キミの隣にいること。

月夜葵

 

  私は家の誰よりも早く起きて、まだ薄暗い空を眺めていた。

 空にはいまだ星が瞬いていながら、うっすらと黄金色に染まり出している。


 ぼんやりとその綺麗な景色を眺めていると、突然後ろから抱き抱えられた。



「おはよ、ユキ」



 少し低い、耳障りのいい声。

 私のの祐くんだ。


 私は小さく「ミャア」と鳴いて、祐くんの腕を爪で引っ掻く。

 祐くんは思わず手を引っ込めて、自由になった私はしたっと床に着地する。


 振り向いて上を見上げると、引っ掻かれたところをさすっている祐くんがいた。

 苦笑いしたまま私を見て、頭に手を伸ばしてくる。



「いてっ………。全く、ユキってば……」



 何も言わず抱き抱える祐くんが悪い。

 デリカシーってものがないんだよ、デリカシーが。



 なんて言っても伝わるわけがないし、私は小さく鳴いて大人しく撫でられることにする。



 ああ、気持ちいい…………。



 とても気持ちよくて、ごろごろと喉を鳴らすと、祐くんは穏やかに笑った。



「全く。甘えん坊なんだから」



 悪かったね、甘えん坊で。



「そのくせ僕だけには引っ掻くし」



 や、原因、大半祐くんだからね。

 いきなり抱き抱えるし。あと何か恥ずかしいし。



「…………本当、雪穂ゆきほそっくりだよ」



 ………。



「なあ、ユキ。今日が何の日か、知ってる?」



 …………もちろん。

 だって祐くん、毎年私に言ってるじゃん。



「………今日はね、僕の誕生日だけど、雪穂の命日でもあるんだ」



 ………知ってる。



「……………僕の家に来る途中に、車に轢かれたんだって。頭を打って即死だった」



 ………知ってる。



「………………その日、誕生日の僕にプレゼントと一緒に、告白するつもりだったんだってさ。………全く、僕と同じ事を考えてたって、流石幼馴染だよね」



 ………知ってる。



「……………………だけどさ、僕がいなければ、雪穂はあんな早くに死なずに、もっと幸せに生きられたんじゃないかなって、思っちゃうんだ」



 ………はあ。


 やっぱり祐くん、全っ然わかってない。



 その雪穂って人、そんなこと全然思ってないし。

 と言うかその人、死んだあと猫になって、祐くんに拾われてここにいるんですが。



 ああもう。

 本当、祐くんの頭ひっぱたきたい。

 祐くんがいなければなんて、そんなことを考えたこともないんだけど。


 そもそも、事故で死んだのも祐くんのせいじゃないし、祐くんがいない世界なんて、想像もつかないし。



 ねえ、祐くん。



 私は猫になっちゃったけど、それでも祐くんと一緒にいるだけで、とても幸せなんだよ。

 祐くんの隣にいるだけで、私はもう何も要らないんだよ。

 ま、猫だし、祐くんより先に死んじゃうのは悲しいけどね。



 本当、祐くんはわかってないんだから。

 ま、分かれというのも無理な話だけど。



 だからさ、祐くん。



「雪穂…………」



 …………毎年毎年、本人の前で泣くのは止めてくれないかな?


 私の目の前で、自分の写真に手を合わせられるの、結構複雑なんだよ?




 それだけ愛されてるってことだし、まあいいけど。



 やっぱりさ、好きな人に想われてるって、本当に嬉しいんだよ。




 と、いうわけで、照れ隠しも兼ねて、私は祐くんの肩に飛び乗る。



「ちょっ、ユキ、意外と重いから………いたっ!」



 女の子になんてこと言うのよもう。


 全く……デリカシーの欠片もないんだから。



「………ユキ、最近、ますます雪穂に似てきたよね………」



 ええ。そりゃ、本人ですから。

 あなたのことをずっと想い続けている、唯一無二の幼馴染ですから。



 私がそうドヤ顔(のつもり)を浮かべると、祐くんはクスリと笑った。

 そして私の顔を覗き込んで言った。



「………ユキ。ずっと一緒にいようね」



 ………そういうことは、私の生きてる間に言ってほしかったな、なんて。



 本当なら、人間として、祐くんと一緒に歩みたかった。

 二人で笑いあって、一生幸せに暮らしたかった。



 残念だけど、だからと言って何か出来るわけでもない。

 きっと私は猫だから、祐くんより早く死んじゃうし。



 だから私は、今の一瞬一瞬の幸せを、世界中のどんな猫よりも噛み締めている。

 祐くんと一緒に過ごしている奇跡に、毎日感謝している。





 だから、キミの隣にいるということ。


 私はそれだけで本当に、本当に幸せなんだ。

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