第2話

 乱暴に肩を揺すられているのを感じる。不快感に眉をひそめながらゆっくりと目を開いた。目の前では制服姿の男が迷惑そうな面持ちでこちらを覗き込んでいた。


「お客さん、着きましたよ。ったく勘弁してくださいよ。こっちはお客さんがバス停にいなけりゃ今頃とっくに帰り支度でもしてる時間だ。早く降りるくらいしてくれたってバチは当たらんでしょう」


 男の言葉で自分がバスに乗っていたことを思い出す。どうやら目的地についたらしい。それにしてもなんて言い草だろう。そもそもバス停に人がいなければ走らないバスなどあるはずがない。村から乗る人がいたらどうするのだ。少し眠ってしまったくらいでそんな戯言を言われる筋合いはない、と思ったが、言葉を飲み下し、笑顔を顔に貼り付けた。


「すいません、ご迷惑をおかけしました。私のためにご苦労をおかけして申し訳ありません」


「本当ですよ、まったく」


 運転手は訂正するでもなく、口を尖らせた。そのまま「早く降りてください」と不躾な言葉を投げてくるので、内心むっとしながらも、礼を言い、バスを降りた。

 バスを降りると、これまでに見たことのないほどの一面の緑が視界に飛び込んできた。そろそろ、夕方に差しかかろうかという時間だが、まだ日は高く、青々と茂った美しい木々を鮮やかに照らしている。コンクリートに囲まれて生きてきた私は生まれて初めて明確な緑の匂いというものを感じた。葉が風に揺られ、心地良い音を鳴らすのに合わせて、胸の奥に染み込むような暖かい香りが全身を包んだ。近頃の鬱々とした気分を浄化してくれるかのようだった――それも鬱々とした気分の原因を寝ぼけた頭が思い出すまでの短い間だったが。

 徐々に回り始めた頭を使って、周りの状況を確認する。たった今、バスから降りたはずなのに、バス停はなかった。意味がわからない。あの運転手に置き去りにされたのか、と不安に駆られたが、足元を見ると何か書かれていることに気づいた。土の上に、木の棒で書いたような字で、「やすらぎの村」の文字と矢印が書かれていた。何とも言えない気持ちに苦笑いをしながら、矢印の指す方向へと歩を進めた。

 矢印に従って真っ直ぐに道を進む。道、といっても獣道よりは少しましといった程度で、草は生い茂り、矢印がなければ道があることにすら気付かなかったかも知れない。通せんぼをするように木々から長く伸びた枝に顔を何度もぶつけながら進んだ。謎の使命感のようなものに唆され、顔をしかめながらも歩みは止めなかった。それなりの時間歩き、足に疲労も貯まりだした頃、目の前に現れたのは緑色の壁だった。そう錯覚してしまうほどに生い茂った濃密な天然の壁が目の前にあった。

 手を伸ばしてみると、手が緑の奥に抵抗もなく沈んだ。壁というよりはカーテンの方が近いかも知れない。

 ふわふわと低密度に敷き詰められた葉に行く手を遮られ、思わず舌打ちが漏れる。


「ここまで来させといて行き止まりか? 勘弁してくれ」


 つい口をついて出た独り言に自嘲しながらも、私は意を決して、苛立ちをかき分けるかのように、緑色をした壁に頭から飛び込んだ。予想の何倍も柔らかく、より一層深い暖かな香りが胸の奥に染み込んだ。


「おう! 着いたか。いらっしゃい!」


 顔に葉が当たる感触が消えると同時に、やけに気風のいい声が聞こえた。

 ゆっくりと目を開けると、白髪頭の初老の男性が小さなアウトドア用の椅子に腰掛けていた。男性は筋肉質で、体格もよく、袖なしのシャツから覗く腕は私の太ももくらいはあるのではないかというほどに太い。もし髪が黒ければ初老である、などとは思いもしなかっただろう。

 予想外の出迎えに言葉が出ず、下半身を葉に埋めたままで小さく会釈をした。老人はそんな様子を見て豪快に笑った。


「驚かせちまったかな。入口も狭くて大変だっただろう」


「え? これって正規の出入口なんですか?」


 間の抜けた声が漏れた。誰かのいたずらか、そうでなくてもよそ者への洗礼か何かだと思っていた。


「おう。この村唯一の入口よ。不便かけて悪かったな。俺は大隈重定ってんだ。村長ってほどのもんでもねえが、一応取りまとめみたいなことをやってる。だいたいみんなシゲさんって呼んでっから兄ちゃんもそう呼んでくれや」


「はあ。白坂です。よろしくお願いします」


 初対面の相手をいきなり愛称で呼ぶ気にもなれず、このマヌケな体勢で自己紹介をするのもおかしい気がして、これまでにしたことがないような気の抜けた挨拶になってしまった。コンビニでたむろしているヤンキーでも、もう少し気の入った声を出すだろう。大隈は気分を害するでもなく、また豪快に笑った。


「じゃあ、ちょいとあんたの前任者を呼んでくるから待ってな。一応あんたの上司ってことになるだろうし、それまでにそのケツは引っこ抜いておいたほうがいいかもな」


 大隈はそう言うと、私の「はあ」という気の抜けた返事を待たず、ドシドシといった様子で村の奥へ歩いて行った。引っ張り出してくれてもいいではないか、という文句は大隈には届かなかったようだった。声に出していないから当然のことなのだが。

 腰を左右に振るようにしてなんとか下半身を緑の中から引き抜いた。そのまま地面に座り込み、落ち着いて周りを見渡す。

 見た限りでは家が立ち並んでいるだけで、店は見当たらなかった。もちろん、どこかにある可能性は多分にある。小さな村とはいえ当然ここから村全体を見ることができるわけではないのだから。だが、私の直感はその可能性が低いことを告げていた。こんな辺鄙な村に店がなければ、生活もままならないだろうと頭ではわかっているのだが、どうにもこの村の景色が、空気が、そういった経済活動と同居できるとは思えなかった。

 そのわりに、家は予想より多く、今視界に収まっているだけで十から十五くらいはありそうだ。となると死角も合わせればもっとたくさんの家があるのだろう。村の人口に比べて家の数が多いような気がするが、道幅が広く、ほとんどが平屋であることもあってか、圧迫感のようなものはほとんど感じなかった。代わりに、四軒先に見える三階建ての建物が私に向けて嫌な威圧感を放っていた。三階部分に貼り付けられるようにして大きな看板が付いている――山ノ実・セレモニー・ホールディングスやすらぎの村支店。この村にあの立派な看板が必要なのだろうか。

 あぐらをかき、頬杖をついて、前任者とやらが来るのを待った。まだそれほど時間は経っていないが、いつ戻るのかも告げられず知らない場所で待たされる時間はやけに長く感じられた。静けさの中に時折、風に揺られる木々の音に混じって、子供のはしゃぐ声も聞こえた。どうやら、この村には子供も何人かいるらしい。

 近づく足音に顔を上げた。大隈が戻って来ており、隣にはスーツを着た大隈に負けず劣らずの筋肉質な男が立っていた。身長からすれば適正なサイズのはずのスーツは、筋肉に引き伸ばされ窮屈な印象を放っている。やや四角気味の顔で、白い歯とともに優しげな笑顔をこちらに向けていた。男は、そのままこちらに片手をあげて挨拶をする。私は混乱と焦りで顔から血の気が引くのを感じた。


「やあ、白坂くん。待たせたかな」


 その言葉が言い終わらないうちに飛び上がり姿勢を正した。私の口から出た挨拶は、自ずと東京を離れてから一番しっかりとした口調になった。


「おはようございます。社長」


 社長は私の挨拶に「ここではそんなにかしこまらなくてもいいよ」と笑った。平社員の自分は社長と言葉を交わしたことは数えるほどしかない。それでも言葉の節々から感じる温かさは「ああ、社長だ」と感じ入るには十分なものだった。社長不在の中、傲慢で強欲で浅ましい刈谷にうんざりしていたからこそ余計に感慨深く感じた。

 だが同時に、頭の中は混乱でショート寸前だった。何も考えずに条件反射的にかしこまっていた方が楽だった。どうしてここに社長が、ここで何をしているのか、自分はこれから何をするのか、そんな疑問が頭に浮かんでは溜まっていく。


「混乱しているね、無理もない。私がここに赴任していることは内緒にしていたからね。こっちに集中したくてね。いつまで出張に行っているんだ、と皆思っていたんじゃないかな?」


 そんなことは思っていなかった。思いもしなかった。きっと、社内の誰もが私と同じだろう。そもそも、私たちは社長が会社にいないことすらも知らなかったのだ。社長室にたどり着くまでには、小杉の部屋、その奥には刈谷の部屋があり、社長室に向かおうものなら、どちらかがすぐに出てきて止められ、取り次ぐから戻れと下げられた。そんな生活がもうずいぶんと続いていた。

 あの先には誰もいなかったのだ。もし、強引に突破するものがいたとしても、社長は今日は出張だ、とでも刈谷に言われれば、食い下がりようもない。誰もしばらくは気づくことはなかっただろう。単純だが、小狡い、上手い手だ。刈谷はただ社長が長期出張中ということを伝えないだけで、会社意のままにをコントロールすることができたわけだ。最近私の中に溜まっていっていた疑問が端から紐解かれていった。

 刈谷に都合のいい申請がポンポンと通るはずだ。刈谷に都合の悪い申請が通らないはずだ。そして申請者がこじ付けのような理由で処分されるはずだ。社長の長期不在時には社長の業務は専務が代務することになっているのだから。社長印も刈谷が所持しているのだろう。刈谷はすべての申請に目を通し、自分で許可や却下の判断を下していたのだ。――専務解任の嘆願書すらも。

 私が何も答えないからか、社長が困ったように首をかしげた。私は不格好に口を何度かパクパクと開き、結局は質問することで言うべき言葉を奥に押しやった。


「社長がここにいらっしゃることを、刈谷専務はご存知無かったんですね?」


「ああ、知らないはずだよ。極秘事項で無期限の長期出張と言ってある。刈谷くんから、この村に君を赴任させたらどうかと言われたときには驚いたが、君の真面目で誠実な仕事ぶりはよく知っているからね。私もいつもまでも本社を空けるわけにはいかないし、君になら任せてもいいかと思ったんだ」


 刈谷はとうとう墓穴を掘った、ということらしかった。社長がいない間に気に入らない社員を左遷したつもりが、そこの前任者が社長で、担当が変わった結果、社長は本社に戻る。童話にでもなりそうなマヌケな物語だ。

 これから本社の状況は一変するだろう。それでも、流されることを選んだ自分には関係のない話だ。そんなこととは無関係に、私は明日からこの場所で期限もわからぬまま働き続けるのだ。社長がこの場所を左遷地と思っていない以上、連れ戻すという発想も出はしないだろう。そして、自分はここでは働きたくないという気持ちを伝えるつもりも当然なかった。

「白坂くんも疲れているだろうし、立ち話もなんだ。事務所に行こうか。接待道具は本社より充実しているよ。職権乱用だ」

 社長は穏やかに笑った。その程度で職権乱用だなんて言っていると、本社に行ったら卒倒してしまいますよ。そんなことを思ったが、頭の中だけにとどめ、「はい」とだけ返事をして、大隈に礼を言うと、社長の後に続いて事務所に向かった。



 社長がガラガラと音を鳴らしながら、駄菓子屋にでも使われていそうな古ぼけたドアを開けた。事務所の中は簡素で仕事机のようなものすらも見当たらない。広めの応接間とキッチンがあるだけだった。部屋の真ん中には机と座り心地の良さそうなソファーが置かれ、隅には畳が数枚敷き詰められており、子供のおもちゃが箱に入れられている。仕事スペースは二階より上ということだろうか。

 社長が「コーヒーでいいかな?」と言った。

 私は恐縮したが、社長は「今日の君はお客様だから」と譲らなかったのでお言葉に甘えさせてもらうことにした。社長がアイスコーヒーをソファーに座る私の前に置き、自分の分に口をつけたので、私も礼を言って一口飲む。鮮やかな香りが鼻の奥を抜けた。これまでに飲んだこともないようなおいしいコーヒーだった。接待道具が整っているということは本当らしい。

 もう一口だけコーヒーを飲み、口を開く。


「一階は応接スペースで、二階より上が仕事スペースになっているんですか?」


 社長は小さく笑い答える。


「いや、一階は応接スペースで、ニ階より上は倉庫兼住居スペースだよ」


「倉庫ですか? 私たちの仕事でそんなに大きな倉庫は必要ないような気がするんですが」


 葬儀関係商品を広く扱うとは言ってもスペースを取るような物は多くはないし、使いまわせる物も多い。まさか全村人が同時に亡くなるわけでもあるまいし、この村でそれほど予備の品が必要だとも思えなかった。


「いやいや、まあ本来の商品もたくさんあるにはあるんだが、その他の雑貨も多くてね。食料品とか日用品とか、その他注文があったものを置いているんだよ」


「え? 食料品と日用品ですか?」


 耳を疑った。うちは葬儀に関することならば何でもする。仕入れ、卸売、小売、サービスと何でもありだ。だが食料や日用雑貨は本業とあまりにかけ離れてしまっている。


「この村には店といったらここしかないからね。なんでも扱うことにしたのさ。注文が入れば、家電やゲームなんかも扱うよ」


 そんな馬鹿なという思いが頭に浮かぶ。商品の仕入先は? こんな場所で注文品の受け取りはどうするのか? 価格設定も商品の種類によって全然違ってくるだろう。一人で行えるような仕事量ではない。

 社長は私の心配を見透かしたかのように柔らかく微笑んだ。


「ここの屋上はヘリポートになっててね、商品は週にニ回、月曜日と木曜日にヘリでまとめて持ってくるんだよ。車谷くんっていう子が担当で、彼に言えばどんな商品も集めて、まとめて持ってきてくれるよ。だからここでの仕事といえば、村人と話をして必要なものを聞いて車谷くんに伝えるだけだね」


 社長の言葉に納得するどころか、さらに頭が混乱する。連絡するだけで商品を集めてヘリコプターで持ってきてくれる? とてもじゃないが、こんな小さな村で採算が取れるはずがない。その卸売業者はそれでも利益を出せるほど安く仕入れているということなのだろうか。いや、注文が入るまで何が必要かということもわからないのに、そんなことができるとは思えない。末端の働きアリである私でもわかるほどに、一般的な経済活動から逸脱している。

 理解することを諦めて、次の質問を社長に投げかける。


「うちから村人への小売価格はどう設定すればいいんですか?」


 社長はしまったという表情を浮かべて、頭を掻きながら「ごめんごめん」と言い頭を下げた。私は今日何度目かの恐縮をしながらも、謝られる理由がわからず首をかしげた。


「まず、それを説明しておくべきだったよ。現場を離れて長くなると、説明が下手になっていけない。実は、この村にはお金がないんだよ」


「はあ、まあ確かにお金持ちには見えませんが」


 社長の言葉の意図がわからず、曖昧な返事を返す。


「違う違う。通貨って制度がないって言ったらいいのかな。まあ、つまり白坂くんは、この商品をくださいって村人に言われたら、何も受け取らずにただ商品を渡せばいいってことだよ」


「え? じゃあ、うちは大赤字じゃないですか。配送料も仕入れ代金も馬鹿にならないでしょう?」


 社長は困ったように頬をかきながら口を開く。


「いや、仕入れ代金も配送料も払っていないから、原価はほとんどゼロだね。ちなみに利益も薄利だけど一応は出ているよ。現場の白坂くんが実感することはないかもしれないけど」


――いよいよわけがわからない。


 卸業者は何のためにそんなボランティアのようなことをしているのか。薄利とはいえ、うちに利益が出る仕組みも全く予想がつかない。もはやそのシステムが恐ろしく、恐ろしすぎて聞きたいとも思わなかった。

「まあ、理解できないかもしれないが、高度に政治的な問題だ、とでも思っておいてくれればいいよ。私から説明できることも少ないし、ただ村人の話を聞いて手助けをする仕事だと思って欲しい」

 社長がおちゃらけた言い方をした。私の不安を和らげようとしてくれているのだろう。それならば他に聞きたいこともなかったし、言いたいこともなかった。いつも通り、私は黙々と自分の仕事をすればいい。自分を落ち着けるようにコーヒーを飲み干し、黙ってしっかりと頷いた。

 社長は私を見ると、真剣な面持ちに変わり、言葉を続けた。


「理解できない馬鹿げた仕事に思えるかも知れない。でも、本当に大切な仕事なんだ。それを白坂くんに任せたい。どうか、よろしく頼むよ。村人に寄り添うことを第一にしてくれ」


 まっすぐな目で社長にそう言われたら、私にできることは性格的にも、心情的にもうなずくことだけだった。誰からの頼みでも同じように答えていたに違いない。それでも、社長の頼みにそう答えられたことが嬉しかった。だから、不安からも、戻りたいという気持ちからも、なんとか目を逸らした。


「多分、そろそろシゲさんが村を案内してくれる子を連れてきてくれるはずだ。私は明日の早朝には車谷くんのヘリで東京に戻る予定だから、もうちゃんと話をする時間も取れないかもしれない。最後に、私に聞きたいことや言いたいことはあるかい?」


 社長の瞳は私の胸の奥を見透かそうとしているように感じて、胸の奥にチクリと小さな痛みを感じた。それでも、私には言うべきことはあっても、言いたいことはなかった。


「私から何もありません」


 社長は数秒私を見つめた。私は耐えられず、その視線からすぐに目を逸らした。伺うように視線を上げると、社長は優しい笑顔に戻っていた。


「そうか。じゃあ、言いたいことができたら言っておくれ。力になるから」


 私が曖昧に首を傾けたのとほとんど同時に、「入るぜい」という豪快な声とともに事務所の戸が開いた。


「シゲさん、遅かったね。あれ? 千花ちゃんは?」


「それが見つからなくてよ。近所のガキに聞いたらこの時間は山の上から夕日見てるらしいんだわ。それなら兄ちゃんも一緒に行った方が早いってわけで迎えに来たのよ。まったく、今日来るからなって言っといたのによ」


 どうやら私の世話役は千花というらしい。おそらく女性だろう。勝手に男性だと思っていたので、若干身構えてしまう。年配の女性の方がまだ緊張せずに済むなと思った。


「そうなのかい。そういえばお気に入りの場所があるって前に言ってた気がするなあ。……うん、じゃあ悪いけど、白坂くんはシゲさんについて行ってもらってもいいかな? 多分だけど、山といっても村の中の小山みたいなやつの上にいるはずだから、それほどの距離じゃないよ」


「わかりました」


「なんでい、社長さんはこねーのかい? せっかくだし一緒に行って帰りに一杯どうよ?」


 大隈が素っ頓狂な顔と声で社長に言った。どうやら社長ということは知っていたようだ。「戻る準備があるからね。先にそっちを終わらせておくよ。終わったら合流するから、それから一杯やろう」

 大隈は飲みに行けることが嬉しいらしく、威勢良く「そうかい!」と返事をすると、私の方を向き「じゃあ、兄ちゃんさっさと行っちまおうか」とさっさと事務所を出て行ってしまった。社長と顔を見合わせ苦笑する。

 私は社長に軽く一礼すると、大隈を見失わないように早足で後を追いかけた。

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