あなたは冷たい人ですね

物部がたり

あなたは冷たい人ですね

 れいは迷信を信じていなかった。

 例えば、「黒猫が前を横切ると縁起が悪い」という迷信があれば、迷信が誤りであることを証明するべく、黒猫を探し回り、前を横切らせて縁起の悪いことが起きないことを証明した。

 それだけにとどまらず例えば、「脚立の下をくぐるべからず」という迷信があれば、脚立の下をあえてくぐり、何も起きないことを証明し。

 例えば、「てるてる坊主を逆さに吊るすと雨が降る」という迷信があれば、てるてる坊主を逆さに吊るして雨が降らないことを証明した。


 例えば「しゃっくりを百回すると死ぬ」という迷信があれば、しゃっくりを百回してみて死なないことを証明し、例えば、「スイカの種を食べると盲腸になる」という迷信があれば、スイカの種を沢山食べて盲腸にならないことを証明してみせ、例えば、「夜に口笛を吹くと蛇が出る」という迷信あらば、夜に口笛を吹いて蛇がでないことを証明してみせた。


 例えば、「四や九は縁起が悪い」という迷信があれば、あえて四階や九階に住み、四や九の数字を意識的に選び何も起こらないことを証明してみせた。

 例えば、「流れ星に三回願いをかければ願いが叶う」という迷信があれば、流れ星に三回願いをかけて、願いが叶わないことを証明してみせ、例えば、「北枕は縁起が悪い」という迷信があれば、あえて北枕で眠って縁起が悪いことが起きないことを証明してみせる。


 例えば、「落ちている鏡を拾うのは縁起が悪い」という迷信があれば、能動的に落ちている鏡を探し、拾って縁起が悪くないことを証明する。

 などなど、れいは迷信をことごとく否定し信じていなかった。迷信が迷信だったと証明できたときには、得も言われぬ達成感があった。

 だが、そんなれいに恋人のはじめはこんなことをいった。

「れい、それは迷信を信じていないんじゃなくて、心のどこかで信じているから、ことごとく迷信を否定しているんじゃないか。だって、迷信を始めから信じていなかったら、気にも留めないだろ」


「そんなことない……。信じていないからこそ、迷信が迷信だって証明しているんじゃない」

 そう突っ張って言い切ると、はじめはれいの手を取っていった。

「じゃあ、『手の冷たい人は心が温かい』っていうけど、あれも迷信か? おれはそうは思わないけどな。だって、れいは優しいもんな」

 と、恥ずかし気もなくいうはじめの手も、れいに負けず劣らず冷たかった。

「ばかじゃないの……」

 様々な迷信をことごとく否定してきたれいも、その迷信だけは否定できなかった――。

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