姫様と太陽少女の人生相談 後

「まあ悩み、というか人生相談だけど改めてよろしくお願いします」


 ぺこり、と頭を下げると彼女は手を振って慌てて言う。


「元々私がお節介で姫ちゃんに話しかけたんだけし良いんだって」

「そういう事なら、ありがとう春香」


 あくまでもお節介であることを強調する彼女の優しさにお礼を言うと、本当ただのお節介なだけなんだけどなぁ……と困ったけどどことなく嬉しそうな表情を浮かべながら笑う。


「それで、私の考えを伝えるね?」

「……うん、お願い」


 何を言われるんだろうか、少し緊張する。


「まずは自分に自信を持つ事」

「自信……?」

「そう、難しいかもしれないけどまずは今の自分を認めてあげる事。それが姫ちゃんの悩みを解決する一歩になると思う」

「私自信なんて持てないよ……」


 だって私は、私を持ってない。春香みたいに一本の強い芯のような物を持っていない。そんな私に自信を持てるものなんてないのだ。


「姫ちゃんは気付いてないだろうけど、他の人は持ってない物を持ってるんだよ」

「嘘……」

「嘘じゃないよ、まずは姫ちゃん自身の事を知らないとね?」


 ここでカウンターの奥からマスターがコーヒーを二杯持ってきたので、会話が一旦中断される。


「はぁい、ブレンド二つねぇん。ごゆっくり~」

「ありがとうマスター」

「あ、ありがとうございます」


 マスターは意味深ににんまりと笑みを浮かべた……んだろうけど強面のせいで少し胸の奥がキュっと締め付けられた気がした。


 良い香りのするコーヒーに手を付ける。

 口に含んだときに感じたのは舌をやけどしそうな熱さ。

 次に酸味が抑えられた苦み。後味と共に鼻から抜けていく挽きたてのコーヒー特有の香りが心を落ち着けてくれる。


「美味しい……」

「でしょー?」


 春香が嬉しそうに聞いてくる。

 文句なしに美味しいのでこくり、と頷く。


「このブレンドの味がクセになっていつの間にか常連になっちゃうんだよねぇ~」

「本当、こんなコーヒー今まで飲んだこと無かったよ、教えてくれてありがとう」

「いいえ、実はこの一杯のコーヒーが私なりのアドバイスと言うか、姫ちゃんにあげることの出来る回答になるんだ……」


 意味が分からず、私が首を傾げていると春香が意味深に微笑んで私の目を見つめて来た。


「ブレンドコーヒーって、どうやって作るか知ってる?」

「うーん……あんまり詳しくは知らないかなぁ……」


 春香はウムウムと頷くとブレンドコーヒーについて説明をしてくれた。


「ブレンドコーヒーってその名の通り、複数のコーヒー豆を組み合わせて理想のコーヒーを追い求める、いわばマスターの理想の一杯、自信作、お店の看板みたいなメニューなの」

「へぇ~、でもそれと私への回答ってどういう関係があるの?」


 私には春香の言いたい事があまり理解できない。


「つまり、コーヒー豆を組み合わせる事でそれこそ無限の可能性を持っている。それがブレンドってこと、姫ちゃんは今はまだ自分の中にどんな物があるのか、それこそブレンドに隠されている豆の種類が分からないような物、なのよ」

「何だか詩的な表現だね」


「良いじゃない、私達は無限の可能性を秘める若者。今は色々な挑戦を行って自分の理想とか夢とかを探している途中なのよ。姫ちゃんは何にでも成れる。容姿の良さを活かしてモデルになっても良いし、もしかしたら数年後はキャリアウーマンとしてバリバリ働いているかもしれない。もしかしたら芸術家になってもがいている最中かもしれない。」


 春香はまるでまぶしい物を見るかのように目を細めて未来を語る。

 私の脳裏には、春香の言う可能性が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返していく。


 モデルとしてランウェイを歩く私、OLの私、スーツに身を包んだ私。

 どれも私がなろうと思えばなれる可能性があるもの。


 春香の言葉に、私は急に目の前が開けていくような感覚を覚えた。

 今まで、私は周りの事ばかり気にして取り敢えず言われた通りに言われた物事を熟していればそれで良いと思っていた。


 けど、そうじゃなかった。

 私は、私の才能を自由に使い、そして自由に生きていいんだ。

 自分の事は自分で決める。


 まだ、私には何が出来て何が出来ないのか。

 何に興味があって何をやりたいのかすら分からない。


 だから探せば良い。

 幸い私の両親も友達も、それを応援してくれる。


 だから――。


 私が私の心に正直になる、お姫様の私じゃなくただ一人の高川姫花として心の思うままに一歩を踏み出してみようと思う。


「どう、何か参考になったかな?」

「うん……まだ私の行く先は分からないけど、私は何にでもなっていいんだって、そう思えた。ありがとうね、春香」

「ううん。いいんだよ姫ちゃん、こうして出会ったのも何かの縁だし」


 だから――。


「春香、私の友達になってくれる?」

「もちろん!」


 その時の春香の嬉しそうな笑顔を私は一生忘れないだろう。

 それはまるで一面を雪に覆われた氷雪の大地に、一人震える私を暖めてくれる太陽のようだった。


 彼女が私を照らし、前進するための熱を与えてくれなかったら私は一生そこで足踏みしていたかもしれない。


 マスターに見送られながらお店の外に出ると、雪はすでに止んでいた。


 厳しい冬を乗り越えた先に、暖かな春がやってくるように私の人生も長い長い冬を経て今、ゆっくりと色を持ち始めたのかもしれない。


 それじゃあね、と別れを告げようとする彼女を私は引き留めた。

 何故か私はここで引き留めないといけない気がした。


「ん?どうしたの姫ちゃん?」

「私、冷え性なの。ちょっとだけだから、ね?」


 半ば強引に彼女の手を取り、私のコートのポケットに突っ込む。

 お店から出たばかりの私達の手は全く冷たくない。


「姫ちゃんの手、冷たくないじゃん」

「これが暖かいからいいの」


 肩があたるくらいに近付きながら、私達は最初に出会った公園に戻って来た。


「連絡先……」

「ん?」

「だから、連絡先!交換してなかったでしょ!」

「あぁぁ、今スマホ出す……って手、放してくれないとスマホ出せないよ?」


 と春香に言われてようやく、今の今までずっと春香と手をつないだままだったということに気が付いた。


「あ……ごめん」


 慌ててコートから手を出そうとするも、焦ってうまく手をコートから出す事が出来ない。


「さっきから思ってたんだけど、姫ちゃんのコート、本革も使ってある高級なやつでしょ?」

「え……ウソ」

「一回濡れてさっき日の光を浴びたkら縮んで、手出せなくなっちゃった……ね」

「えぇぇ……今までそんな事なかったのに……」


 どうしようどうしよう。

 私の脳内は急な出来事にパンク寸前。


(ハッ、そうだ。一旦暖かいところに行けば、問題なくなるはず……)


「家、私の家!近いから、良かったら来てよ……」

「あー、もう一回喫茶店行っちゃうのもマスターに迷惑かけちゃいそうだし、私の家も遠いからそれが良い、か」

「本当にごめんね……」

「気にしないでって。私もこんな事になるなんて思ってなかったから」


 私は意図せず彼女を自宅に招くことになったのだった。


「えぇっと……家の鍵は……あ。春香、申し訳ないんだけど、カバン開けるの、手伝って貰っていい?」

「うん。じゃあ私はカバンを抑えてるから姫ちゃんはシッパー開けて取り出してよ」


図らずも彼女に抱き着くような体勢でカバンを開けて家の鍵を取り出した私は、四苦八苦しながらなんとか自宅に帰ることに成功した。


「ごめんね、少し温めたらコートも元に戻るはずだから……」

「いいのいいの。こんな事になるなんて誰にも分からなかったと思うし」

「あ、ありがとうっととと!!」


コートから手も出せてない状況で、ソファに倒れ込んでしまった。

ソファに横に並ぶように座っていたのが、私に覆いかぶさるように春香が倒れ込んできた。


「春香!?急にどうしたの!?」


困惑した私をよそに春香は私の首筋に顔をうずめてくる。


「春香……もしかして眠たいの?」

「う……ごめ……」

「いいよいいよ、私の事枕にしたって怒らないから」

「でも……ひ、め……」


どうやら寒い場所から暖かい場所に長いしてしまった事で眠気が襲ってきたようだ。上に覆いかぶさる形で乗られても重たくなかった。


というか改めて至近距離で春香の顔を見たけど本当綺麗な顔してるよねぇ……私も思わずいけない気持ちに……ってイヤイヤイヤ!何を考えてるんだ私!相手は女の子じゃないか!


「んぅ……姫、好きぃ……」

「ぇぇっ……!?」

「ぁあ、夢ぇ……可愛い子だぁ……んちゅっ」

「んんん!?」


トロンとした表情で私を見つめたかと思ったら、春香の綺麗な顔が近付いてきて唇に柔らかい感触を感じた。


思わず春香の身体を押し返そうとするものの、未だに左手はコートの中から抜けず、右手にも思うように力が入らない。


まな板の鯉さながら、春香にされるがままに唇に口付けをされ続ける。


「んんぅ……」

「~~~~~!!」


そのうち、私の頭はどこかフワフワとした感覚を感じた。


(あれ……心臓の鼓動が早い……女の子同士でも……いいのかなぁ)


私はおぼろげながら、春香という一人の女の子に恋をしたのだと実感した。


「んあっ!?夢じゃない!?!?」

「んはぁっ、はぁ、はぁ……」

「わ、私!!ごめ――」


焦って私から離れようと身じろぎする春香の背中に右手を回して押さえつける。


「――!!」


春香の身体が強張る。

だから私は彼女の耳元で囁いてやった。


「私のファーストキスだったのに……責任、取ってくれないと許さないんだから……」



あとがき


今回、1万文字以内で短編を書いてみましたが、予想以上に話をまとめる事が難しく、読者の方にちゃんと読了感を味わっていただけたかかなり歯がゆい思いをしています。

良ければ百合を題材にしたもう一つの作品もご覧ください。

(※ちなみに皮製品はそんな急激には縮みません、小説のための描写です)

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姫様と太陽少女の人生相談 さこここ @sakokoko

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