第44話 料理人は再会する
バルトロにああだこうだ言われながら整えてもらった髪やなんかは、すでにボロボロの状態ではあったものの、俺はようやく目的の場所に到着していた。
それも、思ったよりもだいぶ早い段階で、である。
「──ッ」
思ったよりも広い敷地の中、俺たちは異能を使うことなく歩いていた。綺麗に整えられた庭園は平穏そのものでのどかな場所であり、市民も使っているのか子供の声や家族の安穏とした笑い声で溢れている。
「綺麗な場所でしょう」
今まで無言だった男がいきなり喋り出したことに困惑しつつも、頷いてベルトルドへと返答する。
「……ええ、ですが今俺がいるべきではありません」
俺の格好を見るたびにそそくさと人が通路の方へと逃げ込んでいくのは、おそらく──一般人とそれ以外の区別がつくような格好だからだろう。街に買い物に行くときにこれほど怯えられたことはなかった。
「マフィアは葬式の時のような白黒の格好で、尚且つ派手で分かりやすい見た目をしていますから。それに今のあなたは殺気立っている、そういう方は──この
殺気立っている、だなんて初めて……いや案外言われたな。
オーナーや
「市民を守るのが我々の勤めであり、そして務めでもある──我々をあまり、便利屋のように扱われては困るのです」
「……
「ええ、その通りです。あなたたちの争いが、無駄な騒ぎを呼び、そして勝利なんかしてみれば……その後の順位戦の騒動は考えたくも無いでしょう?市民の、この街の人々のことを思うのであればお引き取りを」
随分とイラつく取引をせがむ男だ、と長身の男を睨みつける。
「……つまり、俺に、何もせずに、ここから去れ、と?──それはできませんよ、何しろそれはただの『裏切り』だ」
「いいえ?あなたは門前払いを食らっただけです。明確な裏切りとはできないでしょう。私はただあなたの前に立ち塞がった……それだけです。マフィアなんかに心酔する価値が本当にあると、そう思っているのですか?もっと世の中に目を向けてみれば見えてくるものが──」
「ベルトルドくん。感心しませんね、お客様を待たせているなんて」
横から気配もなく、いきなりかけられた声に体を揺らして驚きながらベルトルドは頭を下げる。品のいい初老の男性は
「も、申し訳ありません。ですが──」
「あなたの市民主義は大変良いものであると私は思います。ですが、行き過ぎるのもまた問題。一職員が大局を左右することはあってはなりません、従うべきは規則です」
「……はい、心得ております」
規則、か。
「では、中でお話を伺いましょう。ここで駄弁っていても、あなたも仕方がないでしょう?」
「は、はい……」
なぜか威圧感を感じる初老の男性に押されるように、俺もまたベルトルドと同じくカクカクとした動きで頷いた。
十数分後、その男に出迎えられたことを心から後悔していた。
「ですから!俺はただ──」
「ええ、ファミリーの方々と合流されたいということでしょう。お気持ちはお察しいたしますが、この
会話は永遠に平行線を辿る一方で、俺の要求していることを理解しながらも規則を盾にしてただただはぐらかし続ける、先ほどのムカムカするような取引を持ちかけられた方がまだマシだった。
「と、いうわけです。どうかお引き取りいただけませんでしょうかね。うちではちょっと対応し兼ねますのでね……」
「じゃあッ……追加料金を支払えば、」
「それも致しかねるんですよ。我々は金銭を支払われ、ファミリーが合意に至った時点でいかなる追加料金もとりません。何しろ、その後干渉できる要素がないようにしておりまして──」
「そちらの手落ちでしょう、ただ単に面倒ごとを嫌って弱小のファミリーだからと潰そうと画策してるんじゃないんですか!?」
「ああ、そんな大声をあげないでくださいね。お気持ちはわかるんですよ。でも、こちらも──規則ですから」
深いしわの刻まれ、にこやかな顔を殴りつけたくなったのはこれが初めてのことだった。苦々しい表情が、俺の顔へ浮かぶにつれて老人の微笑みが深くなっていったのは、俺の気のせいかもしれないが。
「……そうかよ」
「ええ、お分かりいただけましたらお引き取りを──」
カッとなりかけた瞬間、右肩にポンと手が置かれた。しかし、まるで諌めるような口調で語りかけたのは俺ではなく職員側であった。
「その規則なら、その上にある第16則にある『ただし、担当の係員の不手際がある場合ではその補填を行う』という文言があるんじゃないですか?フランシスコさん」
「それは……ですねえ」
目の前の男の顔が少しばかり苦くなったのを見て俺は少しだけ落ち着きを取り戻すと、斜め上を見上げる。
全く俺と似ていない顔立ち、そしてにこやかで嫌味のないイケメンであり、声もまたすっと耳に馴染みやすい、そんな軍服を着た男が立っていた。
実の弟、ドミニク・ラディーチェ。
「……何してんだよ、ドミニク……」
「それはこっちのセリフだよ、兄さん。こんなところで何してるのさ、しばらく兄さんだとは分からない位激昂してたから、見物しちゃってたけど……」
今日はなぜかよく知り合いに助けられる日だ。
「実は、料理人してたリストランテ、クビになっちゃって今マフィアのところで料理人やってるんだけど、いろいろあって構成員になっちゃって……それで今順位戦起こしてるんだけど、なんか置いていかれちゃった」
「何やってるの???本気で」
俺と同じミルクティー色の髪を少しかきあげると、ドミニクは少しだけ眉尻を下げてそれから笑った。
「僕は今、軍用施設からのお使いでこっちに用事があってね。ここ、軍の敷地内だから」
「ああ、そういうことか……って、そんなことしてる場合じゃ、」
「うん、わかってるよ。急いでるんでしょ?──やってくれますよね、フランシスコさん。僕からもお願いしますよ」
「……良いでしょう。ですが、転移能力持ちの人員が都合よく──」
「はいはーい、フランシスコ。あなた、ちょっと今日頑なねぇ?ちょっと頭を冷やしてきたほうがいいんじゃない?」
後ろから出てきた金髪の年かさな女性が初老の男性の肩を掴む。赤いマニキュアがぬられた赤い爪が食い込み、血を流しているかのような気さえするほど圧のある女性であり、彼女はドミニクが見ていることに気づくとぱっと顔を明るくした。
「お久しぶりねえ、ドミニクちゃん♡」
「ええ、カレン姉さん。まずは兄さんのことをお願いしますね」
「もちろんよ。今手配がつくのはあの子ねぇ、じゃあ呼び出すわ。ドミニクちゃんのお呼びなら、きっと喜び勇んでかけつけるはずよぉ」
「いやいや、よしてくださいよ。個人的な肩入れは禁止、でしょう?」
「規則なんていちいち口うるさく守っているやつなんて、ここにそう多いわけないじゃない。規則もある程度緩く作られているから問題ないわ。さて、じゃあ、私はちょっと電話してくるから、十分だけ待ってちょうだいね♡」
そんなやりとりを経て、テーブルに弟と二人で取り残される。
「……兄さんは、楽しくやれてる?リストランテ辞めたこと、後悔してない?」
「んん?まあ、他のレストランからそっぽ向かれたのはちょっと財布的にこたえたけど、正直今かなり楽しいからなあ。元々創作料理よりは美味しい食事って点に目を向けてたから……前よりものびのびやれてるよ」
「そう、良かったよ」
にこ、と笑った顔はやはりそつがないイケメンである。
「でも、1人の兄弟としてはやっぱり心配なんだよ。ねえ、やっぱり行くなよ、兄さん」
やけに力のこもった言葉だが、俺はにへら、と笑った。
「悪いな、ドミニク。お前にはいつも苦労ばっかりさせちゃってる気がするよ」
弟はまたちょっと呆然とした顔をして、それから心底嬉しそうに笑った。
「僕も、兄さんが変わらない様で良かったよ」
「俺は逆にドミニクが好かれてるようで安心したよ。お前、昔はちょっとガキ大将ッぽいとこあったからさ、今は大分丸くなって、言葉遣いも物腰も柔らかくなって」
「うん、まあね。さすがに大人になったからさ」
「マルコさんいらっしゃいますか?準備ができたとのことですので、向かいましょう」
「あ、すいません!じゃあ、まあ、難しいとは思うけど……今度会ったら何かおごるよ。またな」
「うん、楽しみにしているよ」
右手をひらひらさせて、弟から離れるとまだ笑顔で手を振っているような気がしてちょっと振り返る。けれど、彼は既にそこから去っていたらしく空席のテーブルだけが残されていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます