第21話 料理人は見られる

「ローズの両親は、彼女が3歳程度の時にはもう両方とも、流行病で死んだと言われていたそうじゃが──実際には毒殺された。殺人かどうかを村長や市長が認定する法律により、殺人であると考えた家族によってある期間訴えが起こされない場合には事故と判断する──これにより流行病と判断され、毒殺を黙認されたんじゃ」


ローズの両親は街でも有数の資産家であった。いわゆる小金持ち、一般市民よりはいい暮らしであったものの両親が死ぬと同時に親戚はその金に群がり、資産は全て食いつぶされた挙句にローズは5歳で道端に放り出された。


そこから9歳に至るまで、ローズに目を向ける人もなく、みすぼらしい物乞いの子供に対して誰もが目を背けたそうだ。

しかし、ある時殴り飛ばされたボスが路地裏に逃げ込んで来た時にローズはボスのことを庇ったそうだ。そこから、ローズはボスについて回るようになったらしい。


「元々、ローズは親戚の裏切りによってやさぐれておっての。そこに容赦のない性格も相まって、非常にマフィアに向いている性格が形成された。そして、ボス以外には心を開かん少女に成長した、というわけじゃな」

「ああ〜……確かに、俺もはじめ屋敷に入った瞬間気絶するほどぶん殴られて裸で縛り上げられましたし……」

「よくうちに入ろうと思ったのうそれで」

その言葉にえへへ、と笑いながら少し視線を落とした。確かに人から見ればおかしな状況だろう。


「まあ、お前さんもローズの警戒心に関してははっきりわかるじゃろうて。ましてや裏切りが重なればどれ程つんけんしているかと思えば──思っていたよりもお前さんのことを受け入れておったようじゃな」


ローズにかけられた言葉はほとんど事務的もいいところだというのに──。

「あれで?」

「驚くべきことに、あれで、じゃな。マルコ、じゃからお前さんはローズのいい友達になれるかもしれんと思うての。年を食ったおっさんのたわ言じゃと聞き流しても良いが……」

「ローズさんと友達なんて……」

「それじゃ」


びしり、と胸に人差し指を突きつけられてぐい、と押し込まれる。

「敬語はボスにだけ使えば良いんじゃ。お前さんの丁寧なところは好感は持てるが、ワシらの中には上下などない。皆が皆、『家族ファミリー』なんじゃぞ」

「……きゅ、急に言われても……それに今更呼び方を変えたりするのもむずむずしますし」


頬をぽりぽりとかいてそっぽを向けば、大げさなため息が聞こえてしまって俺は少し顔を歪ませる。固辞しすぎてバルトロに悪いことをしてしまっただろうか、と考えていると、バルトロの体が急に震え出す。


「ぶっ……真剣に悩むんじゃな……くくくッ」

「ばッ……バルトロさん!!怒りますよ!」

「おお、怒った時もその口調なんじゃな。となるとこのままの方が自然と言うことじゃな?よし、休憩もそろそろええじゃろ。あまり道草を食っていると日が暮れてしまうからのう」


数度飛んで休憩を挟みつつ、ようやくたどり着いた場所は村からも少し外れた場所だった。よく俺はここを秘密基地、と読んでひとりで静かに遊んでいたけれど、大人からすればただ人目につきにくい場所だっただけだ。

「……懐かしいなあ……」

「その台詞は普通町中に出てから言うもんじゃろうが。マルコの秘密基地でも作っておったのか?」

ドストレートに言い当てられて、顔が熱くなるのを感じる。

「……も、黙秘で……」

バルトロのにやつきにちょっと肘鉄を喰らわせると、俺は歩き出してそれから地面の土を少しだけ爪先でかいた。確かこの辺りだったはずだが、と思っていると靴先にその物体が当たる。


「……まだ、ある……」

「石?」

「ええ、ここを出て行く時に釘で引っ掻いていったんです。いつも椅子にしてた石なんですよ」

「釘で引っ掻い……?」

バルトロの言葉が少しばかりどもったのは、仕方がないことだろう。明らかに釘では引っ掻くことのできない深さで彫り込まれたと言っていいほどの、『ここは足止めの街』と書かれた言葉。


「……3年ほどです。俺が、両親と揉めていたのは、そのくらいの期間でした。言い負かされて悔しいと思うたびに、その感情をぶつけていたのがこの石でした。ある意味、八つ当たりですね」

「……相当じゃのぉ、マルコも頑固じゃが、両親も子供の挑戦くらい応援してやれば良いじゃろうに」

「それは都会の人の感想ですよ、田舎の大人なんて今自分たちがやっていることをこの先も続けていけば将来は約束されているんだから、そのままそれをやればいい──そんな考えなんです。若者が夢を語ったところで、どうせはいっときかかる流感かぜみたいに思われる。だから、皆自然と自分の夢を語らなくなるし語っている人に対して風当たりが強くなる。弟くらいに優秀な人であれば別ですけど」

「なんじゃ、そんなに弟はなんでもできる超人のような人間なのか?」

「ええ、優秀ですよ。学業も運動も、もちろん人当たりもよくて皆から好かれてますし、俺のことを不出来でもよく慕ってくれてとても良い子でした。二つ下でしたけど両親に対してもはっきりと俺のために怒ってくれるような……まあ、最後まで両親は変わることはなかったですけど」


バルトロはなぜか眉をひそめてじっと聞き入っていたものの、時間じゃの、と呟いて俺の肩をポンポン、と叩く。


「うむ、服には汚れもないし、多少靴はまあ汚れておるな」

ふわ、と風が吹くと靴の泥が全て削り落とされて、俺がおお、と感嘆しているとふふん、とバルトロは胸を張った。

「さ、行くとしようかの」


バルトロと共に歩き出すと、見覚えのある顔がたくさん並ぶ中かなり注目を集めているのがわかる。皆田舎らしく少し色の褪せた服を着ていて、バルトロのような柄物の服も珍しいようで子供なんかは色々と物珍しげな視線を隠すこともない。


「……さて、ここじゃな」

「本当に、ここなんですか?ここって……」


そう、教会だ。

ここのシスターとも面識がある──何度も日曜にお祈りに行っては配っている菓子をもらったものである。個人的にも何度か話はしたことがあるし、弟はよく教会に奉仕活動に行っていたから一緒に行かされたことも何度かある。


「ここのシスターの一人が、そうじゃ」

「シスターの……?」

もしかして俺も何度か会ったのだろうかと思っていると、バルトロは頭を振った。


「実はの、一人寝たきりのシスターが教会内におるんじゃ」

「……もしかして、この街でマフィアをみたことがないのって……」

「割と特殊じゃぞ?この街は。なにしろ全てのマフィアがここを『緩衝地帯』のように定めておる」

「──知らぬは当人ばかりなり、ですね……」


しかし、とバルトロは目を細めて扉をノックした。

「最近、新興のマフィアがここを支配しようとしている、という噂がある。いや──どちらかと言えば、すでに支配が済んでいる、と考えるべきじゃろう。街には手を出さずとも、教会さえ支配して仕舞えば問題のないことじゃ」

「……それは」

俺が言葉を発する前に、扉がギィ、と開いた。幼少期と何一つ変わらないその音に正面から見据えた、違う高さのシスターの顔。刻まれた皺の数が変わっていないように感じるのは、俺が違う位置から見ているからだろうか。

「……お待ちしておりました」

「おう、極星ステラじゃ。新人が異能アビリタを持ってるようでの、できたら見て貰いたんじゃが」

「話は通っております。こちらへ」


コツコツと歩いていく足音が、まるで自分のものではないようで。


「知りませんでしたよ、俺の住んでた街がこんなことになってるなんて」

「……」

シスターは深々とため息を吐いて、それから俺に向き直った。


「マルコ、ご両親はこのことを知っておられるの?あなたは料理人になるのが夢だったのでしょう、それをマフィアだなんて……」

「元々両親は反対していたんですし、そもそも俺は料理人は続けてますよ。あくまで、転職です」

「転職だなんて、そんな……!」

「話すことはありませんよ。終わりです」


俺がそう宣言すると、シスターは静かに目を閉じた。ここです、と彼女が扉を開けるとそこに寝かされている女性は目をカッ、と開いた。

肉の塊、という表現がふさわしい女性が、そこに横たわっているというより安置されている。ぶくぶくに肥え太り、部屋のほとんどがベッドに占領されているそんな部屋で、彼女のギョロリと目立つ瞳だけがこちらを向き、そしてにんまりと笑った。無理やりつなぎ合わせていたのであろうシスター服がメリリ、と音を立てた。


グゲゲッ、とカエルが鳴くような声が響いた。


「顔が引きつっていらっしゃいますね。私は『亡霊ファンタズマ』……この体は能力の反動と言いたいところですが──能力の反動は『食欲』でしてね。なかなか一度こうなってしまうと痩せることもままならないのですよ」

そんな彼女から出た存外に軽快な言葉にキョトンとしていると、ほれ、とバルトロから背を押された。


「少し手を私の手に触れてください。そう──ふむ、なるほど。ぐげッ、ぐげげ……」

笑い声だけはもうちょっとなんとかしたほうがいいと思うんだがなあ、と考えていると、亡霊ファンタズマはその灰色の目で俺のことを見つめた。


「あなたの能力はちょっとよくわからないから、今回は料金を戴かなくて結構ですよ」

「……はい?」

「申し訳ないけれど──私の能力で触れてもなんというか……そうね、たとえば海を説明できないからと、その莫大な水から桶でひと掬いしてこれが海です、と言うわけにいかないでしょう?」

「わかったような、わからないような……あの、せめて『使用条件』と『制限』だけでもわかりませんか?能力の内容はわからなくともそこさえわかれば……」

「そうですねえ……それならおそらく。では料金はやはりいただくことにしましょう」


彼女は俺の手をしっかりと握りしめ、そして──目を閉じる。ゾワゾワと体に侵食してくるような感触。

「ゔッ……」

「弾かないでくださいね。落ち着いて、そのまま──」


俺は襲い来る吐き気にふうふうと呼吸をしながらその衝動を逃す。

「……終わりました。そうですね、能力の『条件』は自分の所持しているもの、所持している場所において発動可能、反動は体力の消耗。制限は鍛えればいずれ消えていくので、気にせずとも良いでしょう。恐らく条件が厳しいからこそ反動は緩めなんでしょうけれど……ああ、そこにあるドーナツを取っていただけます?」

激しく鳴り響いた腹の音に、俺が枕元の皿からドーナツを口に運ぶと、彼女はもぐもぐと食べ進めていく。あっという間に消えたカロリーの高いそれに満足げな顔をしたのは一瞬で、次を求めるような視線にシスターが前へと進み出た。


「あとは、私がやります。マルコ……あなたは……あなただけは違うと思っていました」

「あなただけは……?」

どういうことだろう、と俺が不思議そうな顔をしていると、後ろから猛獣の唸り声のような腹の音が響き渡る。


「シスター、それ以上は契約違反ですよ」

「……ッ、これはあくまで神に仕える一人の修道女として、人生について説いているのみです」

「左様ですか」

ぐげげ、と笑い声が響いたところでバルトロは潮時じゃの、と呟いて俺の背中を軽く押した。俺は不承不承ながらも部屋を出て、バルトロへ抗議しようとしたものの、唇に指を当ててしぃ、と黙るように言葉を押し込まれる。

教会を出た直後、バルトロはポツリとつぶやいた。


「……悪いのう」

「いえ……俺が軽率でした」

「じゃが情報は十分に集まった。バレないように探査も回した。……今後、ここは使えん場所じゃと思った方が良い」

「……わかりました。ファミリーの名前はわかったんですか?」

「いや、相手も用心深くての。あの方──としか聞きはせんかった」


さてと、とバルトロは俺に向き直る。

「お前さんの実家に案内してもらおうかの」

「ええ、わかりました」


どうせ、寝る場所には困らないだろう。何せ──。


「うちは、商人と言っても……実態は宿屋ですから、ね」

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