白獣と金獅子とたまご

秋栗有無

夜明けの始まり

第1話

 弱い者ほど相手を許すことができない。許すということは強さの証だ——どこか遠い国の古いことわざらしい。昔、私の愛する人が教えてくれた。その言葉が何年もたった今でも鮮明に憶えている。


「おかあしゃん!」


 小さな女の子が母のもとへ駆け寄る。目一杯に小さな手で人形を抱えている。小さく肩を揺らし、汗ばんでいる女の子の額を彼女は拭った。


「どうしたの?」


「あのね——」


 つたない言葉で思うがままに私に話す。一気に話しているからか、息がまた乱れて呼吸を整えてまた喋り始める。その一生懸命に話すその姿を微笑ましく見つめていた。


「——しゃん、おかあしゃん!」


 女の子はムッと頬を膨らませた。


「うん? どうしたの?」


「おとおしゃん、いつかえってくるの?」


 彼女はムッとしたまま言った。


「お父さん? うーんそうねぇ。もうそろそろ帰ってくると思うけど……」


 すると、ドアの向こうから足音が近づく。


「あっ、ちょうど帰って来たみたいよ」


 ドン、ドンと低くて地面が揺れるような特徴的な足音を立てるのは間違いなく彼だ。ガチャ、とドアがと開く。


「おかえりなさい。あなた」


「おかえり!!」


 女の子が男に飛びつく。それを微笑ましげ眺めながら彼の元へ歩み寄った。

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