渡邊司がヒドいからカクヨムで執筆中@千鶴子

渡邊千鶴子

第1話 渡邊司は私ではなく息子から離婚に巻き込んだ

小学四年生の一人息子が、学校を欠席したいとグズり出した。

私は登校するように促した。


夫は心配しながらも、その日は一人で出勤の為、玄関のドアに足を向けた。


息子は体調が良くないと、まだ敷きっ放しの布団に潜り込んだ。

購入したばかりのswitchと一緒に。


「総司。学校行かないと駄目だよ」

私は出来るだけ声色が穏やかになるように気を配り、掛け布団をそっと捲った。


「やだ。怠いんだもん」

駄々っ子さながらの返事で、丸まってYouTube動画に夢中だ。


検温してみると、36.6℃だった。

小学4年児である事を踏まえれば、体温が高め程度かもしれない。

微熱と言えば微熱のような、微妙なラインだと思った。


「困ったね。とりあえず皆が勉強をしてる時間は、switchも3DSも禁止です」

私は宣告と同時にswitchを没収し、夫の身長よりも高い食器棚に背伸びして置いた。


「あー!母さんの意地悪。クソババァ」

必死に抵抗しながら、悪態をついてきた。


「意地悪でもクソババァでも、母さんは構いません」

3DSも、同じ場所に没収した。


「怠いんだもん。本当だもん」

まだ自分の幼さを自覚して生かそうと、駆け引きする様子を、可愛い成長過程だなと。

私は思っていた。


ぶんぶくれて布団に走って行ったので、私も後を追って布団に入った。


「switch買ってから寝るの遅いでしょ。遊び疲れだよ。宿題始める時間も遅くなったし、今日休むなら、switchも3DSも禁止だよ」

隣に並ぶと、足やら尻やら五体を駆使して、布団から追い出そうとしてきた。


「怠いなら静かに寝てようね。母さんも一緒に寝てるから」

20分もすると、疲れて大人しくなった。


「寝れない」

息子が端的に文句を言った。

「駄目だよ。怠いんでしょ。今日1日ゆっくり体調整えて、明日登校しなさい」

「寝れない」

「困ったね。怠いんでしょ。あ、そうだ。眠くなる音楽かけよう!母さん、オススメなの知ってるんだ」


私は3DSのアイコンを操作し、CD売上ランキング上位の女性シンガーの名前で検索した。

曲がヒーリングBGMにアレンジされているYouTube動画を流した。


「ね。落ち着く感じで眠れるよ。天気も良くて暖かいし、ゆっくりしてようねー」

私は息子を強引に説き伏せると、流石に観念して諦めた。


たっぷり30分後、音量を絞った。

「静かな環境にしてあげるとね、神経が落ち着くんだよ、総司は分からないかもだけど。総司がゲームしてる時は交感神経が頑張ってて、楽しく頑張り過ぎちゃって、総司が怠くなっちゃう副交感神経の出番が無くなっちゃってるんだよ。疲れてる総司、可哀想でしょ。だから、おやすみー」

うろ覚えの知識を総動員しながら、納得しそうな言い回しで説得してみた。


「あ。この曲知ってる。ゲームの曲だよ。父さんがしてた。その後総司もするんだー」

得意気である。私は難易度の高いARPGはプレイしないので、曲も知らないものだと思われている。

息子は少しハミングしてくれた。


私は曲を知っている。

息子が言うゲームはナンバリング2なので、当然ナンバリング1も存在する。


ナンバリング1のゲーム画面を観たのは、結婚前の夫が当時彼氏の頃。

自室に案内され、ブラウン管に美麗なグラフィックが煌々と点いたまま、プレイ画面が放置されていた。


そんな過去がある事を、当然息子は知るはずがない。


ゲームも曲も、かなりヒットした作品だ。

「母さんも歌えるよー」

うろ覚えの息子より、はっきりした記憶で口ずさんだ。


息子は感嘆の声を上げ、不思議がっていた。

その曲だけ何周もリプレイして、2人で歌った頃、息子はまどろみ始めた。


私は一仕事を終え、やっと息子の担任に遅過ぎる欠席の連絡を入れる事が出来た。



息子は今も、何も知らないんだと思う。


息子に知られて困る事はない。

夫の離婚の準備書面は、嘘ばかりだ。


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