異世界のおじさんと女子高生
佐楽
願えば叶うこともある
「どっかにさ、イケメガネ落ちてないかな。出来れば黒髪で枯れた感じの」
「イケメンでも落ちてるのはやだなー」
何気ない女子高生の会話である。今日も何にも起きないそんな平和な空の下にて。
「そうだね。落ちてるのはちょっと衛生的に」
女子高生の一人が空を見上げる。
二人が歩く川沿いの土手の上には青い青い空が広がっていた。それこそ雲ひとつない快晴だ。
「なら空からがいいな。空からなら衛生的にはセーフな気がする」
「空から落ちてくるのは美少女のイメージだな」
「もう美少女でもいいや、黒髪眼鏡なら」
「贅沢ー」
女子高生は空に向かって祈りを捧げる素振りを見せた。
「神よ我に黒髪眼鏡のイケオジを与え給え」
その瞬間である。
快晴の空がカッと光った。
「え?雷?」
「いやこんないい天気なのに…ん?」
視力の良いほうの女子高生が頭上の空に向かって目を凝らした。
「なんか…黒いものが…カラス?」
それは一見すればカラスのようだが飛んでるようにも見えずどちらかといえば
落ちてきているような。
「え、隕石?」
「隕石…じゃないと思う。なんていうか」
ようやくもうひとりの女子高生にもそれが視認できた。
「人だ?」
困惑して逃げるより早くそれはどんどんと地表に近づいてくる。
それは確かに人の形をしていた。
もしこれが現代ファンタジージャンルならここでそれを受け止めるべく両腕を広げるのだろうが間違っても人間が受け止められるものではないと二人の脳が警鐘を鳴らした。
そして二人は結構な勢いで落ちてきたそれを辛うじて避けることができた。
遥か上空より落ちてきた割にはソフトな着陸に見えた。証拠にそれはトマトにならずただ地表に転がるだけだったからだ。
ふわりと待った土煙が風に流されて、二人は土手の草むらからのろのろと現れた。
そしてそれが何かを見て二人は目を見開いた。
「オッサンが降ってきた!!」
「う、うぅ」
倒れていたのは中年というにはまだ若干あるような風貌の男性だった。
苦しげに顔を歪めているがその顔立ちは無精髭がまばらに生えているものの端整と言っていい。
土埃にまみれているが黒く艷やかな短い髪をもっている。
「黒髪眼鏡のイケオジだ!神が我に与え給うた!!」
女子高生の一人が天に向かって拳を突き上げた。
「いやいや落ち着け?」
もう一人の女子高生が興奮している女子高生の肩に手を置く。
「冷静に考えて空からイケオジが降ってくるのはおかしい」
「私からしてみれば恐ろしいほど冷静なあなたがおかしい」
「正論はやめよう。とにもかくにも今は緊急事態だよ」
「それもそうだ。で、どうしよう?」
女子高生二人は地面を這う蟻の列でも見るかのようにしゃがみこんで倒れている男を覗き込んでいる。
「110か119か?」
「ううん?どっちの家に運び込む?いや家は危ないか」
「そっち?やめよ、素直に誰かに任せようよ」
「えーもったいない」
「何が?」
そんな不毛なやりとりをしているうちに、男が目を覚ました。あれだけの衝撃にも関わらず体も眼鏡も無傷のようだ。
「…俺はどうした?あんたらは?」
男はのろのろと身を起こすと女子高生らはえーとと返答に困った。
「私らは普通の高校生だけどおじさん何者?」
「コウコウセイ?何だそりゃ」
「これは異世界ものの気配を感じますね」
訝しげに女子高生を見ていた男はどうやら危害は加えてこないようなのを察知したのかどっこらせと立ち上がる。
そして日本の平和な川沿いの風景を眺めながら頭をボリボリと搔いた。
「どこだぁここは…」
「ねーおじさん、どこから来たの」
女子高生が訊ねれば男はぽそりとつぶやく。
「アレッタ王国だが…どう見てもここは国内じゃないな」
「異世界だ。異世界から召喚されたんだ」
「何を言ってんだ?」
「おじさん何やってるひと?」
「ん?見りゃわかるだろ」
男はほれと服を見せる。
いかにも中世ヨーロッパがモデルのファンタジー住人が来ているような服に腰には剣を携えているから単純に剣士だろうか。
「剣士?」
「そうだよ。さっきまでオークと戦ってたんだがはずみで崖から落ちてな。気付いたらここに倒れてたんだよ」
男が空を見上げる。
「お前たちがここに運んだのか?」
「いや、おじさんがここに落ちてきたの」
「…上から?」
女子高生らは頷く。
男は困惑したように眉を顰めてまた頭を搔いた。
「だめだ。わけわからん。夢かこれ?」
「夢じゃないと思うけど。あ、これ私らが夢見てるのかな」
「夢じゃないと思うけど」
女子高生の片割れが頭を振った。
「なるほど、夢ね。じゃまた寝れば戻るかな」
「どーかなー」
そうこうしながら男は再び横になる。
「ちゃんと目が覚めますように」
男が目を閉じた瞬間だった。
ものすごい勢いで男の体が浮き上がり、吸い上げられるように空の彼方へと飛んでいってしまった。
あとに残されたのは平和な川沿いの土手に立ちすくむ女子高生二人。
「…願えば叶うんだね」
「そだね。あ、スタビャのクーポンきたから行こ」
「うん」
新作の春爛漫桜風味抹茶フラペチーノに気をとられ先程までの異常事態などなかったかのように二人の女子高生は駅前のスタービャッココーヒーへと向かっていった。
異世界のおじさんと女子高生 佐楽 @sarasara554
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