機巧天使の幸せ

月夜葵

 

 今から五十年ほど昔。

 私は、とある遺跡から発見された。


 骨格は再現不可能な金属で作られており、対照的に表面を覆う皮膚は限りなく人間と近いものでできていたらしい。それに加え、脳の代わりに非常に高度な状況判断、学習が可能な人工知能が使われていた。


 そういう知識を知ったのも、人間が話しているのを学習したからなのだが。



 ***



 発見した人間は、私の背中に生えた銀色の翼から『機械生命体』『機巧天使』と呼んでいた。


 そして私は、国によって改造が施された。



 当時、至るところで戦争が起こっていた。

 国を奪うため、または守るために鍛えられた騎士だけでなく、数多くの奴隷までもが戦場の駒として使われていた。



 私は発掘されてから二年後、あらゆる戦闘の技術、知識を詰め込まれ、戦士として戦場を駆けることになった。



 リソースの限界まで技術、知識を詰め込んだ、命令された通りに敵を殲滅し尽くすだけの、最強の兵器として。



 ***



 戦場では私は無敵だった。


「殺し尽くせ」。


 その命令だけで、他国の数万もの軍勢を殺戮したこともあった。

 空から強襲し、剣や弓、そして素手など、一切躊躇せず。


 いざ人を殺すというときに躊躇してしまう人間よりも、よほど多くの人を殺した。



 戦闘の知識、技術に加え、戦場全体の状況判断、相手の行動予測。自分自身の行動判断。命令のための意志疎通。それら全ての同時並行。いくら優秀とはいえ、限度があり、それ以上のことはできなかった。



 ***



 そうして戦を重ねること三十二回。

 私はそこで、一人の少年と出会った。



 ほんの十二、三歳ほど。

 取り立てて言うこともない服装に、腰に提げた短剣。

 しかし性格の優しさが顔にまで滲み出ているような、とても人を殺せそうにはない少年だ。



 少年は私を見ると、目を丸くした。



「………キミ、まさか機械?」


『───はい。機巧天使と呼ばれています』



 するとそれを聞いた少年は、目を輝かせた。



「すごい! 全然機械に見えない!」



 私は訳が分からなかった。

 恐れられることこそ数多くあったが、こうして感心されたことなど、一度も無かったからだ。



「どこからどう見ても人間だもん。今の技術じゃ出来ないよ、きっと」


『………』



 理解できない。

 戦場で恐怖の象徴である私を見ても逃げないどころか、むしろ私の体をペタペタ触ってくる、この少年が。



「感触まで人間だね………。体温まであるし」


『………』



 理解できない。

 その気になれば一瞬で首を刎ねることができるのに、それをしようとも思わない自分が。



 そう考えていると、不意に少年が私から離れ、提案してきた。



「勝負しよう」


『───勝負、ですか?』



 かつて何度か、そういうことはあった。

 私を倒そうとする人間が少なからずいたからだ。

 もっとも、私が今ここにいる時点で、その結果は言うまでもないが。



「僕がキミを倒したら、キミをもらう。どう?」


『───いいでしょう』



 私はそれを受け入れた。

 何せ一度も負けたことがないのだ。

 この少年はさして強いとも思えないが、少しでも敵を減らすことは『命令』にも合致する。



 そう考えての結論、だったのだが。



 数秒後、その判断を間違えたことを悟った。



 ***



「大丈夫?」


『───何者ですか、あなたは?』



 開始直後、反応する間もなく武器を折られ、同時に両手両足に衝撃が走り、背中から倒され、挙げ句喉元に短剣を突き付けられた。

わずか三秒にも満たない早業だった。


 少年はにこりと笑いながら答えた。



「僕は剣聖だよ。これでも『神速』の通り名がついてるくらいのね」


『───なるほど』



 油断した。

 見た目に騙され、侮っていた。


 もっとも、知っていたところで勝てたかは疑問だが。



「僕の勝ちだね」


『───ええ』



 完敗だ。

 戦闘のために人工知能のほぼ全てを費やしたと言うのに、それでも足元にも及ばなかったのだから。


 何をどうやっても『殺す』ことが出来ないと、そう理解してしまった。



「じゃ、今日からキミは僕のものだね」


『───ですが、国には………』


「大丈夫。『機巧天使は僕に殺された』とでも言っておくよ」



 そう言って少年は、私に手を差し伸べてきた。

 私は反射的にその手を取り、立ち上がった。



「そうだ。………キミ、名前は?」


『───ありません』


「ふうん………。じゃあ、『アテナ』でいいか。遥か昔、それも気の遠くなるほど昔の神話の神様なんだってさ」



 私は少年の言葉を聞いて、思い出した。





 遥か昔、この地が『日本』と呼ばれていた時代の話。

 私は一人の発明家によって作られた。



 彼は私を『アテナ』と名付けた。


 正義と純潔を司る、戦の女神。



 気高く、美しく、そして大切な誰かを守るためにと、そう名付けられた。



『───そうでしたね』


「ん? 何を?」


『いえ、何でもありません』



 私は小さく、少年にそう返した。



 ***



「やっぱりアテナは、こっちの方が可愛いよ」



 あれから数年後。

 すっかり戦争も終わり、剣聖としても役目がほとんどなくなった少年──からすっかり成長した青年のルーンは、私に笑いかけてくる。


 私は少し恥ずかしくなり、目を逸らしながら答える。



『ルーンのお陰です。あの頃の私のままだと、きっとこうして暮らすことすら考えもしなかったでしょうから』


「そう言ってもらえると嬉しいよ」



 今の私は、あの頃のように強くはない。

 ルーンと戦えば、一秒もしないうちに伸されてしまうだろう。

 だがそれも、自分で選んだのだから不満はない。



 今の私は、家事全般を請け負う、ルーンの「専属メイド」になっている。


 それでもこちらの方が、私には合っているらしい。

 こうしてルーンの役に立っている毎日が、とても楽しいのだ。



 まあこちらは………別の意味もあるだろうけれど。



「時々僕は、アテナが本当に人工知能なのか、疑問になるよ………」


『ええ。全くです』


「え?」



 私はキョトンとしているルーンの顔を見て、クスリと笑う。



『私は今、幸せですよ』


「どうしたいきなり」


『いえ。言ってみたくなっただけです』


「ふうん」



 今の私は、おかしいのだろうか。



 ただ命令の通り、殺戮だけを繰り返していた機械が、ただ一人の青年にだけ、特別な感情を傾けているのは。



『今日、散歩にでも行きませんか?』


「あ、いいね。どこに行く?」


『そこの湖にでも。涼しいですし、魚も釣れるそうですよ』


「じゃ、いこうか」


『ええ』



 分からない。

 それでも───確かなことはある。




 それは、私が今、これ以上ないほどに、幸せだと言うことだ。

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