本を読むだけの簡単なお仕事です。

華川とうふ

もし、この小説が過去の人々の目に届いたのなら……

 私の仕事は本を読むことである。

 子供の頃の私が聞いたら、さぞ羨ましがるだろう。

 私は本を読むのが好きだったから。

 は私が子供の頃にはなかった仕事だ。

 新しい類の職業で、両親からは「本当にそんなことが仕事になるの?」と心配されている。その心配の裏にはもちろん、そんなやくざな仕事をしていないで早く結婚して孫をみせてほしいという言葉が隠れている。


 オフィスに出社すると、同僚に挨拶をして。コーヒーを飲む。

 あとは指定の端末で小説を適当に選んで読み始めるだけ。

 こんな簡単な仕事が他にあるだろうか。


 子供の頃は図書館司書になるのが夢だった。

 大好きな本に囲まれて生きる。

 それはどんな素晴らしい仕事だろう。

 図書館の児童室で働く人たちもいつも笑顔で、子供たちが本を好きになるように読み聞かせやおすすめの本棚などいろいろ工夫がされていた。

 だけれど、私の夢はあっという間に消え去ることになった。

 図書館司書は非常に狭き門だから、別な仕事を目指すように両親に言われたからだ。

 本当になりたいならば両親の反対を押し切ってでもその道を目指せばよかったって?

 いや、そもそも私の母も本好きで司書の資格を持っていたのだ。

 だけれど、仕事なんてない。

 あっても非正規の仕事だけ。

 そんな現実を見せられればさすがに無茶な進路を選ぶことはできない。


 大学に進んだ私は本にかかわる仕事がしたいと、就職活動では出版社を志望した。

 そして、あっけなくエントリーシートでお祈りコースだった。

 大学生活では本を読むか勉強しかしてこなかった。

 学生時代まではそれでよかったが、社会にでるとそんな人材は不要らしい。

 何か華やかなことやバイトやサークルなども器用にこなす人間のほうが必要とされるらしい。

 仕方ないので、私は公務員試験を受けて公務員になった。

 いつか図書館に配属されるかもと期待をしていた。


 世間一般に楽だと言われている公務員の仕事は若者には過酷だった。

 楽だと思われる部署は子供が小さな女性をメインにまわす。

 大変な部署は必然的に、嫌だとは言えない人と文句を言うこともしらない若者で回すことになる。

 公務員の仕事はストレスでいっぱいだった。

 慣れない仕事なのに、相手は自分をプロだと思っている。

 絶対に隙を見せられない緊張の連続だった。


 そんな私の唯一の楽しみは小説投稿サイトに小説を載せることだった。

 自分で思い描いた物語を誰かに伝えることができる。

 出来がよければ評価や感想ももらえる。

 何かを作る喜びや人と交流する楽しみ。

 趣味で投稿していた小説は私に多くの経験を与えてくれた。

 努力とはしてみるものだ――そんな風に思ったのはある日、私がWEBに連載している小説を書籍にしないかと出版社から声がかかった時だった。

 とうとう、本にかかわる仕事ができる。

 そう思うと嬉しくて仕方がなかった。

 正直、今の仕事と比べても、当時の公務員の給料と比べても大した金額にはならなかったけれど自分で切り開いて自分の好きなことを仕事にして、そしてなによりも人に感動を与えることができる。

 それは私の人生を意味があるものにしてくれているように感じた。


 それからも、私は書き続けた。

 よく小説家を夢見る人でも一冊、本を出してしまうとそれ以降書けなくなるなんて話もあるけれど。

 確かに、最初の本を出した後は怖かった。

 前の方が面白いと言われるかもしれない。

 劣化した搾りかすなどと言われるかもしれない。

 そう思うと怖かった。

 だけれど、私は書き続けた。

 普通に働く給料と比べると労力の割にはお金にならないけれど、やりがいと喜びがそこにはあったから。

 幸い、WEBでの公開が主だった私はすぐに読者から感想をもらえるので、つまらないと思われているのじゃないかとやきもきする時間は、通常の書籍でデビューするひとよりは圧倒的に短かった。


 そんなにお金をもらえなくてもいい。私は一生こうやって小説を書いていこう。

 そう思っていた。

 結婚しても、子供が生まれても、おばあちゃんになっても。

 私は私の物語を書いて誰かに伝え続けたい。


 でも、そんな日々は続かなかった。


 人工知能小説家の台頭だ。

 彼らはあっという間に私たち人間を駆逐した。

 そう、駆逐という言葉が正しかった。


 それまでも人工知能に書かせた小説が新人賞の一次を通過したとかのニュースは何度もあった。

 だけれど、それはあくまで人工知能が作ったもの。

 どこか歪で不十分。

 小説のような創造的なものは人工知能では不可能だと人々は、私も含めて高をくくっていた。


 だけれど、人工知能の進化は我々人類が想像していたものよりも目覚ましかった。

 ある日、人気小説家が告白したのだ。

 自分が今まで発表した作品のほとんどが人工知能によるものだということを。


 それから人々は人工知能に小説を書かせるようになった。

 好みの設定やシチュエーションやシーンだけで、当たらな小説が出来上がる。

 自分の頭で苦労して考えて時間をかける必要もない。

 自分で楽しいと思ったものや好きなヒロインの属性を入力するだけでも小説が出来上がっていく。

 もう時間をかけて苦しまずとも人を楽しむ小説を簡単にことができるようになっていた。


 多くのWEB小説サイトでは書き手は書くのをやめて小説をつくるようになっていった。

 だってあの世界的にも人気なアニメになった小説が人工知能によって作られたものならば、もう自分が自ら苦しんで何かを書くなんて無駄だから。

 これからは人工知能を使いこなせる書き手の時代がくる……そんな風に思われていた。

 だけれど、現実は違った。


 幾多の人間によって、無数の小説を書き上げた人工知能は今度は自らすべてを決定し小説を投稿するようになった。

 書き手はもう不要になった。

 大抵の書き手が思いつくような小説はすでに人工知能が小説にして投稿サイトに乗せられていた。


 誰も小説を書かなくなった。


 ただ、読みたい人のために小説投稿サイトには毎日のように人工知能による小説が投稿された。

 でも、ここで出てきた問題が、どの小説が面白いか分からないという非常にシンプルな読者の悩みだった。

 以前ならば、ランキングやその作者などを頼りにどの小説を読むか決めることができていた。

 だけれど、すべての小説を人工知能が投稿しているとなると作者読みはできないし、毎日あまりにもたくさんの小説が投稿されるのでランキングは機能しなくなっていた。


 そこで、現れたのが今の私の仕事だ。

 人工知能によって投稿された小説を読む仕事。

 どうやら投稿サイトから書籍化した人間を中心に声がかかったらしい。

 私たちの仕事はただ、毎日投稿される小説を読む。

 別にこうしたらもっと面白いとか、そういうことは指摘しない。

 ただ、評価シートみたいなものを渡されてそれに記入するが、その評価シートの内容はおそらく反映されていない。

 以前、わざと面白くないと仲間内で話をあわせた小説がサイトの一番目立つ場所に掲載され、実際読者からも面白いと評価されていた。

 確かにその小説は面白かった。

 だけれど、私たちはこの小説を評価シートの上では面白くないものと評価した。私一人だけならともかく、多くの同僚たちも同じく低い評価にした。

 つまり、私たちの書いている評価シートには何の意味もないのだ。

 ただ、仕事をしているふうにするための形ばかりのものなのだ。


 私たちの書いた言葉は人工知能にさえ伝わらない、価値のないものと判断された。


 私たちの仕事はただ小説を読むだけ。

 ただ、小説を読んで適当にシートを書いて、休憩。そしてまた小説を読む。


 本当に終わりのないゆめ悪夢のような仕事を手に入れた。


 いつか、再び小説を書けるようになったとき、私はひっそりとまた小説投稿サイトに書いてみようかと思った。


 きっと、だれにも読まれることなく電子の海の塵になるだろう。

 だけれど、この小説が万が一誰かの目に触れたのなら……いや過去に小説が飛ぶなんてことはありえないけれど、人工知能に小説家が駆逐される前に彼らを……私たちをたすけてほしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

本を読むだけの簡単なお仕事です。 華川とうふ @hayakawa5

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ