった。鬼備弾衣は解除し、着ていた服を脱ぎ、金太郎に切られた傷を明らかにした。ザックリと切れた背中に、持ってきてもらった薬を垂らされる。余りの痛みに、流石のモモも叫ぶ。

「痛ぇーーー!!!」

「我慢しろよ。」

「イッテェんだから、無理だ!」

「頑張れ頑張れ。」

「うおぉーー!!」

「しみてんなぁ。」

「くあぁー!」

「金太郎に切られた時より、痛そうだな。」

「……………………」

「死んだ?」

治療されるモモを見ながら、ケルは茶化す。

「お前、逆の立場になったら覚えとけよ。」

「おぉ、怖い怖い。」

「ケル?」

「ん?」

「少し寝るから。」

「ヘイよ。」

「後のことは任せた。」

「了解。」

モモは疲労回復と養生の為に、一眠りする事にした。ケルは立ち上がると、周囲の警戒を始めた。一連の出来事で何ものかが攻めてくるかもしれないし、金太郎が諦めていない可能性もあった。モモの代わりに戦うことに備えながら、用心深く辺りを見回った。マロンと長老2匹はモモの怪我の看護をし、塗られた薬の上に置いていた葉を取り換えたり、汗や汚れを拭いて綺麗にしていた。他の動物たちは食料をかき集め、お祭り騒ぎの準備をしていた。


 モモが目覚めた時には、既に暗くなっていた。ほとんど太陽は沈み、ケルが大きめの焚き火に火をつけている所だった。モモはゆっくりと起き上がり座ると、ケルも横に座った。

「怪我はどうだい、大将?」

「良い感じだよ。」

「そりゃ良かった。」

「みんなのお陰だ。」

「お礼、言わないとな〜」

「何か動きは?」

「別に。何も。」

「なら、良いや。」

二人が話していると、マロンがやってきた。

「起きたの?」

「いま丁度。傷の手当て、ありがとうございました。」

「良いの良いの。それより、お礼を言うのは私たちなんだから。」

「そうですか。」

「感謝しても、仕切れないわ。」

「そこまででは。」

他の動物たちも気づいて、集まって来た。野菜や果物、焼いた魚などを手に持ち、美味しそうに食べていた。大きな葉っぱに沢山の食べ物を載せて、二人の元に運ばれてきた。早速、食べ物に手をつけ、頬張る。動物たちは歌い踊り、二人を楽しませた。


 しばらく、お祭り騒ぎのどんちゃん騒ぎが行われていた。みんなが盛り上がっていると、遠くから大きな何かが近づいてきた。ケルは気付いて、警戒を始めた。徐々に近づき、そばにいた動物から静かになり、焚き火の明かりに照らされた。それは、熊に乗った金太郎だった。モモとケルの目の前で止まると、周囲は完全に木が燃える音だけになった。二人は自分の武器に指をかけ、念の為に備えた。

熊から降りると金太郎は、二人の目と鼻の先に立つ。ケルは片腕をモモの前に出して牽制しつつ、金太郎に質問した。

「何の用だ?」

「……」

「やるなら今度は、オレが相手だ。」

「………………」

無言の金太郎は、突然、土下座をした。

「おいが、わるかった!」

「あん?」

「おいが、わるかった!!!」

「だとよ?」

急な謝罪に、モモは問いかける。

「謝る事は簡単だ。」

「……」

「大事なのは内容だ。」

「…………」

「何が悪かったか、説明してみろ。」

「おいは、あんなマサカリをもらったせいで、ミンナにメイワクをかけた……」

「具体的には?」

「キをきりまくって、ハゲヤマにしちまった……」

「そうだな。でも、マサカリのせいじゃないよな。」

「おいが……弱いから…………」

「そうだ。力は強いけど、心が弱かったな。」

「もう、にどとしねぇ!」

「それを言うのは、俺じゃないよな。」

「…………」

「あと、許すかどうかも、俺じゃない。」

金太郎は、反対を向いて動物たちにも土下座した。

「ごめんなさい!」

ザワザワと、動物たちは話す。処遇や処罰、今後の事をアチラコチラで話された。

「静かに!」

またしても、マロンの一喝が響き渡る。周囲が静かになると、話が始まった。

「とりあえず、私たちではなく、長老に考えてもらいましょう。」

「「「……」」」

マロンの提案に、動物たちは異論が無く、頷くばかりだった。2匹の長老リスは、金太郎の前に現れた。

「ピンパロウ、デ!」

「ぱんぺいぴぱのぱチ?」

「頬袋の中身を出しなさい!」

マロンが二人の長老の頭を叩くと、それぞれの膨らんだ口からゴロゴロ木の実が転がり出した。スッカリ、元のリスの顔に戻ると、話が再開された。

「金太郎デ。」

「反省したのかチ?」

「はい、もうしわけありませんでした。」

「今までの功績も有るチ。」

「これからの贖罪も有るデ。」

「……………………」

「二度としないと、誓うかチ?」

「誓うかデ?」

「おいは、ちかいます!」

「では、良いデー!」

「許すチー!」

「ありがとう、ありがとう!」

金太郎は涙を流し、長老や動物たちに礼を言った。金太郎と熊を入れて、お祭り騒ぎは再開された。


 翌朝、後片付けを動物たちに頼み、モモとケルの二人は来た道を戻っていた。事の顛末を、報告しないといけなかったからだ。山道や森を歩き、とうとう川のほとりにたどり着いた。誰もおらず、気配も無かった。モモが辺りを見回り、ケルは川岸を探索した。すると、川に浸かる何かが見つかった。

「見ろよ、モモ。」

「何を?」

「また冷やしてるよ、キュウリ!」

「本当だ。」

二人が近づくと、網に入ったキュウリが、川に浸かっていた。

「コレが有るって事は?」

「居るんだろうな。」

「どうしたもんか。」

「見つからないし、ちょっと分けて貰うか。」

「やめとけ。」

「大丈夫だろ。」

モモが止める前に、ケルが網に手を伸ばした。その瞬間、川の中から飛び出してきた手が、ケルの腕を掴む。そして、大きな水飛沫と共に河童が飛び出してきた。

「コラー!我輩の御馳走を盗もうとしたのは、誰だ!」

「うわ、出た!」

「何だ、貴様らか。」

「ようやく、見つけたよ。」

モモは河童に、事の顛末をあらかた語った。

「成程、経緯は了承した。」

「とりあえず、解決はしました。」

「見事!御馳走の件は、不問としよう。」

「よかった。」

「しかし、事の深刻さは我輩の予想を大きく上回っていた。」

「そうですか。」

「加えて、大怪我もさせてしまった。」

「大関さんは悪くないですよ。」

河童の大関は、頭の皿を撫でる。

「何か手を貸せる事が有れば、喜んで助力しよう。」

「本当ですか!」

「我輩の誇りに掛けて、誓おう。」

「実は、頼み事があって……」

「そうであったか。」

「もともとお願いするつもりだったので、助かります。」


 金太郎の切り株だらけの山には、沢山の動物たちが居た。元から住んでいた動物たちと、近隣の山の動物が、植樹をしていた。緑の多い山に直るまで、何年、何十年、何百年ほど掛かるかは分からないが、やらなくてはならなかった。

「よいしょだチ!」

「マロン、大丈夫かデ?」

「あと少しだから、平気ー!」

「おいは、まだまだ。熊、頼むぞ。」

「…………」

せっせと植えては、運びを繰り返していた。落ち着いた頃に、モモとケルは戻ってきていた。

「みんな、お疲れ様です。」

「オレから差し入れ、キュウリだぞ〜」

二人がみんなに配り終えると、マロンがモモに話しかけてきた。

「意外と遅かったわね。」

「実は、先に山頂に寄ってまして。」

「そうだったの。」

「いろいろと、準備してました。」

「準備?」

「えぇ。あと、金太郎は居ます?」

「たぶん、向こうでまだ作業してるはずよ。」

「分かりました。ありがとうございます。」

モモはマロンが示した方へと進むと、熊と一緒に植樹をする金太郎が居た。

「頑張ってるな。」

「モモさん!」

「早く元に戻ると、良いな。」

「おいのせいですから、ミンナよりがんばらないといけないので。」

「俺たちも、少し手伝うから。」

「かたじけない。」

ケルは熊を撫でながら、話しかける。

「熊さんも、やってるな。」

「…………」

「今度、オレも乗せてくれよ。」

「…………」

「無口だなぁ〜」

「……………………」

モモとケルと金太郎と熊の作業が終わった所で、モモは金太郎に聞いた。

「ところで金太郎。」

「なんですか?」

「これから、どうするんだ?」

「おいは、モリをなおしながら、イチからきたえなおそうと、思ってます。」

「そうか。」

「つよいチカラとおなじくらいのつよい、ココロをもちたいとおもいます。」

「なら、良い考えが有るんだ。」

「かんがえ、ですか?」

「うん。ちょっと山頂まで、一緒に来てくれ。」

「わかりました!」


 三人と1匹は、山の頂上へと辿り着いた。変わらず、泉が真ん中にあった。違いがあるとすれば、泉に浸かる緑色の存在だった。近づくモモたちに気づくと、泉から上がり挨拶をした。

「お主が金太郎か!」

「おいです。アナタは?」

「我輩は大関。カッパである!!!」

「はじめて、みました。」

突然の河童に驚く金太郎に、モモは事情を説明する。

「このカッパさんは、とても強いんだ。」

「うむ、カッパの相撲界では、3本の指に入ると我輩は言われておる。」

「そんなカタが、なんでココに?」

「あまりに強いから、練習相手が居ないんだと。」

「日々、自己鍛錬のみで、味気なし!」

「はぁ……」

「そこで金太郎。君と大関さん、一緒に修行するのはどうだろうか?」

「なかなか豪快な剛体!切磋琢磨のし甲斐ある、逞しい肉体!!!」

「ええぇっ!」

金太郎は驚いたが、モモと大関は笑顔で話を進める。

「大関さんは強い相手が、金太郎は鍛錬の師匠が、それぞれ手に入る。」

「一挙両得!悪い話では無かろう!」

「おいにとっても、いいハナシだ!」

「良かった、話がまとまって。」

「流石モモ殿!カッパッパ!!!」

「ありがたいだ。」

河童の大関と金太郎は、さっそく相撲を行った。修行の為にキチンとした実力を知る事が大切であるからだ。両者ともしっかり組み合い、一進一退を繰り返したのち、大関の強力な突っ張りが金太郎に決まる。

喝破かっぱ!」

「うおぉっ!」

金太郎は弾き飛ばされ、土俵の外に転がってしまった。金太郎は起き上がり、汚れを払うと戻ってきて話しかけた。

「さすがオオゼキさんだー!」

「金太郎殿も、流石だ。今まで、初めて取組をする相手には、技を使わないと決めていた。」

「そうなんですか?」

「にも関わらず、使用してしまった。流石の強力さ。我輩も、まだまだ修行が不足している。」

「いろいろ、おいに、おしえてください!」

「一緒に鍛錬しようぞ!」

金太郎と大関のぶつかり稽古を、少し離れた所からモモとケルは見学していた。

「凄いなモモ、あの二人!」

「予想以上だ。」

「それにしても、よく思いついたなコレ。」

「まぁな。」

「金太郎とカッパが、手を組むんだもんな。」

「二人とも、相撲が好きなのは、知ってたからな。」

「元の世界の知識で、無双してんなぁ〜」

「そんな事ないさ。知ってることだけ。」

二人の稽古は、勝った負けたを繰り返し、夕暮れまで続いた。金太郎と熊は、動物たちの世話のためにと下山した。モモとケルも、長老やマロンに会うために動き出した。河童の大関は、しばらく泉を住処として使う事にしていた。

「大関さん、俺らも帰ります。」

「うむ!」

「いろいろ、ありがとうございました。」

「我輩も感謝の念しかない!」

「ところで、泉に女神様は居ましたか?」

「潜水して捜索したが、誰も居なかったな。」

「やはり……」

「存在されても、困惑するがな!」

「確かに。」

「カッパッパ!!!」

「恐らく、金太郎に嘘をつかれて、消えてしまったんでしょう。」

大関は頭のお皿を濡れた手でスリスリと擦ると、話を続けた。

「この泉には誰も居なかった。」

「はい。」

「が、底には……」

「やはり……」

「どうする?」

「事前に話した通り。」

「うむ。」

。」

「了解した。」

「では、また明日。」

「気をつけてな!」

別れの挨拶を済ますと、二人も下山した。


 夜が来るたび、お祭り騒ぎが行われた。動物たちも含めて、みんなで飲んで食べて、歌って踊って、騒いだ。寝たいものから眠りにつき、朝になって起きたものから活動した。モモは治療のために日中のほとんどを、うつ伏せで過ごした。ケルは周囲の警戒・警備をしつつ、動物たちと一緒に植樹を行った。この生活が三日三晩ほど続いた。モモの背中の怪我は、ほとんど良くなり、遂に旅を再開する事となった。旅立ちの前夜は、今まで以上の大盛り上がりのお祭り騒ぎで、宴であった。長老やマロンと動物たち、金太郎と河童の大関から改めて礼を言われた。真夜中まで続いた騒ぎだが、とうとう起きているのはモモとケルだけになった。焚き火の近くで、のんびり二人で話をした。

「あー、またオレたち、旅か……」

「なんだよ、嫌なのか?」

「なんか、寂しいなと。」

「確かに、毎日毎晩、楽しかったもんな。」

「美味しい物も、食べ放題だし。」

「でも、流石に肉が食べたい。」

「分かる!」

「でもね……」

「状況的に言えないけど。」

「そうそう。」

二人はそれぞれ、周囲を見渡す。寝ている動物たちの中には、食べられそうな個体もチラホラ居た。

「それにしてもよ。」

「なんだ、ケル?」

「今回の一件で、オレは決めたよ。」

「何を?」

「技を!作るぜ!!!」

「なに言ってんだ?」

ケルは立ち上がり、身振り手振りで重要性をモモに語り出した。

「見ただろ、金太郎の技!」

「見たけどさぁ。」

「やっぱり大事なんだよ!」

「そうか?」

「オオゼキさんも、持ってただろ?」

「アレは、掛け声じゃね?」

「この間の首無し騎士も使ってたし。」

「デュラハンは、確かに言ってたな。」

「だろ?」

「でも、普段と同じ攻撃に、名前をつけてるだけ感が否めない。」

「夢の無いヤツだな〜」

「まぁ、考えおくよ。」

二人が話をしていると、ノッソノッソと大きな影が近づいてきた。焚き火に照らされて、熊の体が明るみに出た。珍しさに、ケルは声をかける。

「どうした、熊さんよ。」

「…………」

「眠れないのか?腹へったのか?」

「…………」

質問に答えない熊は、ゆっくりと二本足で立った。すると突然、片手で自分のアゴを掴むと、上にめくり出した。顔が真反対を向き、首の無い巨体と化した。

「なんだ!」

「どうした熊さん!」

二人が驚いていると、何処からか声がした。

「静かに。みんなが起きてしまう。」

「「誰だ?」」

二人は武器に手をかけつつ、辺りを見渡す。変わらぬ静けさが広がり、暗闇の中の気配は感じられなかった。二人の前に立つ首の無い熊は、片手で体を示す。

「ここだね、こーこ。」

「「どこだ?」」

二人がよく観察すると、モモはある事に気がついた。

「顔がある……」

「どこに?」

「胸のあたりだよ。」

「えっ…………ホントだ!」

熊の胸のあたりに、よくよく見ると人の顔があった。顔中の毛が伸びていて、熊の体毛と一体化しており分かりにくくなっていた。その顔に、モモは質問する。

「貴方は、何者なんです?」

「私は、名も無き人だ。訳あって、こんな格好をしているね。」

「訳、ですか?」

「あぁ。悪魔と契約してね、期間の間はこの格好しなくてはいけないんだ。」

「契約の代償と、いう訳ですか。」

「もともと兵士だったんだが、金に困っている所を悪魔に声をかけられてね。」

「かね?」

「悪魔の言う通りね、熊の皮を被って毛を剃らず、爪を切らずなどの約束を守らねばならないんだ。」

「なるほど。」

熊の格好をした名も無き人は、両手を広げて二人に自分の姿を見せた。

「こんな格好じゃ人間として生活できないからね、動物のフリをしてたんだ。」

「だから、みんなが寝静まった今、正体を明かしたんですか。」

「そういうことだね。元々、この山々の動物たちに、人間が好かれているか不明だったんだ。」

「金太郎は、知ってるんですか?」

「知らないね。熊として出会ったから。」

「知ってるのは、俺とケルだけと。」

「それにしてもね、金太郎の件は本当に感謝している。」

名も無き人は頭を下げる。が、顔が分かりにくいので、熊の首しか見えなかった。

「止められる力も無く、諫める事も出来なかったね。せめて、一緒に居ることで過剰な事や危険な事の監視をするぐらいしか出来なかった。」

「だから、常にそばに居たんですか。」

「そうなんだ。とりあえず、詫びの品とね、感謝の品を、渡したい。」

「そんな2つも!」

「良いんだ、受け取ってね。」

ゴソゴソと熊の体が動くと、腹から人間の腕が出てきた。握られた拳を、モモの前に差し出した。反転し開くと、指輪があった。宝石などの宝飾品は無く、シンプルな物であった。意外な品物に、ケルは問いかけた。

「ナニコレ?」

「指輪だね。」

「いや、見れば分かるけど。」

「この指輪は、二つで1つの指輪なんだ。渡すのは、片割れだね。」

「片方じゃ、意味が有るのか?」

「いつか再び君たちに出会った時ね、私の悪魔との契約が終わってるかもしれない。身だしなみを整え、人間として生活するとしよう。そうしたら、私が誰か分からないだろ?」

「確かに。」

「そうならない為にね、身分証明の代わりさ。」

「アンタ、頭が良いな。」

モモは指輪を受け取ると、大事に仕舞った。次に熊の手は、脇腹に突っ込まれた。よくよく見るとポケットの様になっていて、中をまさぐっていた。ある程度、漁ると、またも握られた拳が出てきた。今度はケルの目の前に差し出し、反転して開いた。そこには大量の金の粒があった。どれも形は歪だが、明らかに金であり、大粒であった。二人は目を丸くして驚いた。モモが金について尋ねる。

「これって……」

「悪魔と契約して手に入れたね、力の一つだ。」

「本物ですか?」

「本物だね。」

「初めて見た!」

「これを換金すれば、長らく旅には困らないでしょうね。」

「凄い額になりそうだ……」

「使い道や使い方は、任せるね。」

「ありがとうございます!」

「いやいやね、礼を言うのは私だから。」

ケルとモモの二人は金の粒を分け合うと、大事に仕舞った。熊の皮を被る名も無き人は、背中の方に追いやっていた顔を正面に戻した。四つん這いになると、二人に向かって声をかけた。

「本当にありがとうね。未来の事も考えて動いてくれて、助かったよ。」

「いやいや、俺とコイツの偶然も有りましたから。」

「これからの旅路、気をつけてね。」

「はい!」

「話せるのは今夜だけだと思うからね、言いたい事が言えて良かった……」

「今度は、人として会いたいです。」

熊に戻った名も無き人は、首を縦に振ると暗闇の中へと戻っていった。

「熊さんが、まさか人間とは……」

「気がつかなかった。」

「オレも匂いで分からなかった。熊の匂いで、隠してたのか。」

「だから、ほかの動物たちにもバレてないのかな?」

「そういやモモ。」

「ん?」

「今の熊さんは、何の御伽噺なんだ?」

「分からん。」

「知らないのか?」

モモは唸りながら、思い出そうとする。しかし、何も思い出せない。

「たぶん有るんだろうけど、聞いた事が無い。」

「へー」

「今までは知ってる話が多かったから、何とかなる事もあった。」

「今回の件とかな。」

「これからは、必ずしも分かるとは限らない。慎重に動かないと……」

「ヘイヘイ。」

二人は焚き火を見ながら、今後の事を思案した。


 夜が明けると、モモとケルは都へと通じる道に再び足を乗せた。旅路の再開に、金太郎や熊、動物たちが見送りに来た。

「本当に、助かったチ。」

「気をつけるんだデ!」

「おい、もっとしゅぎょうします!」

「我輩が鍛錬するから、心配無用。」

口々に二人に言葉をかける。動物たちも声をかけ、全く何も聞こえなくなってしまった。騒がしくなる全員に、またもマロンの一喝が入る。

「静かに!」

「「「「「…………」」」」」

周囲が夜の静けさを取り戻すと、モモは喋り出した。

「流石、マロンさんだ。」

「私だって、したくてやってるんじゃないのよ。」

「助かります。」

「とりあえず、この道を進んでいけば平野に出るわ。でも、道なりに進めば迷わないから。」

「分かりました。」

ケルはニコニコしながら、呟いた。

「もうすぐだ!都に着いたら、何を食べようかな〜」

「駄目よ。平野の次には、森があるんだから。」

「まだ着かないのか?」

「森も道なりに行けば、すぐに都に着くわ。」

「えぇ……」

「がんばれ!がんばれ!」

「メシ〜」

モモとケルは、ゆっくりと歩き出した。

「では皆さん、さようなら!」

「行ってきまーす!」

笑顔で別れの言葉を告げ、旅の出発の挨拶をした。言われた通り、道なりに進んでいく。ときどき振り返ると、見送りが続いていた。その都度、手を振り返す。お互いが見えなくなるまで、続いていた。

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