和風ファンタジー~深山から望む天下統一~スキル『迷宮領主』はチートだった

狛犬さん家

第1話 決別

 時は戦国。

 各国の大名が争い、太平の世の中がはるか昔に過ぎ去った頃。


 名ばかりになった皇都みやこから遥か遠くの山奥に、細々と続く道元寺どうげんじ家があった。


「父様……わたくし、お受けいたします」


 齢十四にも満たない紫髪の少女が、書状を強く握りしめ決意を表す。


「………」


 父様と呼ばれた白髪交じりの壮年の男は、じっくりと娘のことを見る。そして、息を一つ溢すと、娘から書状をひったくりビリビリに破いた。


「もう止めだ! 先代の頃に受けた御恩があるからと、これまで散々尽くしてきた。その見返りが、これか!! ふざけるのも大概にせいよ、この洟垂れ小童はなたれこわっぱが!!」

「!? と、ととさま! それは細川かみやもり家からの大切な書状ですよ! それを破り捨てたとなったらどうなるか……」

「ああ……。それくらい分かっている」

「ならば、どうして。私一人が――」


 その後が続けられることはなかった。

 男が娘を抱き寄せたからだ。


 父から優しく頭を撫でられ、混乱していると今度は手を両手で握られた。


「すまなかったな、今まで。お前一人に背負わせてしまっていた。すまん」


 そして再び強く抱きしめられた。

 その逞しくも優しい抱擁に少女の中の何かが溶かされていく。

 幼き頃から付き合って来た黒く怖いもの。お家の為と必死に隠してきたこの感情。長年、小さき身体で堰き止めていた鎖が溶かされ、激流が流れ落ちる。



 §



 三方を高い山に囲まれたこの領地から外に出るには、千也渓谷を通る。その細い細い道を通った先にあるのが細川家が治める領土である。

 つまり道元寺家唯一の玄関が細川家なのである。

 この関係性からうちの家は深夜森家対して強く出れない。


 しかし今朝方、父上――道元寺正信どうげんじまさのぶから細川家に対して敵対するという旨を伝えられた。

 驚きはしたがいつかはこうなるだろうと予想していた。そして、内容を窺うと納得だ。

 

 細川家の書状にはこう書かれていたらしい。


『初春。雪解けをもって道元寺正信が長女――道元寺小夜どうげんじさよを細川家が当主――細川晴信ほそかわはるのぶの側室とする。正確な日時は追って使いをだす』


 いわゆる政略結婚である。それも一方的な。

 だがこの時代これくらい珍しいものではない。

 ではなぜ父上がこれほどまでに怒り狂っているかと言うと、相手があの細川晴信だからである。


 そもそも細川家とは先祖代々お互いに友好的な関係を気付いてきた。

 道元寺家からは山の恵みを、細川家からはうちでは採れない様々な物を、互いに丁度いい分担ができていた。

 特に先代の細川守信もりのぶは大変よくしてくれた。七年前に起こった大規模飢饉のときには、食料を援助してくれたほどである。


 そんな友好関係が崩れたのが、今代になってからだ。細川守信が病で政が執れなくなると、嫡男の晴信が当主となった。

 それまでの晴信は可もなく不可もなく、少し性格が悪いかなくらいだったのだが、当主となった途端に本性を現した。

 放蕩無頼ほうとうぶらいな態度で家臣に対しても無茶な命令ばかりを出し、自分に反抗的な態度をとる者は追放。そして我が家に対してもまるで自分の家臣のように扱い、好き勝手に命令をする。

 最も最悪なのはと噂される行為だ。

 とっかえひっかえ庶民の女を囲い、夜な夜なこの世の終わりと思われるような金切り声が領主館から聞こえてくるという。


 先代の御恩を報いる為に、細川家の無茶なお願い《命令》も受け入れていると言っていたが、そんな父上にも我慢の限界はあったようだ。

 流石に人形壊しで有名な相手の魔窟に自身の娘を送り込まないか。よかった。受け入れていたら、俺が父上をぶん殴ろうと思ってたから本当によかった。


 そんな訳で我が道元寺家は細川家と敵対することになったのだが、戦をするとなると少し、いやかなり分が悪い。

 こちらは500石対してあちらは1000石。


 1石は大人一人の一年分の米を収穫できる土地の広さで、石高はそのまま兵数にも直結するので、戦力はほぼ倍である。


 そのことについて父上に相談しようと書斎を訪れるとそこには、木窓の外を眺めて一人黄昏ている白髪交じりの男の姿があった。


 














 

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