魂の花

まおー

春風の吹く頃...

ジリリリリリ。

 僕の無音の世界にけたたましい音が鳴り響く。

 僕はゆっくりと目を開け、うるさい目覚まし時計のボタンを押す。

 体が重い。全身が動くことを拒否しているみたいだ。

 でも、僕の機嫌はすぐに良くなった。

「…あ。今日から学校、か」

 僕はベッドから降り、だいぶ着慣れた制服を着る。

 朝ごはんにトーストを焼き、コーヒーを沸かす。

 そうして朝の支度をしていると、携帯に通知がきた。

 [今日は寝ぼすけさんかな?]と画面に表示される。

 急がなきゃ。

 トーストをコーヒーで流し込み、まだ教科書の入っていない鞄を手にドアを開ける。

「行ってきます!」

 僕の名前は五十嵐湊五十嵐湊いがらしみなと

 マンションのエレベーターを降りると、僕を呼ぶ声がする。

 「よっ!湊。今日から新学年だな!」

 彼は僕の幼馴染みにして親友、山本蒼だ。

 勉強スポーツ問わず何でもこなせて絵本の中から飛び出してきたかのような完璧超人。

 おまけに超がつくほどのイケメン。

 ただし、欠点があるとすれば……。

 「新学年とかけまして、引き始めの風邪と解きます」

 「その心は?」

 「どちらもセキには気をつけましょう、ってね」

 この通り、日常的に謎掛けを欠かさないのである。

 「結構上手いな。60点」

 「ハハッ。相変わらず手厳しいな」

 俺は毎日聞かされ続けて点数すらつけられるようになった。

 ちなみに歴代最高得点は87点。

 「大体、朝に会って初めての会話が謎掛けってのもおかしな話だろ」

 「いやいや、そんなことないぜ。朝のフレッシュな頭で考えるとその日の集中力がまるで違うんだよ」

 そんな他愛も無い話をしながら僕たちは歩き出した。

 僕らが通う出鱈目高校は、都内じゃ大体真ん中辺りの評判の至って普通の学校だった。

 なぜ過去形にしたかって?

 その答えは簡単。

 今、僕の横にいるこの山本蒼が学校の名を一躍有名にした。

 一年生にして野球、サッカー、バスケの全国大会で大活躍。

 さらには全国模試の順位はなんと100位内。

 体が一つしかないのと時々会話がアホになる以外は欠点の存在しない、まさしく超人だ。

 「……にしても、あっついなー」

 蒼が暑そうに制服をパタパタとしている。

 「そうだねー。もう初夏並みの暑さらしいよ」

 「まじかー。……あー!こうしちゃいられねー!気分転換に可愛い後輩探しでもしよーっと!」

 蒼が急にそう言って走り出した。

 「ええっ!ちょ、ちょっと待てー!」

 僕も必死に走って追いつこうとするが、いかんせんめちゃくちゃ速い。

 走っても走っても追いつける気がしない。

 一体何を食べたらあんなに速くなれるんだろう。

 彼が少年ジャンプの世界に出てきても生き残れると思う。

 走って角を曲がろうとすると、

 「キャッ!」

 向こう側から歩いて来た女子高校生とぶつかりそうになった。

 「す、すいません!」

 僕は謝罪してすぐに蒼を追いかける。

 「……あれは、湊?」

 その女子高校生が呟いた言葉は僕の耳には届かなかった。

 「ううぅぉぉおおおおお!!!」

 蒼は雄叫びを上げながらとんでもない速さで校門を通る。

 僕も遅れてなんとか辿り着く。

 「へっへー!一番乗りー!」

 「二人で競ってたらそりゃそうなるよ」

 僕はハァハァと息を切らして言う。

 「でも、部活に入ってるわけじゃないに湊も結構運動できるよなー」

 「ひょっとして、家で密かに鍛えてんのか?」

 「ま、まあね」

 僕は蒼の質問に適当に返事を返す。

 そう、僕にある隠さなければならない秘密が

 「おーい!山本−!大森先生が呼んでたぞー!」

 考えを遮るように誰かの声がした。

 声のする方向には元クラスメイトの女子高生が。

 「……大森先生?俺たちの担当だったっけ?」

 確かに。聞き覚えのない名前だ。

 「ま、呼ばれたんなら行くしかないか。すまん、湊は先行っててくれ」

 「了解」

 僕は頷き、教室へと足を進める。

 僕らの新しいクラスは2年A組。

 クラスメートは既に発表されている。

 蒼が同じクラスなのは幸運だったと思う。

 他にも知り合いが多いようで助かった。

 ガラガラと扉を開ける。

 僕が教室に入ると、クラスの視線が集中する。

 この肌をつくような視線は慣れない。

  その後はスムーズに事が進んだ。

 新しいクラスの担任の名前は石田先生。

 そして授業は明後日からで、明日は休みということ。

 始業式を適当に終えて、僕は蒼と帰宅しているところだった。

「そういえば、蒼は何の用事だったの?」

「え?何が?」

「あの、大森(?)先生に呼ばれてたじゃん」

「ああ。いやー、ちょっと面倒事に巻き込まれそうでさ」

「面倒事?」

「んー。俺が今何の部活にも入ってないのを問題視されたんだ」

「あー」

 蒼は冬の終わりと同時に全ての部活を辞めた。

 かと言ってどうやら運動を怠っているわけではないようだが……。

 僕も気になって前に理由を聞いたがはぐらかされた。

 まるで聞くなと言うように。

 だから僕はその話にはあまり触れないようにしていたんだが、どうやら学校側は不審に思っているようだ。

 部活内のイジメとかをね。

「んー。ま、蒼が入りたいと思った部活に入ればいいんじゃない?」

「そうだなー。....湊はどこに入ってるんだっけ?」

「あー。僕は天文部。ま、全然部員も部費も無いけどね」

「へー。……よし!」

 蒼は何かを決心したようだ。

「それじゃ俺、天文部入るわ!」

「ふーん。……え?エェェェェェ!!!!」

 突然の提案。今まで運動部にしか入っていなかった蒼がまさか文化部の中でも端っこみたいな天文部に入りたいなどと言うとは。

 ギャグ漫画なら目が飛び出そうな位驚いた。

「そんなに驚くこと無いだろー。俺もそれなりの知識はあるんだぜ?」

「そりゃ蒼が物知りなのは知ってるけどさー。それとこれとじゃ話が別っていうか、そもそも星に興味なんてあるの?」

「もちろん!幼馴染みとして、湊の好きなもん知っといて損は無いだろ」

 嬉しいことを平然と言ってくれる。

 ま、だから僕は蒼と13年も共にいるのだが。

「わかった。部長には僕から話を通しとくよ」

「おっ。さんきゅー!」

 蒼はにっこりと笑みを浮かべる。

 その時、ウーウーウーと、

 僕らの歩く道の先でパトカーのサイレンが鳴り響き、その前ではたくさんの人混みができている。

「何かあったのか?行ってみようぜ」

 蒼が走ってパトカーの方へと向かう。

「あ。ちょっとー!」

 僕も置いてかれないように駆け足でアスファルトを踏み締める。

「うわっ。なんだこれ!?」

 先に目撃した蒼が驚いた反応を見せる。

 僕も人混みをかき分けて蒼のそばまで辿り着く。

 たくさんの背中の間から見えたのは、クレーターのように穴が空き、葉脈の模様のようにひび割れた地面だった。

 「はい、下がって。そこの君も」

 警官らしき人が人混みの前に「立ち入り禁止」と書かれた黄色いテープを貼る。

 「なんかが落っこちてきたみてぇだ」

 蒼がそう呟く。

 確かに。重い「なにか」が落ちたりでもしない限り地面は割れたりしない。

 ただ、地面の穴は人の腕程の大きさでいくつも空いていた。

 そんな細いものが落ちて来たとして、ここまででかい穴が空くだろうか。

 蒼が僕に帰ろうと呼びかける。

 僕は授業中の落書きを消すように意識を戻した。

 「うん、わかった」

 人混みを抜け、蒼について行く。

 僕らは駆け足で移動していたからか、人混みやパトカーの音はすぐに聞こえなくなっていた。

 「全く、最近は物騒だなー」

 蒼がポロッと呟く。

 「最近って?」

 どうやらさっきのだけじゃないような口ぶりだ。

 「あれ?知らない?昨日の夜、通り魔事件があったんだ」

 知らなかった。昨日の夜は_&@g'to!÷9」/2!!c:÷?6。

 「犯人は捕まったの?」

 昨日の夜からならほぼ半日ってところだ。

 普通なら警察が捕まえているだろう。

 「いや、それが捕まってないらしい」

 「場所は?」

 「俺も詳しいことは知らないけど、カンナギ通りのケーキ屋の前だったって聞いたぜ」

 驚いた。思っていたよりずっと近所じゃないか。

 それに捕まってもいないとは。

 僕は自分に及ぶかもしれない危険に身を震わせる。

「ま、そんなに怯えることもない。湊の安全は俺が保証するからな」

 そう言って蒼はどんと胸を張る。

 蒼にかかれば通り魔くらいはなんとかできそうな気がするのが彼の化け物具合を示しているだろう。

 「逃走中の犯人とかけて、パラシュートと解きます」

 蒼が謎かけを始める。

「逃走中の犯人」と「パラシュート」か…。

「その心は?」

「どちらも、いずれ足がつく」

「上手い。67点」

 なるほどな、と感心しつつ、僕は不安がスッと溶けていった感覚を覚えた。

 「へっへー!んじゃ、気も紛れたことだし、さっさと家に帰えろーぜ。このままじゃ昼ごはんが遅くなっちまう」

  トットットットッ。

 僕らは小走りで足を進めた。

「じゃあなー!また明日ー!!」

 思いの外早く蒼の家の前に到着し、僕らは別れた。

「……早く帰らないと」

 別に特段急ぐ理由があるわけではないが、せっかく午前中の間に帰れるのなら早く帰りたい。

  僕は再び走り出した。

 流れる木々、顔に当たる昼風。

 それらを横目に僕は家へと駆ける。

 道中のコンビニに新クラスの友達がいたが、まだ馴染めていないので知らないふりをした。

 家に帰り、僕はいつも通り、携帯をいじって一日を過ごす。

 視線を時計に向けると、針は8時を指していた。

「もう晩御飯時か…」

 同じ体勢を続けていたのでかなり疲れているが何か胃に入れておかないと体がもたないだろう。

 ベッドから出てキッチンへ向かう。

 冷蔵庫の有り合わせのもので作ろう。

御飯も済ませ、風呂に入り、自室に戻る。

 時刻は12時。

 明日から学校も本格的に始まる。

 今日はもう寝よう。

 僕は明かりを消し、布団の中でうずくまる。

 自然と瞼が落ちてくる。

 意識は、いつか、誰かもわからない記憶に運ばれた。

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