第6話

――頭が重い、そして痛い。


 内側からノックでもされているかのように、断続的な鈍痛が頭の内側から響く。それもこれも大隈と千花のせいだ。昨日の夜は、結局ほかの村人も集まり、小さな宴会のようになった。それでも、間違いなく、この頭痛は大隈と千花だけのせいだった。ほかの村人がそそくさと逃げ出す中、あの酒豪二人の相手をさせられていたのだから、今起きているだけで御の字だろう。

 数少ないちゃんとした仕事の日を二日酔いで迎えるのは、いよいよ自分が社会からはみ出してしまったようで、頭に負けないくらいに心が重くなった。それでなくても、今から会わなければいけない相手のことを思うと既に心は十分に重たいというのに。

 最低限の身だしなみだけ整えて、屋上に向かう。大量に積み上げられた日用品と、この村では使い切ることはないであろう葬儀関連の品の間を抜けて、屋上に続くドアを開けた。

 腕時計に目を落とす。時刻は七時五十九分。ぎりぎりだ。約束の時間は八時で、あいつはいつも八時ちょうどに来た。一秒も遅れないし、早く来ることもない。機械のような奴。あのタイプの配送人はこれまで見たことはなかった。新しく開発された配達ロボットなのではないかと私は疑っていたが、そんなことを言えば皮肉が数倍になって返ってくるのは間違いない。私でなくても、口をつぐむが正解だろう。

 この村に似つかわしくない機械的な音が空に響く。空気を切り裂くプロペラ音。この音の大きさに不快に感じるでもなく、外の世界を感じて少し心が落ち着くのは、なんと悲しいことなのかと、我ながら思った。

 ヘリはゆっくりと事務所の屋上に着陸し、プロペラの回転を止めた。ヘリからスーツをピシッと決めた黒縁メガネの男が、腕時計に目を落としながら降りてきた。そんなに気にしなくてもあんたが時間に遅れることはないから安心しろよ、という言葉を飲み込む。


「おはようございます、車谷さん」


「おはようございます、白坂さん。先週は村に異常はありませんでしたか?」


 挨拶もそこそこに、車谷はすぐに必要事項の確認を始めた。卸売業者がどうして村の状態まで気になるのかと、疑問には思うがそもそもが異常な取引形態なわけだし、考えても無駄だろう。


「特にありません。いつも通りです。それと、今回の村人の要望リストです。難しいものもあるので断ろうかとも思ったのですが――」


「それを判断するのはあなたの仕事ではありません。要望はすべて伝えてください」


 私の言葉を切るように車谷が言った。言葉に負けず劣らずの冷ややかな視線が私を刺す。

 せめてもの抵抗として小さく肩をすくめ、大人しくすべてのリストを車谷に渡した。

リストに目を通す車谷が、その目の動きを止め、片眉を吊り上げた。


「このチェーンソー十台というのは?」


「それがさっき言ってたやつです。大隈さんがこの辺りにはいい木が多いから切りたいらしくて。ほかの人にも手伝ってもらうかもしれないから、とりあえず十台と」


 答えながら苦笑する。物自体は仕入れることは可能だろうが、目の届かないこんな辺境で、すんなりと売ってくれるとは思えなかった。もしこれが後ろ暗い取引だとすれば、怪我をしようものならそれがきっかけで明るみに出てしまうかもしれない。後ろ暗いところがないとするなら、無料で物品を届けているのだから、それなりに値の張るチェーンソーを十台も届けるのは無理だろう。だからこちらも気を使ってやったというのに、と内心悪態をついた。


「チェーンソーは難しいと大隈さんに伝えてください」


「そうですよね」


「ええ、危ないので。代わりに伐採用の重機を届けるので、それを使うように伝えてください」


「え?」


「何か?」


 車谷に睨まれて、慌てて「いえ、なんでもないです」と首を振った。

 不思議なことに、車谷はこの村の人に異様に甘い。それに重機をどうやって持ってくるのかとか、使い方を大隈はわかるのかなど、聞きたいことは色々ある。だが残念ながら、車谷の優しさが私に向けられることがないのはわかっているので、何も聞かなかった。


「では、とりあえず今回の分はここに下ろしますので、下に運んでおいてください」


 車谷がヘリの中から、今回の支給物資を下ろし始めた。それほど数は多くない、二人でやれば直ぐに下ろせるだろう。ヘリの近くに一歩近寄る。


「手伝いますよ」


「そんなヒマがあるなら、今下ろした分の荷を下に運んでください。ここに二人も必要ありません。無駄です」


「……はい」


 心の中で悪態をつきながら、今日すぐに渡す予定の食料品を一階まで持っていった。


「修くん、お疲れ! 手伝いに来たよ」


 荷を床に置いていると、千花がちょうど戸を開けて入ってきた。これは私の仕事だから大丈夫だと言おうかとも思ったが、先ほど車谷に自分が言われたことと重なり、結局はお願いすることにした。お願いする旨を伝えると、千花は嬉しそうに腕をまくり、階段に向かった。私も急いで追いつく。

 再び、屋上に着くと、既にヘリの姿はなく、積み上げられたいくつかの物資だけが取り残されていた。


「一言ぐらい言ってから帰れよな」


 つい、文句が漏れる。


「よっちゃん帰っちゃったんだ。久しぶりに顔見たかったんだけどなあ」


「よっちゃんって?」


「え? この荷物持って来てるの、よっちゃんでしょ? 陽一でよっちゃん」


 そういえば、車谷の名刺に陽一という名前が書いていたような気がする。あまりにもミスマッチな響きのせいで、言われてもすぐに繋がらなかった。

 千花の様子を見るに、車谷のことは昔から知っているようだ。そうでなければ、いくら千花でも車谷をよっちゃんとは呼ばないだろう。「ちゃん」という響きがあれほど似合わない人間もいない。昔から車谷はこの仕事をしていたのだろうか、と小さな疑問が浮かんだが、車谷の事を知ろうとすることが不快で聞くのはやめた。


「まあ、帰っちゃったのは仕方ないね。パパッと荷物降ろしちゃおうよ。急がないと皆が取りに来ちゃう」


 千花の言葉に頷き、急いで荷物を下に運んだが、結局は間に合わず、荷を受け取りに来た村人たちに手伝ってもらうことになってしまった。申し訳なさとともに、「これはあなたの仕事だと思うんですけどね」と嫌味ったらしく突いてくる車谷の姿が頭に浮かんだ。

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