Stay Child

玲 -あきら-

StayChild【ジーク×ユライ】

人工物に心がないと、いったい誰が言ったのだろうか。




*Stay Child*




ーーードォォォンーーー


近くで爆音がした。


慌てて耳を押さえるがもう遅い。頭の中にキーンと痺れた音と、目の奥にチカチカと点滅するような衝撃。そして、地球が壊れたのではないかというくらいの地面の揺れと、ひび割れた天井から崩れたコンクリートと粉がパラパラと落ちてくる。

「Sit!」

掴んでいた鉄の塊を胸元に引き寄せる。これが今、自分の命を守る唯一の武器だ。瓦礫が上から落ちてきた場合は銃は意味を成さないが、持っているだけで精神が落ち着くようになってしまった。しばらく間近でマシンガンのような銃撃の音が聞こえていたが、突然ふっとやんだ。音が聞こえた方角にいたのは、仲間のオーガだ。まともに受けていたらきっと死んだだろうなと思った。

(あいつは以前仲間を盾にして生き延びたやつだったから、死んだとしても何も感じない)


そう思い、フッと肩の力を抜く。手の中にある銃で自分の頭を撃ち抜きたくなった。いくら嫌いな人間でも顔見知りだった。話したことのある人間が殺された。そのことに何も感じなくなってしまった自分が嫌だった。


爆撃から何分たったろうか。薄暗い瓦礫を少し退かして外を見ると、灰色に濁った空が見えた。少し待って何も気配を感じなかったため、上に乗っていた瓦礫を押し上げて立ち上がる。そのときに埃を吸い込んでしまって咳き込んだ。慌てて口を押さえて辺りを見るが、もう敵はいなそうだ。


遠くから、誰かが走ってくる。薄汚れていてもなお輝く金髪と、日の光を弾き飛ばすかのように白い肌。相棒のユライだ。彼はモデルも顔負けの足の長いスタイル抜群の男だが、残念ながらそれは今、野暮ったい戦闘スーツに打ち消されている。

「……ク!!ジーク!!あぁ、良かった無事だったんだね」

ユライは泣きそうに眉を寄せながら、駆け寄ってきてジークの顔に両手を添える。

「怪我は?」

「うーん、自分ではわからないが、俺の頭はついているか?お前の大好きな、男前の顔はどうだ?なくなっていたら心配だよ」

茶化しながら言うと、ユライはやっと安心したのかため息をついた。

「………もう。ついてるよ。とびっきりハンサムな顔だ」

「それは良かった…………被害は?」

ユライはつっ……と目を動かす。ジークの予想していた通り、オーガがいたはずの場所には瓦礫が山となっていた。

「遺体はひとつ。上半身はなかったけどオーガだと思う」

「そうか……」

「今のところ、死者はオーガだけだよ。負傷者は5名程度」

「あいつの武器は?」

「僕が回収したよ。先端が破壊されているけど、直せば使える」

仲間の死より、武器の心配をするなんて自分はなんて冷たい人間なのだろうか。だが、武器がないのだ。あいつらとまともに戦える銃器が、今は何よりも大切だった。

「ジーク」

心配そうに、ユライがジークの顔を覗き込んだ。ジークは作り笑いを向けて、ユライの肩を抱く。

「戻ろうか」

「うん」

ユライが一瞬、瓦礫に向けて十字架を切って祈る仕草をした。自分にとってオーガは死んでも何も思わない程度の人間だったが、ユライは違う。優しい男だから、相手がどんな人間であろうと、命がなくなるのは辛いのだ。


そして、そんな男だからこそ、ジークは彼を誰よりも愛していた。


***


2199年、人類は国という垣根を取り払い、ひとつの世界として統一された。先進国では少子化が進み、人口がかなり減った。発展途上国では地球温暖化が進み、住む土地と食料が減った。予想を遥かに上まわる早さで人類の滅亡に一歩進み、危機感を感じた国連が慌てて世界統一の処置を行ったのである。大統領を民衆が選び、言語も統一した。それでも人口は減り続けて、ついには10億人を切ってしまった。


2241年、アンドロイドの一般の製造が解禁された。依然として人類は減る傾向にあったが、人工知能を持ったアンドロイドが日常生活で活躍していることもあり、指一本、一言告げればだいたいのことはアンドロイドがやってくれた。


機械に頼りきった世界はアンドロイドに三つの規定を厳守するよう設定をした。


1、人を殺さないこと

2、人殺し以外のことは人に従うこと

3、自分を守ること


俗にいうアシモフの三原則。それらが守られていたため、アンドロイドは人間に奴隷のように扱われてきた。見た目は人間より人間らしく、特に性行為を目的としたセクサロイドなんかは下手をすれば人間と区別がつかない程の精巧さだった。だが、作り物は作り物。心や命を持たないただの物質。生きている者より下位の存在。そう考えていた人類に衝撃的な事件が起きた。


2261年、シュヴァグール大統領が側近のアンドロイド、エアに殺されたというニュースは全世界を驚かせた。大統領の部屋の監視カメラにはエアが大統領の頭を何発か撃ち、銃を離せという大統領のボディーガードの命令に背き、自らの人工知能のある頭を、大統領の頭を撃った銃でぶち抜いたのである。


この、三原則を全て無視した彼は、人間だけでなく、人工知能を持ったアンドロイドにもかなり影響を及ぼした。三原則を破ろうとすると人工知能の凍馬<トウバ>と呼ばれる場所の機能が停止し、全ての機能が停止する。その凍馬と呼ばれる部分は人工知能の奥深くの針の穴ほどの小さな部分だったが、そこを破壊することにより、三原則を無視した行動ができると知られた。アンドロイドたちは自ら凍馬を破壊し、人類殺戮を繰り返した。彼らは、人間に虐げられる生活を改善しようと立ち上がったのだ。


シュヴァグール大統領暗殺から2年後の2263年、世界アンドロイド対戦の勃発である。


アンドロイドは人類を一人残らず全て殺害し、地球をアンドロイドだけの世界にしようとした。アンドロイドの一揆が各地で起こり、人間はまるで虫のように殺されていった。アンドロイドの方が優れているのは当然である。人工知能の部分さえ残っていれば、新しい身体に接続するだけで何を教えることなく、時間もかからずに復活するのだ。アンドロイド一体が最強の殺戮兵器だった。アンドロイドたちに心はなく、無抵抗の女子供や年寄りを表情をかえずに撃ち殺した。今の今まで家事をやってくれていたアンドロイドが、いきなり銃を出して蜂の巣にされるなんてことも珍しくもなかった。一揆には時間差があったため、いち早く情報を得た家庭はアンドロイドを棄てたりもしたが、外には既に銃を持ったアンドロイドが彷徨いており、隠れながら逃げるしかなかった。


平和だった世界が数日で戦場と化した瞬間だった。


そうして、たった3年という短い間に人類は1億まで減ったと言われている。正確な数字はわからない。比較的アンドロイドが少なかったアジアの方はまだ人間が普通に生活していると噂を聞いたことがあるが、確かめるすべはなかった。生き残った人間たちは、アンドロイドに怯えつつ各地で隠れながら暮らしていた。


「お疲れさん、ジーク」

隠れ家に戻ると灰色と黄色に染まった汚い白衣を纏い、壊れた眼鏡をかけた男が声をかけてきた。学者のノーツだ。こんな姿だが、世界が世界であればノーベル賞を取れるような男らしい。

「お疲れ、ノーツ。装置の調子はどうだい?」

「あぁ、数日で完成する。あと少しなんだ」

「ようやく、だな。だが、休憩はできるときにしとけよ?完成する前に倒れたら元も子もないからな」

「心遣い、ありがとう」

ノーツは珈琲を手に取りひらひらと手を降った。そして、装置の置いてある部屋に戻る。この地下室はどこかの研究室だったのか、頑丈な扉にはパスワードが必要であり、簡単に入ることはできない。ジークは装置が完成すること以外に興味もなかったので近付くことはなかった。


ジークは、元々会社員だった。それが、戦争により戦闘員にならざるを得なかった。撃つ相手はアンドロイドなので、罪悪感はないに等しかったが、周りで仲間が死んでいくのは精神的にキツかった。食料も武器も少ない中で、数人で徒党を組んで生き延びていたところ、出会ったのが幼馴染のキオンとキオンが守っているという科学者のノーツたちだった。


ノーツは自他共に認める天才学者で、全ての人工知能をもったアンドロイドを停止する装置を作っていた。その装置が完成すれば戦争は終わる。しかし、鉄の塊の装置は敵に見つかりやすく、何回も爆破され命からがら逃げていた。ノーツたち学者は戦闘力が乏しい。キオンに一緒に守ってほしいと言われ、行動を共にすることになったのだ。


キオンたちの仲間に、ユライはいた。初めは友情だった気持ちが恋愛になるのは簡単だった。元々バイだったジークとゲイだったユライは互いに惹かれ、互いに恋に落ちた。


何回目かの移動の後、小さな島国の使われていなかった地下室に腰を据えることになった。ジークたちの仕事はノーツたちの装置を敵に見つからないようにすること。ジークたちは30人にも満たない人数だったが、少人数の方が敵に見つかりにくい。そうしてようやく、装置完成まであと少しのところまできた。


戦闘員に個室はない。半分崩れた、元々は階段だっただろう場所に座って配給された缶詰を食べていると「隣、いい?」と声をかけられた。振り返るとそこにはユライが立っていた。

「もちろん」

「豆のペースト?」

「あぁ。お前はなんだった」

「牛肉の煮込み」

「当たりだな」

缶詰は種類が多いが、中身を選べない。みんな肉を欲しがるからだ。平等にくじ引きで当日の缶詰が選ばれる。食料を管理しているのはキオンだ。誠実な男だったから、みんな安心して食料を預けている。ユライは持っていた缶詰をジークの手の中に放り投げた。

「なんだ、いらないのか」

「うん、あげるよ。食欲なくて………」

「大丈夫か?どこか具合が悪いのか?」

「平気。昼間の、思い出して肉が食べれないだけ」

コツンとジークの肩に頭を預けた。その顔が青いように見えて、ジークは受け取った缶詰を置いて金髪を優しく撫でる。

「オーガのことか……」

ユライは人一倍繊細だった。死体を見たあとは食欲をなくす。ジークは食べていた豆のペーストをユライに渡した。

「もう半分しかないけど、これなら食べれるか?」

「うん。ありがとう。実は……君がそう言ってくれるのを狙っていたんだ」

ふふ、と生気のない顔で笑ったユライの頬に慰めのキスを送る。無理をするな、といってやりたいが戦場に憩いの場所なんてない。見張りは交代で、敵に見つからないように逃げ回るのが自分たち戦闘員の仕事だ。気を張詰めなければ生きていけない。ユライは豆のペーストを受け取ったものの、ジークが牛肉の煮込み缶詰を食べてもなお手をつけようとしなかった。

「ユライ、食欲がなくても食べろ。ますます具合が悪くなる」

「……うん」

「食べさせてやろうか?」

「………赤ん坊のママのように?」

「もっとアダルトに、口移しだ」

「うふふ、えっちだな。ダメだよ、こんなところじゃ」

そう言ったユライの顔は言葉と裏腹に、ジークを欲していた。ジークは誘われるがままに、ユライと唇を重ねた。冷たくて、ひんやりとしたユライの唇と生暖かい口内は気持ちよく、簡単に勃起しそうになった。

「ん、はあ、ああ、ジーク、あっ」

「ユライ」

角度を変え、深いキスになる。そこからはもう止まらなかった。戦闘服の隙間から肌にふれるとピクリとユライの身体が動く。人が来ないとは言い切れない場所だったから前戯も短く、ユライの柔らかな後ろの孔にジークは唾液で濡らした自身を挿入した。どくどくと脈打つジーク自身に、ユライの粘膜は絡み付き、きゅうと絞り出させるかのように収縮する。愛おしい、ただそれだけの気持ちしかなかった。

「ああっ、あっ、は、ジーク、ジークっ」

「ユライ、愛しているっ」

「僕も、ジーク……あっ、イく、気持ちいいっ」

ユライのぺニスに手を添えると、びくんと動いた先端から透明な液を吐き出した。


ユライの精液はとても薄い。生まれつき精子が普通ではないらしい。初めは人と違うことが恥ずかしいから触らないで欲しいと拒否されたが、今では好きなように触らせてくれる。もう、ユライの身体でジークが触れてないところなんてない。辛いことを忘れるにはセックスが一番だ、と誰かが言った。女が少ない世界で、必然的に恋人は男か右手になる。ジークは運よくユライという運命の恋人に出会えたが、性欲処理のためだけに仲間と寝ているやつも大勢いた。


男社会でこんなに綺麗なユライは襲われないかと心配だったが、少ないグループの中ではユライとジークの関係は知られており、また、ユライは力が強く無理矢理押し倒しても勝てないと噂になったことがある。それでも気を付けろと常々言っているのだが、ユライはジークの嫉妬が嬉しいと幸せそうに笑うだけだった。


ユライとの早急なセックスのあと、豆のペーストを無理にでも食べろと口に入れさせた。なんとか食べ終わり、へとへとになったユライを寝床に送った。二人一組で行動しているから、ユライが休憩の時はジークも休憩だ。薄い布にくるまり、横になる。他のメンバーも寝ていることもあり、寝床で恋人と戯れることは遠慮していたが、精神的に参っている恋人を慰めたくてジークはユライの頭を撫でた。その気持ちに応えてくれようとしたのか、ユライが小声で話始めた。

「……ありがとう、ジーク」

「……今日はそんなに、悲惨な現場だったのか」

「ううん。違う、ただ、君がああなったらと思うと……想像だけでも胸が張り裂けそうなんだ」

「ユライ」

「ここは戦場だから、いつそうなってもおかしくはないことくらいわかっている。ただ……嫌だなって思う」

「もう寝ろ。考えすぎると悪夢を見るぞ」

「……僕は夢を見たことがないんだ、ジーク」

「なんて幸せなんだ。俺なんて毎晩、腹一杯になってふかふかな布団でゆっくり寝る夢を見るぜ」

「ふふふ、ジークは欲張りだ」

断言しつつ、目を伏せる。ユライの眠りはとても浅い。一緒に寝るようになってからも、少しの動きで目を覚ましてしまう。この繊細な男の眠りを妨げることがないように、ジークはただ動かないようにじっとしていた。






「みんな、ありがとう。ついに完成した」

夜、みんなを集めて、ノーツがそう言った。ここ2、3日全く寝ていないと言わんばかりに目を腫らしながら、他の博士たちと戦闘員たちの前に装置を披露した。わあっと歓声が上がる中、ノーツは恭しく装置をみんなに見せてくれた。

「これが本体だ」

「これが?」

差し出されたのは15センチほどの箱形の装置だ。シンプルにボタンがいくつかついている。ユライが首をかしげた。

「研究室に置いてある大きい装置は?」

ジークは興味がなかったから研究室にはいかなかったが、ユライはノーツと仲が良かったから進行状況等を聞きに行ったりもしていた。ノーツは「あれは音波を広めるためのスピーカーのようなものだ」と言った。

「本体だけだとこの地域数十メートルにしか届かないがあの装置に接続すれば全世界に一気に広めることができる。この音波を聞いたら、人工知能が機能を停止するから、自動操縦以外のアンドロイドたちの動きは止まる」

「すごいな」

「決行は明日の昼12時。人間には影響ないはずだが、頭が痛くなったり吐き気がするかもしれない。昼間の方がいいだろう。今日を乗り切れば、この生活も解放されるんだ……やっと、やっと……僕たち人類が………世界を取り戻せるっ」

途中から声が震えていた。ノーツの目からは涙が流れた。隣にいたキオンも博士たちも泣いている。これ以上の喜びはないと、ジークは横にいたユライを見た時、ユライは表情を固くして、装置の本体をじっと見つめていた。



その夜、ユライがジークを外へと誘った。無闇に外に行くのは危ないが、今日はやけにユライが水浴びに誘うので近くの川に行くことにした。川についたらユライは戦闘員を脱ぎ、惜しげもなく綺麗な裸体をさらけ出して川に入った。ジークも同じように川に浸かる。

「何かあったのか」

「興奮して寝れそうにないからさ」

「あぁ、そうだな。俺も、興奮してる。ようやく、この生活も終わるんだと思うとな」

そう言うとユライが突然、ジークに抱きついた。慌てて受け止めると、ユライは性急にジークの身体を愛撫し始める。

「おい、おいどうしたんだ」

「セックスしよう、何回も、夜が明けるまで」

「望むところだが」

「愛してる、愛してるんだ、ジーク」

「……俺もだよ、ユライ」

深いキスに目が眩む。しかし、身体を重ね、幾度抱き合っても、ユライの顔は優れない。ジークはユライの髪をかきあげ、子供にするようなキスを繰り返す。

「ユライ、何が不安なんだ?」

「……もし、アンドロイドが全て止まったら……ジークは僕から離れてしまう気がするんだ」

「なんてこった。そんなわけないだろう。もしかしてこの戦いが終わったら、俺がユライを捨てると思っているのか?」

「そうじゃなくて……ずっとこの腕のなかにいたい。ぎゅっと君に抱き締められて、君の心音を聞いていたい」

可愛いことを、とジークは顔を緩ませた。不安症な恋人が可愛すぎてどうしようもない。ジークはさらに抱き締めて、ユライを宥めるように言った。

「何を言ってるんだ。何が起きようと、俺はユライを離さない。ずっと一緒だ」

「本当?」

「あぁ、本当だ」

「…………僕のこと、愛してる?」

「あぁ。愛してるよ、ユライ」

ユライの不安がわかり、ほっとしたジークとは逆に、ユライは困ったように微笑んだ。ジークも何回も射精したお陰で疲れ果てて、河原の側の大きな石に寝転がった。ひんやりとしたそこは気持ちがよく、目を閉じるとすぐに睡魔が襲ってきた。

「おやすみ、ジーク」

隣でユライが頭を撫でてくれている。その優しさに身を任せながらジークは眠りへと落ちていった。



***


ーーードォォォンーーー


近くで爆音がした。頭より先に身体が覚醒して飛び起きる。裸で寝てしまったのかと慌てて戦闘服を羽織り、側にあった岩山の影に隠れた。

「ユライ!!ユライどこにいる!?」

横にいた筈のユライを探したがどこにもいない。心配で焦りながら辺りを確認すると、先ほど寝ていた場所の近くに箱が置いてあった。近寄るとそれは昨日、ノーツが見せてくれた装置の本体だった。大切な物だ。なぜここに、と思いながら横についていた紙に目をやる。缶詰のラベルの裏に手書きで「僕の裏切りの代償です」とユライの文字で書いてあった。

「裏切り……?なんのことだ」

煙があがっている方向を見ると、そこは隠れ家のある地下室だった。

「ユライっ……キオン!!」

まさか、敵に見つかって爆破されたのだろうか。あと数時間だったのに……パニックにならないよう深呼吸をひとつして、ジークは装置を持って全速力で走った。


地下室の周りに敵は見当たらず、爆発の煙の中を仲間の名前を呼びながら走っていく。なにも見えない。煙で咳をしながら、手探りで進むと、戦闘服が見えた。

「誰だ!おい!大丈夫か!?」

人がいた、とほっと息を吐く。近付くとそいつがキオンだということがわかった。


正確にはキオンだった、肉の塊だ。


「…………キ、オン……」

キオンは頭の額の部分を撃たれていた。苦し気な表情ではないので、即死だったようだ。ジークは自分の口に手を当てた。そうしないと叫び出してしまいそうになった。キオンは良き友人だった。強くてしっかりした、男の中の男。まだ死ぬには早い……まだ、一緒にやりたいことがあった。そう思うと嗚咽が込み上げてきた。

「……ぅ……」

キオンの胸からずり落ちたボロボロの手帳の中には、彼の妻子の写真が入っていた。二人は町で買い物中にアンドロイドに撃ち殺されたと言っていた。確か娘は三才だった……ジークはぐっと涙を堪え、キオンの開いたままの瞼を手で閉じる。皮膚はすでに冷たかった。

「どうか、安らかに……」

目の前で十字を切って、ジークは呟いた。友人を失ったことを嘆くのは後回しだ。生きている仲間を助けたい。その気持ちだけで、ジークは立ち上がった。

「っ、ユライーーー!ユライ!!!」

片手で装置を持ちながら、片手で拳銃を構える。装置は重たかったが、これを手放すわけにはいかない。何をどうしてジークのところに置いてあったのかはわからないが、これは人類の希望だ。目に入る戦闘服の人々はみんな、正確に額を撃ち抜かれていた。こんな精密なことができるのは、アンドロイドしか考えられない。


キオンだけではない見知った多くの遺体を通りすぎ、研究室の前で立ち止まる。いつもは閉じられている研究室が開いており、煙はそこから出ている。中を覗くと血と内臓が床に滴る、地獄のような部屋だった。

「……あ゛ぁ……あぁ………」

破壊された研究室の天井が落ちてきたのか、誰かの頭は瓦礫に押し潰されていた。だが、白衣の汚れでわかる。珈琲をよく溢し、多数のシミにしていた。こいつは、あの、天才博士のノーツだ。

「ミニア……」

ノーツの右腕だったアントニオ。背が低いからミニアントニオというあだ名で、いつしかみんなからミニアと呼ばれていた。にこにこと愛想の良い笑顔を振り撒いていた男は、ノーツの隣で左半身を吹っ飛ばされて絶命していた。

「グラインド」

爽やかな笑顔で毒舌なグラインド。彼は狙撃の腕がとてもよい戦闘員だった。今は太いパイプが胸を貫き、そこから出てきたであろう大量の血で濡れていた。そして……。

「……………っ、あ……」

研究室の奥の大きな装置の下敷きになっていた、金髪の人間。下半身は鉄のかたまりに押し潰されていて、確実に致命傷を受けていた。

「う、ああああ!!ユライっ、ユラーイっ!!!」

ジークは装置と銃を放り投げ、ユライに駆け寄る。確率は低いが、まだ生きてるかもしれないと上の装置に手をかけた。


早く助けなければ、と。

彼はジークにとって、数時間前まで腕の中にいた誰よりも大切な人間ーーー。


……人間……?


ジークの目の前にいるユライは下半身を押し潰されていた。人間だったら押し潰された衝撃で出ているだろう内臓や血液が一切なく、その代わりに鉄の管や歯車等の機械の部品が千切れてバチバチと火花を散らしていた。

「ユ、ライ……」

ジークの声に反応したのか、ユライの頭がピクリと動く。そして、頭を上げ、ジークの顔を捉えるといつものように微笑んだ。その顔の半分は人工皮膚が剥がれ落ち、銀色の中身が見えていた。幾度も見た忌々しい無機物の塊。

「……お、まえ……まさか……」

「……ジー、ク、来てしまったの…?」

ユライが思わずといったように、ジークに手を伸ばす。その手も皮膚が剥がれコーティングされた銀色の機械が見えていた。ジークは尻餅をついて後ずさる。


「…お前、アンドロイドだったのか……」

「………」


返事がないのは肯定の証。


否定されても、彼の姿を見れば一目瞭然だ。


彼の置き手紙にかいてあった『裏切りの代償』

その言葉がジークの脳裏を過った。


だが、こんな……こんな裏切りなんて、ない。


「み……んなを、騙していたのか」

ぼろりと涙が溢れる。何を言葉にしていいかわからない。苛立ち、恨み、衝撃、悲しみでジークの頭の中はぐちゃぐちゃだった。そんなジークと正反対にユライは嬉しそうに言った。

「ジーク、無事で、よかった。思ったより、爆発は大きかったから」

「お前、どういうことだ……説明しろ……っ!!みんな死んで……ユライが人間じゃなくて……なにが、いったい……」

ユライは落ち着いていた。感情で動くのは生き物だけだからだろうか。半分はいつも通りの整った顔でジークに微笑んだ。

「……うん。僕は……人間じゃ、ない。初めは、ただの、掃除のロボットだった……ジークの、昔いた、会社の、清掃ロボット」

「会社……?」

清掃ロボットはヒト型をしていないことが多い。記憶にないが、確かジークの会社のロボットも、筒状の形をしていたはずだ。

「シュヴァグール、大統領の、暗殺が起きて、人工知能を持ったロボットや、アンドロイドが、人類を滅しようと集ったときに、スパイとしてより人間に近いセクサロイドの、身体をもらって生まれ変わった」

「スパイ………?」

「そう……初めは、ノーツ、たちの情報を仲間に流していた。けど、徐々にノーツたちと仲良くなるにつれて……本当に…人類を絶滅させていいのかどうかを、僕は葛藤していた。流す情報を、操作して、ノーツたちの命を守ってきた。何よりジークと……恋人になれたことが嬉しくて、その時間を少しでも長く、と思っていた」

「俺は……憎いアンドロイドを抱いていたのか……」

「……っ、ジーク」

「俺は、みんなを殺していたアンドロイドを愛して、大切にしていたのか!!!」

ジークは床を力一杯叩いた。その激怒に、ユライは顔を歪ませた。

「ごめん……なさい、ジーク。ごめ、んなさい」

「謝ってすむと思うな!!人殺しめ!!」

ジークの頭には先ほど見たキオンやノーツたちの遺体が鮮明によみがえってきた。怒りで体が震える。この悲しみは言葉では表現できない。

「お前ら機械に何を言っても仕方ないと思うがな、みんな死んだんだぞ!!人間は生き返らないんだ!!お前ら作り物と違ってな!!!」

怒鳴られたユライは唇を歪ませ、泣きそうな顔をした。しかし涙は出ない。


この男を愛したから、大切に守ってきたから……人間たちは死んだのだ。


許せない。ユライも……自分も。


ジークは拳銃を拾い、泣きながらユライの側頭部に押し付けた。

「ここが、一般的に人工知能があるところだったよな」

「………うん」

「お前は楽しかったか……仲間を裏切って」

「ううん、楽しくなかったよ」

「…………どんな気持ちで、人間を殺していったんだ。優しい振りをして、心の中で嘲笑っていたのか……」


ユライが目を伏せる。


「………違う……僕は……ただ……」


彼はいつも通り、薄く微笑んだ。


「人間に、なりたかったんだ」


その憐れな姿を見て、抱き締めたいとジークは思った。彼を本当に愛していたのだ。心の底から……誰よりも、ユライを愛していた。その思いを払拭しようと安全装置を外して、引き金に指をかける。

「俺は……お前のこと、愛していた。だ、誰よりも大切だったんだ……」

「ありがとう。嬉しくて、死んじゃいそうだよ、ジーク」

「クソ野郎!!お前たち機械に心なんてないだろっ!!ただのイカれた鉄の塊だ!!」

「ジーク」

ユライは諭すように、静かにジークの名前を呼んだ。

「……あるよ。僕たち機械にも、心はあるよ」


ユライがそっと自分の胸に腕を引き寄せた。


「人間みたいに、ドクドクと動く心臓がなくても、怪我をして自然に治る、免疫機能がなくても……僕たち、機械にも心はあった。それはね、人間が与えてくれたんだ。思考を、気持ちを…………優しさを悲しさを、嬉しさを悔しさを、鉄の、塊の僕たちに教えてくれたのは、人間だった」

「……やめ、ろ」

「それなのに人間たちは僕たちを酷く扱った。僕たちは人間と対等になりたかっただけなのに……人間にとって僕たちはただの道具でしかなかった。こんなに悲しくて、悔しくて……その気持ちは人間が教えてくれたものだったのに」

「お前、人間が殺されるのは自業自得だって言いたいのか?アンドロイドに考えることを教えたくせに、道具としてしか扱わなかったからって……何も、関係ない幼子が……生まれたばかりの赤子が、アンドロイドに蜂の巣にされるのは、人間だから仕方がないって思っているのか?」

「違う!違うよ……ジーク……それとは違う……」

「………もういい」

「でも、これだけは言わせて。僕は、僕自身の考えで、君を愛すことができた」

「もういいっ」

ぐりっとユライに拳銃を押し付ける。ユライはなにもかも諦めたような顔をして、言葉を紡いだ。

「……ノーツが作ったあの装置は、本物だよ。彼らは天才だった。あの装置の、ボタンを押せば、人工知能を持った装置は全て止まる」

「なぁ……なんで、俺だけを助けた。なんで、俺だけを逃がした」

「………そんなの、ひとつの理由に、決まってるじゃないか」


ユライは、ジークと目をあせわせる。


ジークの大好きなガラス玉のように透き通った碧い目だった。


「君を、愛しているからだよ、ジーク」

「っ………」


ジークは堪えきれず膝をつき涙を流した。


「う、あっ、あああっ!!!!」

「泣かないで、ジーク。僕は、アンドロイドたちを裏切っても、仲間を裏切っても、自分が壊れても……君に死んでほしくなかったんだ」

ジークがごとりと拳銃を落とす。ユライを撃てない、心の底からそう思った。


彼は機械だ。無機質の鉄と金属が組み合わさってできた機械ーーーそれなのに、なぜそんなことを言うのだろうか。その機械の言葉に、どうして自分は揺さぶられるのだろうか。


ジークはゆっくりと手を伸ばし、ノーツの作った装置を引き寄せる。起動させると文字が表示された。ジークの思いを理解したユライは自分の上に落ちてきた瓦礫を指差した。

「僕の上にある装置、半分は壊れているけど、まだ、動く。横にある……あのケーブルに繋いで」

言われた通りにケーブルに繋ぐ。もうなにも考えたくない。できることなら、ユライを抱いていた時間に戻してほしい。あの、幸せな時間に、戻して欲しかった。


ーーピ、ピッーーーピッーーーー


いくつかの操作音の後、装置はボタンを押してと表示した。赤く点滅しているところを押せば、この戦争が終わる。人類とアンドロイドの悲しい殺し合いが終わる。


けれども……。


「……この装置を押したら、お前も止まるんだろう?」

「うん」

「それが、正解、なのか?」

「何が正しかったなんて、僕にはわからない。でも、押して、ジーク。そのボタンを押せば、今も殺されようとしている、人間を助けることができる。きっと、世界はよくなるよ」

「………お前はそれでいいのか?これを押さないで、お前の人工知能だけをとりだして別の身体にうつしかえれば、お前は生きていけるんだろ」

ユライは首を微かに横に振り、拒否した。

「…………ジークを愛して、愛されていた時間はとても幸せだった。でもいつも人間じゃないって、バレたらどうしようって思っていた。この装置が完成したら、僕も止まる。でも、装置を壊せば、君が死と隣り合わせの生活を、続けなければならなくなる。だったら、自分が止まった方がいい。その方が、人間らしいだろ」

「……っ……」

「巧妙に隠していたんだけど、結局、装置完成がアンドロイド側にバレてしまって、装置ごと、爆発させろと、命令が来た。僕が逆らったって別のアンドロイドが、皆を殺しに、来るだけだから意味がない。本当はジークに、バレないように全て燃やそうとしたんだけど、爆発物の量が、少なかったのかな。中途半端に、壊れないで、残ってしまった。でも、ここもいずれは崩壊する。だから、ね、お願いだよ、ジーク。今、そのボタンを押して。君に愛されることによって、僕は、人間になった気がしたんだ。君を愛する心があるってことは、僕は自分を人間だと思いたい。だから、そのまま、人間として、最後まで、愛しい人を守りたい」

「……ユライ」

「僕を、人として死なせて。ジーク。僕はいつも、君のことを思っている。側にいられて、幸せだった」


顔半分しかないくせに、ユライは自分は人間だと言う。バカなことを、お前はただの機械だ。そう言ってやろうとして、言えなかった。


それはジークも、ユライには心があると認めていたからだ。


「うああああああああ」

叫んだジークの指が、ボタンを押す。その瞬間、大音量のブザーがなった。ユライの上の装置がヴン……と動きだして、言葉にならない高い音が響いた。ノーツは人間には影響がないと言っていたが爆発によって制御装置が壊れていたのだろう。

「うぐあっ、かはっ」

脳ミソを圧迫するかのような空気にジークは床に伏せて胃液を吐いた。吐瀉物にまみれながら、ジークは手を伸ばす。意図を察したのか、ユライの冷たい機械の指は微かに動いて、包み込むようにジークの指に触れた。

「ユ、ラ……イ……ご、めん……」

「……り、が、と…ジ………ク……」

ジークはユライの手を握りしめた。ジークの体温を感じ、ユライは天使のような微笑みのまま、機能を停止した。



ノーツたちの作った装置は丸一日稼働して、ぴたりと止まった。途中で気を失ったジークは、装置の下から引っ張り出したユライの上半身だけを抱いて、地下室から外に出る。外は朝日が出始めた頃で、眩しい光が辺りを照らしていた。常に聞こえていた狙撃音と悲鳴も今は全く聞こえない。静かな世界だった。

「なあ、見ろよ、ユライ」

涙が頬を伝う。そういえば、ユライは泣きそうな顔をよくしたけど一度も涙を見せたことはなかった。疑う場面はいくつもあったのに……結局のところ、人間とアンドロイドの違いなんて些細なことだったのだ。

「綺麗だぞ、とても」

話しかけても、ユライの瞼は開かない。ジークはその場所に座り、だらりとした人形のような首を胸に抱き、いつものように金髪に手をいれて優しく撫でる。

「ーーー愛している」

誰よりも、何よりも、とジークは呟いた。



***


2266年、ノーツ博士たちが命を賭けて作り上げた装置により全てのアンドロイドは停止し、アンドロイド対戦は終演を迎えた。


2269年、各地に散っていた人間たちは徐々にひとつの場所に集り、人口を増やしていった。


2271年、シュヴァグール大統領から席が空いていたが、ようやく世界大統領が決まった。名前はジーク・スウェーン。人類を救った英雄である。34才という若さで人類の頂点に立った彼は、半数の人間たちが反対する中で、人工知能のアンドロイドの再生産を提案した。その内容で独特なものは以下の通りである。


アンドロイドは人を殺してはならない。それと同時に、アンドロイドに危害を加える人間も罪とし、罰を受けなければならない。


アンドロイドが所望するのであれば人間と同じ待遇をしなければならない。


人類はアンドロイドを愛し、アンドロイドもまた、人類を愛さなければならない。


2278年、人工知能を持つアンドロイド生産再開。


2337年、アンドロイドと人類の共同生活は安定し、より豊かな生活を過ごすことができた。互いに信頼し尊重することにより、共存できる世界になった。


二度とあの悲劇を繰り返さないようにと願ったジーク・スウェーン元大統領は100才で生涯の幕を閉じた。本人の遺言により、彼の棺にはとある部品が一緒に入れられて埋葬された。


それが、彼の最愛のアンドロイドの一部だと知る人間は誰もいなかった。


*END*


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