わたあめみたいな幼馴染

月夜葵

 

 幼馴染の日折汐音のことを、僕はよく「わたあめ」に喩える。

 本人からすれば「子供っぽい」と不満なようだけど、しかしそれ以上に適切な比喩を思い付かないのもまた事実だった。


 真っ白で、儚げで、ふわふわした女の子。

 わたあめ以外に上手い喩えなどあるだろうか。

 そんなことをぼんやりと思いながら、僕は汐音が眠っているベンチの頭上に日傘を差す。



 彼女が「真っ白」というのは何も比喩な訳ではない。

 事実として髪も肌も、新雪のように白いのだ。


 アルビノと言えば分かるだろう。

 その類いまれなる美しさの裏には、弱視に加え病弱な体質が隠されている。そして直射日光に対しても決して強くない。

 運動することはおろかこうして日の下を動き回ること自体、本来は容易でないことなのだ。


「んっ……」

「おはよう。少しは休めたか?」

「おはよう……ふわぁぁぁ」


 パチリ、と白い睫毛から薄紅の瞳が覗く。

 汐音はこくりと頷き、大きな欠伸をした。


「ごめんね、連れ出したのはわたしなのに」

「別にいいって。僕も楽しかったし」

「そう? えへへ、良かった」


 嬉しそうに汐音は笑う。

 純真無垢なその笑顔には、疑いなんて表情は全くなかった。


 ひとえに病弱でほとんど一人で育ってきたためか、彼女はとにかく人を疑うことが少ない。流石に「UFOが飛んでる」と言うことを信じはしない……はずだが、ナンパなんかに遭った日には、おそらく無事では済まないだろう。


 だからこそ、彼女が危ない目に遭わないための「保険」として僕がいる訳だが。



「歩けるか?」

「うん。大丈夫」


 汐音はパタパタと宙に足を泳がせる。

 サンダルから覗く素肌は透けるほどに白い。

 淡い水色のワンピースも半袖で、白くて華奢な腕が露になっている。けれど今日はそれほど日が強くなかったお陰か、何とか無事なようだった。



 アルビノというのはとにかく日焼けに弱い。とにかく全身に日焼け止めを塗りたくって、それでも火傷のようになってしまうことも少なくない。

 それでもこうしたワンピースとサンダルという軽装が多いのは、彼女なりの「病気との付き合い方」らしい。


「泣くぐらいに痛いけど、そればかりじゃ何も楽しめないもん」


 かつて酷い日焼けを経験して数日寝込んでいたとき、汐音は目に涙を滲ませながらもそうはっきりと言った。

 全く……向こう見ずで彼女らしい考え方だ。



「痛くないか?」

「平気。ただちょっと疲れちゃったかな。ちゃんと運動しないとね」

「呼吸器系も弱いんだから無理するなよ。あとちょっとしたら車を出せるようになるし、どこにでも連れていけるからさ」


 僕がそう言うと、汐音は不満げに頬を膨らませた。


「むぅ……。そうやって甘やかされてばかりだと、わたし何も出来ないじゃん」

「そんなことない」

「そんなことあるよ。わたしは、周りに助けられ過ぎてるから。ほんと、私なんかが恵まれすぎてるよ」



 恵まれすぎている、というのは彼女の口癖だ。


 確かに、アルビノの中にはほとんど目が見えない人もいるらしいし、外出さえままならない人だっている。僕みたいにほとんど毎日付き添ってくれる人がいない人だって多い。


 けれど、それを当たり前と思うのならともかく、汐音が引け目に感じる必要なんてない。

 あくまで恵まれているというのは、様々な要因が絡んだ「結果」に過ぎないのだから。


 その要因には、彼女自身の性格だってある。

 決して、汐音が一方的に庇護されているだけではないのだ。



「汐音の明るさや強さには、僕も、凪沙さんたちだって救われてるんだぞ」

「?」


 全くもって理解している様子のない、気の抜けた表情を浮かべる汐音に、僕は小さく笑い声を漏らす。


「汐音が体質にも負けず、全力で人生を謳歌している姿って、思ってるよりも周りを元気にしてくれるんだぞ」

「でも、それだって……」

「仮に汐音が、ただただ我が儘で、体質のせいばかりにしていると、誰も本心から手を差しのべてくれないぞ? 汐音が元気で明るくて強いからこそ、こうしてみんなが手を差しのべてくれてる」

「……」


 汐音ははっとしたように目を見開く。


 まるでそれは、時を待っていた小さな蕾が、ようやく蕾を開く瞬間のようで。

 たった一つの切っ掛けで、人はずっと広く世界を見れるのだ。

 

 

「……わたし、みんなの役に立ってる?」

「もちろん」

「お母さんの役にも、お父さんの役にも?」

「もちろん」

「迷惑だとか思われてない?」

「もちろん」

「……えへへ。そっかぁ。わたし、ちゃんと役に立ててるんだ」


 

 嬉しそうに微笑む汐音を見て、釣られて僕も頬を緩ませる。

 

 事実、汐音は救っているのだ。 

 かつて汐音の両親は、汐音を健康に生んであげられなかったと精神を病みかけるほどに後悔していたが、今現在の汐音の姿を見てとにかく喜んでいる。

 当然皮膚の治療など気苦労は絶えないだろうけど、それでも元気に生きてくれるというのは嬉しいとよく口にしている。



「ねえ、柚くん」

「ん?」

「わたし、柚くんの役にも立ててる?」


 汐音は僕を見上げて訊ねる。


「もちろん」

「どんな風に?」


 僕はしばらく考えた後、頭に浮かんだ言葉を使って、そっくりそのまま答えた。

 

「そうだなぁ……。こうして汐音の傍にいると、「世界ってこんなに綺麗なんだな」って思えることかな」

「ふふっ、何それ。わたしのこと好きみたいじゃん」


 揶揄うように、しかしどこか恥ずかしそうに汐音は笑う。

 だから僕は、あえて誤魔化し抜きに肯定した。


「まあな」

「……………………え?」

「よし、暗くなる前にそろそろ帰るか。水族館に行くって言ってはいるけど、遅くなりすぎると怒られるだろうからな」

「待って待って待って!!」

「ん?」

「そ、その、ま、「まあな」って、つまり、」


 僕はそっぽを向きながら、赤くなった頬と耳を自覚しつつ答える。



「……まあ、その……家に帰ってから話し合わないか? 色々と話すこともあるだろうし、ここで過呼吸になっても困るから」

「う、うん。そ、そう、だね」



 もじもじとしながら、汐音はか細い声で答える。

 真っ赤に上気したその表情は、意外と満更でも無さそうに見えた。



 







 幼馴染の日折汐音のことを、僕はよく「わたあめ」に喩える。

 空に浮かぶ雲ではなく、祭りなどで見かけるような、ふわふわとしたわたあめに。


 本人からすれば「子供っぽい」と不満なようだけど、しかしそれ以上に適切な比喩を思い付かないのもまた事実だった。



 真っ白で、儚げで、ふわふわで、そして甘い。

 

 こんな可愛らしい僕の彼女を、わたあめ以外に喩えるなんて、果たして出来るだろうか?


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